泥棒
『さっきは何であんなこと言ったんですか?』
「なんのことですかぁ!」
『カッポギさんが死んだとか』
「カッポギならいましたよぉ!」
すっとぼけた調子の声のせいで聞き流しそうになったが、私は思わぬ言葉を耳にしたことに気がつき、つい「どこにですか?」と聴こえもしない中村に訊き返していた。すぐスマホに同じ文字を打って中村に見せてみる。
「ここにいましたよ!」
『今いないじゃないですか』
「そうですね!」
会話よりも筆談の方がわりとまともな答えが返ってくると思ったのは私の気のせいだったようだ。しかし、中村がカッポギ氏を見かけたのが確かなら、もう無駄に歩きまわる必要もなくなるだろう。
草葉に遮られてあまり日の光が差し込まないのでわかりにくいが、辺りを包む薄暗さが中村を探していたときよりかは、黒いフィルムを数枚重ねたほどには増したような気もする。うだうだしていたら『みだまや』へ着く前に本当に日が暮れてしまう。
『どこへ行ったんですか?』
すると中村はまだ
遠目には
鍵が掛かっていないとはいえ、こうしてわざわざバリケードのような鉄柵が設けてあるのは、一般人が立ち入らないようにという配慮からに違いない。先ほどの看板にしても行き止まりを
「カッポギィー!」
いい加減いちいち大声で話すのをやめてほしいところだが、自分の声さえはっきりとは聴こえていないらしい中村に、うるさいから小声で話せと伝えるのは
「動きません!」
中村は身体を動かそうとする気配すら見せずに即答し、「あ、やっぱり動きます!」とすぐに言い直して「ぬおお!」と低い声で
気合いを入れて動くようなものでもないだろうと思っていると、ちょっとも経たないうちに「無理です!」と中村が叫んだ。これを
私は一度トンネルへと目をやり、同僚の耳が聴こえないのをいいことに軽く溜め息を
たとえ鉄柵の向こうが立ち入り禁止だとしても、考えてみれば私たちはすでに看板のあった位置よりも先の場所には侵入してしまっているわけで、今さら誰かの私有地だなんだと気に病むようなことでもないだろう。なにも泥棒に入ろうというのではないのだ。
立ち上がった私に中村が「え、え? おいてくんですか? おいてかないでぇ!」と
『すぐ戻ってきます』
私は打った文字を騒ぐ中村に見せ、そのままスマホのライトを点けて鉄柵の手前からトンネルのなかを照らしてみた。歩行者用に造られた至って普通のトンネルである。幅は大人ふたりが並んで歩ける程度で、高さも私の身長に頭を二つ分足したといったところか。
ところどころにある足元の水溜まりを避けつつ、その辺にカッポギ氏が倒れてやしないかとビクビクしていた私は、あっけなくトンネルの反対側に出て拍子抜けしたのと同時に、見たこともないような一本の巨大な樹木が眼前に現れて「うわっ」と
たしか、ハイペリオンという背の高い木があるのを聞いたことがあるが、これはその種の仲間だろうか。高さもさることながら、幹の太さも規格外であるし、何よりもそこに巻かれている異様に大きい
さっきの沼と同じように今度はカッポギ氏を探して樹木の周りをぐるりとまわってみた。周囲はほぼ垂直に切り立った高い崖に囲まれており、ここがこの巨木のためだけの場所であるのがわかる。中村が見かけたというカッポギ氏の姿はない。
私は幹に近寄ってそのささくれ立った樹皮に触れてみた。下の方がめくれ上がっているせいで簡単に剥がれそうに見えたそれは、
ここには立て札も
頭上の巣箱から足元までまっすぐに視線を下げていき、根元付近に溜まった枯葉のあいだから見える土の部分へ目をやって、変わった形をしたキノコらしきものがあるのに気がついた。なんとなく拾い上げて
弾力ばかりを楽しんでいた私は、それを裏返してみて見慣れたフォルムに二本の黒い筋が入っているのを目にし、己が手のひらで
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます