先に手を離した方が負けだから
「ああいや、これはそういうわけじゃなくて……!」
慌てて離そうとした俺の手を、なじみがギュッとつかんだ。
頬を赤く染めて、ノートの上に視線を落としたまま、つないだ手に力を込めている。
無言のまま、赤くなった顔でちらっとだけ俺を見た。
まだ離れたくない。
そういわれているようで、俺は固まったまま動けなかった。
「なじみ、さすがにそろそろ……」
「やだ」
「そうはいっても勉強しないと成績が……」
「やだ」
前を向いたまま、ぷくっと頬を膨らませる。
「やっとコウと手をつなげたんだもん。もう少しこのままがいい」
あーーもう俺の彼女はかわいいなあ!!
「そんなに俺のことが好きなのか」
「そうだよ。悪い? コウのこと大好きだもん」
ちょっと怒ったようなつーんとした表情も最高にかわいい。
今日だけで心臓を何回打ち抜かれてるんだろう。これがバトルものだったら確実に殺されてるぞ。
「まったく、しょうがないやつだな。まあそんなところがかわいいんだけど。でもこれでなじみのほうが好きだって証明されたな」
「そんなこというなら、コウが手を離してもいいんだよ」
「えっ……」
そんなこと、できるわけないだろう。
なんなら永久にこうしていたいくらいなのに。
俺がずっと離せないどころか、むしろ手にギュッと力を込めると、なじみが口元をにやつかせた。
「ふうん、そっかそっか。やっぱりコウってアタシのこと好きだよね」
なんてことだ、まさかこんな反撃方法があるなんて!
「そんなこというならなじみのほうから手を離せよ」
「そんなこと言い出したのはコウなんだから、コウから手を離してよ」
「ほー、じゃあ本当に手を離してもいいんだな」
「えっ……」
なじみがこの世の終わりみたいな表情になった。
「ももも、もちろんじゃない。やっと手をつなげたのにもう離れるなんてイヤだとかぜんぜん思ってない、し……?」
「ふ、ふーん。そうかそうか。それは奇遇だな。俺だって大好きな彼女の手を自分から離すとか絶対イヤだなんて思って、ないし……」
「えっ……。思って、くれないの……?」
暗く沈んだ声に俺の胸が痛む。
「だ、だって、なじみこそ、俺と手を離すことを何とも思わないんだろ……?」
「なんとも思わなくもなくもないというか、べつにアタシはどっちでもいいんだけど、コウがどうしても離したくないっていうなら、それでもいいかなって……」
「俺だってなじみがどうしても離したくないって言うのなら、今のままでも別にかまわないっていうか、むしろのこのままでも……」
「……」
「……」
「はーあ、コウがアタシのこと好きなのは知ってたけど、こんなに好きだなんて愛が重すぎて参っちゃうなー」
「まったく、なじみが俺のこと好きなのは前からわかってたけど、ここまで好きだなんて愛が重すぎるよなー」
「今もずっと手を握って離してくれないしなー」
「今もずっと手を握って離してくれないしなあ」
「コウのほうが離してくれないんでしょ?」
「なじみのほうこそ離したくないんだろ?」
「じゃあコウが離してみればいいじゃない。できるならだけど」
「だったらなじみが離せばいいだろ。できるのならばだけどな」
「はあー!? それくらいできますー!」
「俺だってそれくらい余裕なんですー!」
「じゃあ、いっせーのせで離すのはどう?」
「いいぞ。最後まで握ってたほうが負けな」
「おっけー。じゃあいくよ? 本当にいくからね?」
「あ、ああ。いいぞ。もちろんだ。それじゃあ……」
俺たちは視線を合わせると、タイミングを合わせて口を開いた。
「「いっせーのーせっ!」」
「……」
「……」
「……ねえ、いつになったら離してくれるの?」
「……そっちこそいつまで俺の手を握ってるんだよ」
「コウが離してくれないからアタシの手が離れないんですけど?」
「なじみが離さないから俺の手が離れないんだろ?」
「はーあ、コウってほんとアタシのこと好きだよね。えへへ」
「まったく、なじみは俺のことほんとに好きだよな。えへへ」
「しょうがないから今日はこのままずっと手をつないでてあげようかな」
「そうだな、そんなになじみが俺と手をつなぎたいならしょうがないな」
「はあ? 自惚れないでくれますー? コウがアタシと手をつなぎたいんでしょ?」
「そっちこそ自意識過剰過ぎじゃないか? 俺はいつでも手を離していいんだぞ?」
「はあー!?」
「はあー!?」
「そこまでいうなら今度こそ手を離してやるわよ」
「いいだろう。勝負だ」
「「いっせーのーせっ!!」」
「……」
「……」
「ね、ねえ、本当に手、離しちゃうの……?」
「でも、どうせいつかは離さないといけないだろ……」
「そうだね……。だったら、まだ離さなくてもいいんじゃないかな……」
「そうだな。せっかくだしな……。もうちょっとだけ……」
「コウの手って、こんなに大きくてカッコよかったんだね」
「なじみの手ってこんなに柔らかくてかわいかったんだな」
頬を赤らめて見つめ合う俺たち。
そんな俺たちの前で、佐東と志瑞は黙々と勉強していた。
「なあ、なんでオレこんな奴らに勉強でも負けてるんだ……? 理不尽すぎない……?」
「二人は家に帰っても通話しっぱなしで勉強してるからよ」
「それ勉強にならないやつだよな?」
「普通はならないけど、この二人ならなるのよ。成績落とすと会えなくなるからね」
「……はあ、彼女ほしいなあ……」
佐東のため息も俺たちの耳には届いていない。
結局勉強会が終わるまで、俺たちはずっと勉強にならなかった。
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