普遍的ポロライド

みなづきあまね

普遍的ポロライド

コンビニから帰ってきた私は、淀んだ空気が室内に充満していることに驚き、自分の近くにある窓を片っ端から開けていった。


コーヒーを片手に作業を再開するが、内心辟易していた。もっと単純でいいはずなのに、変なしがらみや何行程もある無駄な作業が、本来なら1時間あれば終わるものを、3〜4時間に増やしていたからだ。


時計に目をやると、18時だった。この後同僚何人かと飲み会で、本来なら18時開始である。何人か既にバタバタと荷物をまとめ、「早く来いよ!」、「だれかもう行ってるの?」とか、声が飛び交っていた。


私もそろそろと思い、手を洗っていると、幹事が横を通り、「ちょっと、もう時間!」と煽ってきた。


「分かってますよ!お腹空いた!」

「腹時計だけは正確だな。」


こんなやりとりをして幹事を見送り、私は口紅をひいて、席に戻った。


もう出ようと思えば出られた。しかし、大切な仕事を明日の朝に残すことに不安を覚え、私は必要なものを印刷した。


最後に裁断機を使いたいと思い、印刷室へ向かった。すると、プリンターの前に男性が立っていた。手っ取り早く言えば、好きな人がそこにはいた。


私は話しかけるか迷い、古紙を必要もないのに数枚上の棚から取り、漸く振り向きざまに声を掛けた。


「事務処理、無事終わりましたか?」


今各々に振られている入力作業の進捗について尋ねた。


「まあ大なり小なり問題はあったから、正直かなり厳しかったですよ。」


彼はプリンターに目を落としたまま、苦い顔をした。


「ですよね。なんであんな無駄なことしなきゃって思うけど。」


私たちはそこから火がついたように、あれこれと仕事の過程で直面した問題について議論した。


お互い色々な問題が起こったことを述べては、驚いたり同情したりし、よくある井戸端会議みたいだ。


「おかげで心配ごとが増えて。今朝遅れて出社したんですけど。」


「あー、そう言えば。」


「ストレスで腹痛と動悸がしてきて、もういつからこんな病弱になったのかな〜って感じですよ。歳かなあ。」


「うわ、それは辛い。いや、まだそんな歳じゃないでしょう。」


彼は私の体調を憂いた後、苦笑しながらプリンターから出てきた紙をまとめた。


「厄年の時は、それはそれでつらくて、痩せたんですよ。」


「え?!まあ、女性は厄年が受験と被りますしね・・・高校かあ、遅刻1回くらいだったかな。」


「私もインフルエンザ1回とかだけでしたよ。だからこそ、今病弱になったことがショック過ぎて!」


私はドアの枠に頭を凭れさせて、ため息をついた。そしてそろそろ話にキリがつきそうだと思い、後ろ髪を引かれつつ、ドアから離れようとした。


しかし、彼は話をやめなかった。


「話めっちゃ変わりますけど、パソコンが壊れて、仕事全く捗らないんですよね。だから、これが終わったら帰るつもりです。」


「この忙しい時に?私も前、パソコン落下させて壊したから、自分のタブレット持ち込んでやってたなあ。スペア貰えないの?」


「ないみたいで、完全業者依頼。まいったなあ。」


そう彼が空を仰いだ瞬間、プリンターが不吉な音を立てて止まった。紙詰まり。


「おい、まじか・・どうせ紙詰まりなんだから、早く開けさせて!」


彼は真ん中の扉をコツコツ叩きながら、早くモニターに対処法が出るのを、今か今かと待ち構えていた。なんだかその姿が可愛らしくて、


「怒らないで。でも、なんだか今日は機械に嫌われてますね。」


と、思わず言ってみた。彼はそれにあっさり同意して、私が立っている真横のシュレッダーに紙を入れた。電源を押そうとした2人の指が同時にボタンに触り、爪先だけが触れた。


またすぐに話が再開したが、別の社員が来たついでに、私に話を振ったため、彼とのおしゃべりは中断された。その社員が去った後、さすがにまた話をするのは難しく、数事言葉を交わし、私は飲み会に行くことを告げた。


でも、勇気を出して、1番の笑顔を彼に見せ、ふわっという効果音が出そうなくらい軽やかに、踵を返した。


「また明日」


と笑いかけた私の背中に、


「お疲れ様です」


と彼の低い声が追いついた。

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