コウのノート活用術
教室内に筆記用具の走る音が響く。
英語の授業を受けながらも、俺の頭にあるのは全然別のことだった。
今朝のことであらためて思った。
俺はなじみが好きだ。
世界で一番なじみが好きだ。
小さな頃からずっと一緒に過ごしてきたから、知らないことなんてもうなにもないと思っていた。
でも、付き合うようになるとなじみの知らなかった面が次々と見えてきて、ますます好きになってしまった。
今朝のしおらしいなじみとかもかわいすぎただろ。
全人類のカワイイを足して1億をかけたとしても今朝のなじみのかわいさの1%にも及ばない。
はあ、早く結婚したい。
でもなじみが素直になってくれないから結婚できないんだよなあ。
だからこそキスガマン選手権はいいアイディアだったと思う。
お互いになにかを迫り、ガマンできなくなって先に手を出した方が負けという勝負方法自体は良かったはずだ。
結果は、まあ、アレだったけど。
でもそれは、キスとかが俺たちには早すぎただけだ。
次はもっとソフトなものでいけばいいはず。
そのソフトな具体的方法っていうにはまだなにも思いつかないけどな。
でもなにか考えないといけない。
じゃないといつまでもなじみと結婚できないからな。
……今さらながら、俺はとんでもなく恥ずかしいことを考えてる気がしてきた。
なんで結婚できることを前提にしてるんだ。
キスどころか手だってまともにつないだことないのに。
でもなじみは俺のこと好きだっていってくれたんだよな。
告白の時につい勢いでプロポーズもしてしまったが、なじみはうれしいといってくれた。
俺と結婚したいと思ってくれているはずなんだ。
……なのに、なぜか婿養子にきてくれないと嫌だなんて言い出したんだよな。
どうしてそんなこと言い出したのかがわからない。
俺は親父のことが死ぬほど嫌いで、アイツの跡を継ぐとかも絶対にイヤだ。
それはなじみも同じはずで、女性とはこうあるべき、長女とはこうあるべきといった生き方を押しつけてくるあの家が大嫌いなんだ。
だから俺の家へ嫁に来ると知ったらむしろ大喜びで賛成すると思ったのに、まさか婿養子にきてほしいなんて言い出すとは思わなかった。
あのなじみが自分の家のために、なんて考えるわけないし……。
やっぱり、急に結婚するのが恥ずかしくなったからそんなこと言い出したのかな?
いつもは元気で明るいのに、そういうところで奥手になるというか、急に普段は見せない表情を見せてくれるんだもんな。
まあ、そんなところもかわいいんだけど。
まったくなじみは最高だぜ!
「ここはテストに出るからきちんと勉強してくださいね」
先生の声が聞こえて、慌てて俺は現実に意識を引き戻した。
今は三時間目の英語の授業だ。
考え事をしていたせいで、気がつくと黒板の半分が埋まっていた。
慌ててノートに書き写す。
ちなみにとなりへ目を向けると、なじみが眠そうな顔でうとうとしていた。
はあ……。寝顔も最高にかわいい……。
休み時間は元気なのに授業になったとたん眠そうになるの小動物みたいでいいよな。
こっくりこっくり頭が動いてるのを見てるだけでも癒される。
動画にしてアップしたら10億イイネは下らないだろう。
うちの高校は全体的に校風がおおらかなので、授業中に寝てる生徒を起こすことはあんまりない。
まあそのへんは先生によるけどな。斧塚先生とかなら容赦なく起こしてくる。
でも寝てる生徒にチョークを投げるとかは見たことない。
今の時代にそんなことしたら、体罰だとかいって問題になっちゃうってのもあるだろうけど。
とにかく、英語の先生は寝てる生徒起こしたりはしないんだ。
だからなじみはずっと眠り続けている。
もちろんノートなんて一文字も取っていない。
後でノートを写させてほしいと泣きついてくるのは目に見えていた。
そんななじみのためにも、俺は早速ノートを取りはじめた。
ノートを取るときのコツは、黒板のコピーをすることではなく、内容をかみ砕いて理解してながら書くことだ。
まあ、生徒の中にはノートなんて取らなくてもスマホで録画すればいいというやつもいるし、校則がゆるいうちの学校はネットに上げないことを条件に授業の録画も許可されている。
ノートを取るのが面倒だという気持ちは分かるけど、俺は否定派だ。
以前にビデオで勉強できる塾に体験入塾したことがあるんだが、やっぱり見てるだけじゃ全然頭に入ってこなかった。
ちゃんと見たことをノートにまとめたほうが身につくんだよな。
それは普通の授業でも同じだ。
授業の内容を理解しながらノートに書き写すと、それだけで勉強になる。普通の授業と復習を同時にやってるようなものだよな。
もっとも、俺がそうしてる理由はそれだけじゃない。
俺はもう一度となりで眠るなじみへ目を向けた。
当然だが教科書は前のページから進んでないし、ノートはまったく取っている形跡がない。授業なんて一言も聞いていないだろう。
なので、ノートになじみ宛のメモを書いておく。
ここの単語にはこういう意味があるとか、ここはテストに出ると先生が言っていたとか、板書はしなかったものの言葉だけでさらっと説明した内容なんかも書いておく。
そうすればあとからなじみがノートを書き写すときに重要な部分もすぐにわかるからな。
ついでに、ここの長文を佐東が読まされたとき発音がおかしくてみんな笑いをこらえてたこととか、なじみが居眠りしてよだれを垂らしてる様子のイラストなんかも付け加えておいた。
まあよだれは本当は垂らしてないんだけど、そこはまあデフォルメみたいなものだ。
よだれ垂らしながら寝てるなじみもかわいいだろ?
そんな感じでノートをカスタマイズしていく。
勉強を楽しいと思ったことはないが、なじみのためにノートを工夫するのは楽しい。
なんだかんだで成績上位を維持できているのも、こうやってなじみのためにノートを取っているからという部分も大きいと思う。
楽しいから苦にならないし、普通にノートを取る以上に勉強になる。
つまり俺の成績がいいのはなじみが寝ているおかげであるともいえるんだよな。
寝てるだけで他人の成績まで伸ばしちゃうとか天使を超えて女神なのでは。知ってた。
それに、このイラストを見たなじみの反応を想像しているとついつい笑みがこぼれてしまう。
かわいく描いてくれてうれしいと言うだろうか。よだれなんか垂らしてないと怒るだろうか。
「きっと怒るだろうなあ……」
その反応を想像してまた微笑んでしまう。
それに、自分でいうのもなんだが、けっこう上手く描けたんじゃないだろうか。
俺のノートはどこもこんなイラストだらけだからな。
デフォルメしたなじみなら世界一かわいく描ける自信がある。
なじみもきっと喜んでくれるだろう。
やがて授業も終わりにさしかかったころ。
黒板を消しながら、先生が何気なくその一言を口にした。
「次の授業ではいつもの小テストを行いますからね。ちゃんと復習しておくように」
えーっという非難の声がクラス中から上がる。
ざわめく教室の声を聞いて、なじみが眠そうにまぶたをこすりながら目を覚ました。
それから俺の袖を引っ張る。
「ねえコウ、どうしたのこれ」
「明日は英語の小テストだってよ」
「えーっ!!」
一発で目が覚めたらしく、他のクラスメイトと同じように悲鳴を上げた。
「アタシなんにも勉強してないんだけど!」
だろうな。ずっと寝てたもんな。
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