丈の高い雑草がまばらになって急に途切れ、私の背丈の二倍ほどもある木造の鳥居が左右に姿を現し、最前わずかに見えていた物体が山道を挟んで向かい合って建っているふたつの神社であることがわかった。


 右側はわりと綺麗に手入れがされているのに対し、左側は鳥居の周り以外は雑草が伸び放題で打ち捨てられたような雰囲気が漂っている。神社が向かい合って建っているだけでも奇妙だというのに、境内の状態が左右で露骨に違っていることが異様さに拍車をかけているようにも思えた。


 色が剥げてしまっているのか元からなのか、どちらの鳥居もちた樹木と変わらないくすんだ茶色をしており、その奥には古そうな拝殿はいでんも姿を覗かせている。敷地の奥がどうなっているのかはよく見えないが、両方の拝殿が建っている辺りまでを合わせると、おそらくバスケットボールコート一面分ぐらいの広さだろうか。


 どうやらさっき見えていた黒っぽい色の物体は左側の拝殿だったらしい。右側の拝殿はブナの樹皮と似たような灰白色のせいで、さっき遠目から見たときには存在がわからなかった。


 神社名を確認しようと右手側の鳥居を見上げると、読み方はわからないが神額しんがくに『大間賀対神』と書いてある。次に左の鳥居へと視線を走らせた私は思わずそれを二度見した。


 どういうわけか神額を縛るように黒い荒縄がバツの字にかけられ、縄の結び目でちょうど真ん中の文字が隠れた状態になっている。前後の文字から推測すると額には『傀儡宮』と書いてあるようだが、縄は片付け忘れた神事の一部だろうか。


 神社仏閣のたぐいにこれといった興味もない私は、まだ先へと伸びている山道を辿ろうと思い、そこでふとタマコはどうしただろうかと周りを見まわした。

 

 すると彼女は先ほどと変わらぬ堂々とした足取りで、右手側の鳥居を潜って拝殿の方へ行こうとしているところだった。猫というものはもっと日がな一日のんびり過ごしているものと思っていたのだが、タマコは好奇心がかなり旺盛な性格のようだ。


 どんな神様がまつられているのかはともかく、せっかくなので賽銭さいせんでも入れていくことにしようと、私もタマコの後に続いて右側の鳥居を潜った。参拝してたたる神などおるまい。それに境内けいだいのどこかに神社のいわれぐらいは書いてあるだろう。


 そんなことを考えながら鳥居を潜ると、すぐ右手に制札せいさつが立っており、ご丁寧に『間賀津まがつ神社じんじゃ』とルビ付きで書かれていた。しかし、その後にある『いわれ』の続き部分は文字が消えていて読めない。おおかた間賀津何某なにがしという土地の有力者だか武将だかの名前を冠したといったところか。


 たしか神社参拝の作法があったはずだと思い出した私は、制札の背後に見える手水舎ちょうずやへと足を向けたのだが、柄杓ひしゃくもなければ水も干上がってしまっていて使える状態ではなかった。これでは身を清めることができない。


 代わりの作法を知らない私は手水舎を諦め、申し訳程度にある石畳の参道へ戻って拝殿にまいることにした。


 拝殿は私の知る間口の広いタイプではなく、巨大な立方体に屋根が載った神輿みこしのような形をしており、正面の扉が朱色に塗られていて離れた場所からでもよく目立っていた。その扉の手前には賽銭箱が置かれ、上部からは色褪いろあせてバサバサになった鈴緒すずおも垂れている。


 参道の途中に置かれた狛犬のそばを通りすぎようとして像へ視線を送った私は、それがよくある獅子をかたどったものではないことに気がついた。お世辞にも芸術的価値が高いとは思えない出来のそれは、はねと針があることでかろうじて蜂なのではないかと推測できるていを保っていた。


 神社に関する知識が浅い私でも、参道に置かれる動物が狛犬の他には稲荷いなり神社の狐などが有名だということぐらいは知っている。まあ、その程度の認識なのであくまで私の想像でしかないのだが、こういった像が蜂というのはかなり珍しい部類なのではないだろうか。


 私はスマホを取り出して左右にある蜂の像をそれぞれ写真に収め、画像を確認していて双方に若干の違いがあるのを見つけた。


 右側の像は顎を左右にくわっと開き、尻からは針を突き出して攻撃的で強そうに見えるのとは逆に、左側の蜂は顎を閉じて針も途中で折れたようになっているせいか弱々しい印象を受ける。像は蜂でも狛犬と同じく阿吽あうんの形に作られているらしい。


 残りの参道を進んで拝殿の前に立った私は、まずは何をするんだったかなと考えを巡らせ、己の頼りない記憶の中から参拝の順序を探し出そうと試みた。鈴、いや、願い事をするのだから何よりも賽銭が先に違いない。神様に来訪を知らせるのはその後ではないだろうか。


 私は背負っていたデイパックから財布を取り出し、賽銭といえばやはり五円玉だと思って探してはみたのだが入っておらず、代わりに見つけた五十円玉を賽銭箱へと下手したてで軽めに放り投げた。


 鈴緒を両手で持ってガラガラと鈴を鳴らして礼を二回、柏手かしわでを二回打ち、さらに礼をもう一回して後ろへ一歩下がる。そこまでやってから願い事をするタイミングを逃したことに気づき、慌てて無病息災やら家内安全やらを祈って鳥居の方へ戻った。


 私は山道へと出てから振り返って間賀津神社の境内をざっと見まわし、タマコの姿が見当たらないことを確認して再び正面へと向き直った。向かい側の神社にも詣っておいたほうがいいだろう。一方の神社にだけ参拝するのは他方の神社の神様に対して失礼にあたるような気がする。


 顎を上げて傀儡宮の鳥居の黒い縄で縛られた神額を見ていた私は、雑草で荒れ放題の境内とその先に覗く黒い拝殿もあいまって、それがまるで凶事のしるしででもあるかのように思えてきていた。

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