玉響

混沌加速装置

たまゆら

 少し前から何度なく繰り返されているイメージがある

 夢ではなくてイメージ


 気付くと闇の中に一人でたたずんでいる


 左側には街灯付きの木でできた電柱があって

 それが照らす光の輪の中に僕がいる


 半径五十センチメートルほどの円内

 僕が見ることのできる世界はその中だけ

 電柱のすぐそばにブロック塀の一部も見える


 輪の外へ右足を一歩踏み出してみる

 途端につま先が闇に溶ける


 続けて左足を前に出すと

 右足の踵を残して僕の身体は輪の外へと出てしまった


 右足と左足をゆっくりと交互に出してしばらく前進してみる


 機械的な歩行

 右、左、右、左、右

 

 急に不安になって歩みを止め

 身体をよじる形で後ろを振り返る


 街灯に照らし出された電柱とブロック塀がまだ見える

 前にも後ろにもそれ以外に光源は見当たらない


 再び前に向き直って前進を再開する

 左、右、左、右

 

 僕の左側にはブロック塀が続いているはずだけど

 あえて確かめるようなことはしない


 単調で迷いの無い歩行

 左、右、左、右、左

 

 無意識に左手をブロック塀があるであろう左へと伸ばす

 そのまま勢い余って前のめりによろける


 僕があると思った位置にブロック塀は無かった


 姿勢を立て直して背後の街灯を確認する

 明かりは見えない

 それほど遠くまで歩いてきたのだろうか


 あまり深く考えずに再び足を動かす

 あると思っていたブロック塀が無かっただけ

 大したことではない


 僕は今

 完全な闇の中にいて

 自分の身体の部位すら識別できない

 

 歩いている感覚はあるし

 腕を振っている感覚だってある


 ただ

 前に進んでいるのか

 それとも同じ場所で足踏みしているだけなのかはハッキリしない


 動物は本能的に暗闇を恐れるという

 でも僕は闇を怖いと思ったことはない


 むしろ

 どこか懐かしい気さえする

 懐かしさで縁取られた闇


 違う


 闇の中に懐かしさが満ちているんだ


 僕は不意に歩みを止めてみる

 五感が研ぎ澄まされていく

 目をつぶり視覚を閉ざす

 聴覚と嗅覚を強化する

 最も敏感なのは皮膚

 口中に満ちる苦味

 全身を巡る血流

 まぶたの裏にも闇

 乾いた空気

 微弱電流

 耳鳴り

 無臭

 きらめき


 目を開けると

 ほたるにも似た弱い光を放つ物体が

 僕の周囲にいくつも浮かんでいた


 大きさは様々だけど

 どれも一様な輝きを見せている

 手を触れると微かに熱が伝わってきた


 温かく

 そして優しい


 僕が動くとそれらも少しだけ移動した


 全部が全部

 僕についてくるのではないらしい

 ついてくるというよりは並走に近い


 でも真横には一つも無い

 近くにあるものはほんの少しだけ前後にズレている

 

 僕が歩けば歩くほど

 最初のうち光の数は盛んに減ったり増えたりした

 

 時間の経過ではなく

 僕が動くことに連動しているらしい


 今やずいぶんと光の数は減ってしまっている


 でも

 これで十分だ


 これだけあれば僕は歩いてゆける

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玉響 混沌加速装置 @Chaos-Accelerator

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