第106話 いいことすれば基本返る。でもこのシチュは嬉しくないだろうけど。

「まさかとは思いますけど、何もしてないでしょうね」

 なんとか耳元にスマホを持っていき、か細い弦を揺らすように、僕は電話の向こうに問いかける。

「よっくん……?」

 さすがに綾や古瀬さん、島松も僕の様子がおかしいことに気づいたようで、こちらに近寄っている。その視線はどこか不安げだ。

「もちのろんだよ。だって、私たちはただ『くりちゃんを家まで送っている』だけなんだから。手出しちゃったらだめでしょ?」

 ……軽い声色なのがもっとイライラする。しかし、向こうの言い分はそういうことだ。さらってなどいない。第三者が見ればそうにしか見えないだろう。

 ただ、とりあえず安心はできる。

 あちらに今すぐ栗山さんをどうこうするつもりはないのだから。

「まあ、ただ……上川君がこれ以上怪しい動きをしたり、くりちゃんが目覚めて抵抗したりしたらどうなるかはわからないかなー」

 なんて思ったけど、甘かった。そんな考え一瞬で蹴散らされた。

「あ、あんたらっ……」

「まあまあ。とりあえず今必死に大学の近く逃げ回っている君の友達にも言っておいてよ。これ以上詮索しなければ、何もしないって」

「それだったらあいつに直接言えばいいだろ」

「……馬鹿だなあ。私たちから言ったって聞くわけないでしょ? 仲間から言われるから効果があるんだよ。……そうそう、夜が明けたらちゃーんとくりちゃんを君の家までお届けするつもりではいるけど。万が一にも妙なことしようとしたら、くりちゃんの安全は保障できないかなー」

 ……身動きが取れないってことかよ。

「察しのいい上川君のことだから、気づいているとは思うけど、今君の近くにも監視している仲間が数人いるから。警察とか呼んだら一発でアウトだからねー、よろしく」

「……最初っからこれが狙いだったのか?」

「うーん、君たちがうちらの下っ端とファミレスで何か怪しいことするまではくりちゃんはただのゼミの同級生だったけど、今は格好の弱みかな? ……さすがに『好きな先輩』を盾に取られたら君も動けないでしょ」

「……最低ですね」

「ははは、よく言われるよ。でも、仲間になったらみーんな喜んで動いてくれるよ。いいバイトになるからねー。そんな仕事を奪われたら私たちも困るからさー。ね、上川君、手を引こう?」

「……そもそも僕はもう何もするつもりはなかったんですけど」

「って言われてもねえ、学生相談室に駆け込んだのは見ているし、まあ、相手にはされなかっただろうけどその時点でかなり警戒するし、なんだったら今日、君のお友達がまーた私らの仲間に接触しては情報取ろうとしたからね。もうアウトかなーって」

 だから星置は大学で何かするって言って一人になったのか。あいつ、もう動くなって言ったのに……。

「っていうわけなんで、そろそろ切るねー。じゃ、妙なことしたらってことなんでよろしくー」

「あっ、ちょっ!」

 それを最後に、電話は切れてしまった。

「……ふざけんじゃねーよ……」

 力なくスマホを持った右手をぶら下げては、反対の左手で自分の足を叩く。

「よ、よっくん? どうかしたんですか? さっきから……変ですよ?」

 いつの間にか会計も済んでいたようで、ゼミのみんなが僕のことを見ている。

「……あ、あー。ごめんごめん、ちょっと色々あって。何でもないから大丈夫だよ」

 こんなことに無関係のみんなを巻き沿いにするわけにもいかないので、僕は無理に笑顔を取り繕ってはその場を凌ごうとする。

「……ほら、二次会行く人もいるんだろ? 僕のことは気にせず、行きなよ」

 その声にようやく反応したのか、幹事代理たち三人は「お疲れー」と言い別の居酒屋へと歩き出した。

 ……あとは、綾と古瀬さん、島松をどうにかして安全に家に帰せばいいだけ。

「……よっくん、そんなんで誤魔化せるって思っているんですか?」

「そうだよ、上川君」

「……あからさまに口調荒くなってたし、どうせ星置がこの場に来ていないのと関係しているんだろ? どうかしたのか?」

 なのに、それなのに。

 普段から絡みがあるこの三人はどうやら異変に気がついているようだ。

「ぁ……いや……」

 言っていいのか? そうしたら最後、引き返せなくなる。

「言うまで帰りませんからね、よっくん」

 しかし、固く口を真一文字に結んだ表情で僕の腕にしがみつく綾はそう言い、古瀬さんと島松もそれにならっては僕のことを取り囲んだ。……言わないと、だめなのか……。

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