言いたいことも言えないこんな関係じゃ
俺となじみは付き合っている。
告白もして、正式に恋人同士ということにもなっている。
こんなにかわいい女の子が俺の彼女だなんて今でも信じられない。
しかも、それだけじゃない。
結婚して欲しいとプロポーズしたところ、なじみはうなずいてくれたんだ。
俺の好きな女の子が、俺のことを好きだといってくれる。さらには結婚までしてもいいといってくれている。
こんなにうれしいことがあるだろうか。
だけど、俺のクソ親父が結婚にひとつ条件をつけてきた。
なじみがうちへ嫁に来なければ結婚を認めないと言い出したんだ。
正直あんな奴のいうことなんか無視してもいいんだが、それでも一応は父親だ。
それにその条件は難しくない。人の気持ちが分からない冷血野郎には難しく感じるのかもしれないが、なにしろ俺たちは好きあってるんだ。なんの問題もない。
だから承諾してやったんだ。
だけどひとつだけ誤算があった。
なじみが、俺と結婚する条件として、婿養子に来てほしいといってきたんだ。
その条件だけはどうしてもダメだ。
俺が婿養子に行くと、なじみを嫁に迎えるという親父との約束を果たせなくなる。
なじみと結婚することができなくなるんだ。
でも、なじみもその条件じゃないと結婚しないと言うし……。
正直、なじみがどうしてそんなことを言い出したのかわからない。
まさか俺の家みたいな理由なんてある訳ないし……。
理由はわからなかったが、俺たちはお互いに引かなかったため、いつまで言い争っても決着が付かなかった。
言い争いで決着が付かないなら、勝負をして決めるしかない。
恋愛は惚れた方が負けというからな。
相手よりも自分の方が好きだと認めた方が、相手の条件で結婚するという勝負をすることになった。
簡単に言えば、好感度の大きい方が負けということだ。
だから俺たちは、相手の方が自分のことを好きだと認めさせるための勝負をしている。
なじみと会いたくていつもより早く家を出てしまった、なんて認めたら勝負に負けてしまい、結婚もできなくなるんだ。
◇
学校への道をなじみと並んで歩く。
だんだんと同じ制服を着た生徒も増えてきた。
俺たちもなんでもないことを話ながら歩いていく。
正直話した内容はよく覚えていない。
昨日見たテレビのこと。面白かった動画のこと。家族の愚痴や、妹や弟のこと。ご飯が美味しかったこと。
話したそばから忘れていくような他愛のない話題だった。
でもそれでいいんだ。
なじみとこうして一緒に登校しているだけで幸せすぎるんだから。
だけどそれは、これまでの俺たちと同じでもある。
いってしまえば、友達同士でもできることだ。
不意になじみが黙り込んだ。
「どうしたんだ?」
聞いてみたけど返事はない。
じっと正面を見つめている。
つられるように俺も前へと目を向けた。
前を歩いていたのは普通の高校生カップルだった。
同じ学校の制服を着ているけど、見覚えはないから知らない生徒だろう。
ただ、二人はいわゆる恋人つなぎをしていた。
しっかりと手をつなぎあい、見つめ合うような距離で話しながら歩いている。
ひょっとして、あんな風に俺と一緒に歩きたいのだろうか、なんて考えるのはさすがに自意識過剰か……?
「もしかして手をつなぎたいのか?」
そんなこと言って本当は自分がつなぎたいんでしょ?
なんて言われたらどう返そうか。
考えながらとなりのなじみを見る。
なじみは伏し目がちのまま、小さくこくんとうなずいた。
「だって、昨日はやっと手をつなげて……うれしかったから……」
寂しそうな横顔に俺のハートは打ち抜かれた。
昨日、俺たちは勉強会で手をつないだ。
正直俺だってめちゃくちゃうれしかった。
もう一度手をつなぎたい。
でもそれを自分から言い出すわけにはいかなかったんだ。
でも、なじみがそういうのなら……。
並んで歩いているのに、俺たちのあいだには微妙な距離が空いている。
いや、いつもこんなものだっけ?
