キスガマン選手権

 これだろう。これしかない。

 お互いがキスをさせようと誘惑しあい、先にガマンできなくなってキスをした方が、相手のことをより好きだという証拠になる。


 これ以上わかりやすい証拠もないだろう。

 1ミリも言い逃れの余地がないパーフェクトプラン。

 これでなじみもあきらめて、俺に嫁入りしてでも結婚したいと言い出すだろう。


 しかしふたつ問題がある。


 ひとつめは、俺にとってもなじみにとっても明確な証拠になるということ。

 向こうからキスをさせることができれば、なじみの方が俺を好きだという明確な証拠になるため、晴れて結婚することができる。

 だけどもし俺がガマンできなければ、俺の方がなじみを好きだという明確な証拠になってしまい、結婚することができなくなるんだ。


 そしてもうひとつにして最大の問題。


 それは、まず間違いなくなじみもこの動画を見ているということだ。

 そして同じことを思うに違いない。

 俺にキスをさせれば、なじみを好きだという明確な証拠になると考えるだろう。


 なじみが本気で迫ってきたら俺には耐える自信がない。

 だって、宇宙一かわいい彼女がキスをしてほしいとせがんでくるんだぞ。耐えられる男がいるのだろうか。いるわけがない。


 できないならば、できるようになるしかないだろう。


 俺は自分の部屋を出ると、となりにある妹の部屋をノックした。


「マイ、ちょっといいか」


 少しして扉が開く。

 半開きになったドアの隙間から、幼い顔が俺を見上げてきた。

 まだ中学二年生だから背も俺の胸くらいまでしかないんだよな。

 そんな小さな妹が、ドアを盾のように構えて自分の体を隠している。


「なんでそんなに警戒してるんだ」


「だって、お兄ちゃんがそうやって頼んでくるときって、たいていろくな用事じゃないから……」


「そんなことないだろ」


 俺はいつだってまともだぞ。


「……とりあえず、なんの用か言ってみて」


「俺とキスガマン選手権をしてくれ」


「ほらやっぱり意味わからないこと言い出した!」


「まあ待て、話を聞いてくれ!」


 閉めようとした扉を慌てて止める。

 マイは嫌そうな表情をしたものの、閉めようとする手は止めてくれたみたいだった。


「お兄ちゃん頭大丈夫?」


 かわりに思い切り冷たい目が向けられた。


「大丈夫だぞ。問題ない」


「問題ない人はそんなこと言い出さないと思う」


「俺はなじみと結婚したいんだ」


「あ、うん。それは知ってるけど」


「だからなじみとキスガマン選手権をしなくちゃいけないんだよ」


「ごめんやっぱりわかんない」


 仕方がないので俺は今回の件について簡単に説明した。


 マイは、なじみがうちへ嫁に来るのならば結婚を認めるという、俺と親父の約束を知っている。

 けれどなじみがそれを断り、逆に婿養子に来るよう頼んできたことまでは話していなかった。

 相手のほうが自分のことを好きだと認めさせる勝負をしていることも知らないはずだ。


 なのでそのところをふまえて簡単に説明する。

 聞き終えたマイがなんともいえない表情でため息をついた。


「何でそんなわけわからないことになってるの……?」


「いやそれが俺にもよくわからないんだ……」


 俺たちは好き合っていて、お互い結婚してもいいと思っている。

 それは間違いないはずなのに、なぜだか相手のほうが好きだと認めさせることになってしまった。

 本当にどうしてなんだろう。


「なじみさんに条件のことを話したら?」


「それも考えたが、そうすると、まるで家のためになじみと結婚するみたいに聞こえるだろ」


「うーん、まあ……そう言われればそうかもしれないというか、ある意味ではその通りだし……」


「そうなったら、なじみはきっと悲しむはずだ。しかも家のことが大嫌いななじみに、家の事情でプロポーズしたなんて知ったら、深く傷つくだろう。そんなこと、俺にはできない」


「お兄ちゃんって、ほんっとなじみさんのことが好きだよね」


「当たり前だろ。マイだってなじみのことが好きだろう」


「好きだけどお兄ちゃんほどじゃないよ」


「とにかく、ガマンできずに相手より先にキスしたら、それだけ相手より好きだっていう証拠になる。それでこのわけわかんない関係も終わりだ。誰も傷つかずに丸く収まる」


「それは、まあ、そうかもしれないけど……」


 なんだか妙に恥じらっている。


「とにかく、お兄ちゃんはなじみさんと、その……キス、をするんだよね?」


 どうやらキスという単語が恥ずかしいようだ。

 なんだかんだでまだ中学生だからな。初々しい反応だ。


「それで、ガマンできるの?」


「できるわけないだろう」


 即答した。


「大好きな彼女がキスをしてほしいとせがんでくるんだぞ。1秒だってガマンできるわけない」


「じゃあ勝負にならないと思うんだけど」


「だからせめて5秒くらいはガマンできるようになりたくてな」


 そういって、扉を開けるとマイの部屋に入った。

 全体的にピンク色のものが多い、いかにも女の子らしいかわいい部屋だ。

 まあ妹の部屋に特別な感情はなにもないんだけどな。


「え、お、お兄ちゃん……?」


 マイがたじろぐように一歩後ろに下がった。


 俺はなじみが好きだ。

 たとえ世界を敵に回すことになったとしても、俺はなじみを選ぶだろう。

 なじみと一緒になるためならば、俺にできることは何でもするつもりだ。


「大丈夫。キスの練習じゃなくて、キスをガマンする練習だから」


 そういって、下がるマイを追いかけるようにして部屋の中に入った。

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