歩いているときの距離なんて意識したことなかったからわからない。
わからないけど、今は少しあいた距離が気になって仕方ない。
なじみがちらりと俺のほうに視線を向けてきた。
「ねえコウ、アタシのして欲しいことわかってるんでしょ……?」
少し寂しそうな声が胸に痛い。
言いたいことはわかってる。それこそ文字通り痛いほどに。
だけど。
手をつなぎたい、と言うことは、あなたが好きですと告白してるようなものだ。
それだけはできない。だからこんなことしか言えなかった。
「……なじみこそ、俺がしたいことをわかってるんだろ……?」
答えはなかった。
前を見つめたまま、ゆっくりと歩を進めている。
なじみはうつむきがちのまま一言も話さなかった。
俺もなにを言っていいのかわからず、無言のまま歩いていた。
後ろから自転車のベルが鳴る。
道を空けようとして横に移動したとき、俺の手がなじみの手にわずかに触れた。
「……っ!」
ピクッと震える。
自転車が通り過ぎるとすぐ元に戻ったが、微妙な空気は変わらなかった。
ギクシャクしたまま歩く。
「………………」
なじみが一歩だけ近づいてきた。
手と手の距離が少しだけ縮まる。
「………………」
俺もまた一歩だけ近づいた。
お互いの体温が感じられるほどの距離で、だけど最後の一歩が踏み出せない。
相手の気持ちなんてわかりすぎるほどわかっている。
手をつなぎたい、と一言そう言えれば、なにもかもが解決するはずなのに。
だけど、俺たちは勝負をしている。
相手が自分のことを好きだと認めさせる勝負だ。
そのせいで言いたいことも素直に言えなくなっていた。
結局俺たちはそのまま、何事もなく学校に着いてしまった。
と、校門前でなじみがいきなり叫んだ。
「もう、コウのバカ! どうして手をつなごうって言ってくれないの!」
にじんだ涙が弾け飛ぶほどの勢いで声を張り上げる。
いきなり大声でいわれて、俺もついカッとなってしまった。
「そういうなじみこそ手をつなぎたいならそう言えばいいだろ!」
「言わなくてもわかってくれるのが彼氏でしょ!」
「なんでも言い合えるのが恋人だろう!」
「コウはアタシと手をつなぎたいって思ってくれないの!?」
「思ってるに決まってるだろ!」
「えっ……」
「めちゃくちゃ手をつなぎたいよ! こんなにかわいい彼女がいるんだぞ。手だってつなぎたいし、もっと他のことだっていっぱいしたいに決まってるだろ!」
「そ、そんなのアタシだって同じだよ!」
なじみもまたヒートアップして答える。
「こんなにカッコいい彼氏がいるんだもん! 毎日手をつなぎたいし、他のことだってしたいし、もっとたくさんのこともいっぱいいっぱい妄想してるもん!」
「俺だってなじみと結婚式を挙げるところまで完璧にシミュレーションしてるくらいだからな!」
「だったら……!」
勢い込んだなじみが、急にトーンダウンする。
「どうして、手をつなごうっていってくれないの……?」
「それは……」
俺からそう言うことは、なじみが好きだと告白するようなものだからだ。
だけど、俺たちは言葉もなく見つめ合っていた。
言いたいことはわかっている。
だったら……、言わなくてもいいんじゃないだろうか。
見えなくても気配でわかる。
見つめ合う視線の下では、お互いの手がもう触れ合う寸前にまで近づいていた。
やがて指と指が触れ合う。
逃げるようにビクリと震えたのは最初だけだった。
指の隙間を埋めるように絡め合い、そして……。
「こら! そこの二人!」
急に斧塚先生の声が響いた。
「なにをしてるのか知りませんが、もうとっくにホームルームの時間ですよ。遅刻になりたくなかったら急ぎなさい!」
げっ。遅刻はまずい。
俺となじみは顔を見合わせると、急いで校舎へと駆けだした。
やけに温かな手のひらを握りしめながら。
「……ふふっ」
となりで小さく笑う声が聞こえたけど、きっと俺も似たような顔をしていることだろう。
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