Ⅶ
王都を出てひたすら北へと向かう。そういえば活動写真にせよ、小説にせよ、誰か追っての類から逃げる時って大抵みんな北の方へと逃げていくようなイメージがあるのだが一体どうしてなのだろうか。もちろん今回の逃避行は僕の実家が北の方にあるからな訳であり、もし僕の実家が南方に在れば南の方へと向かったはずだ。
まぁ、それはそれとして、まだまだ王都の外にはこの王都の混乱が伝わっていないのか、特に混乱が見当たらない。人々は普段通りに暮らしているように見えた。どうして革命が失敗するのかというのをこの王都の外の人々の様子に見て取れる。そう、広くあらゆる階級の市民がこの革命に共感し、共闘するからこそ革命というものは上手く行くのであって、特定の階級の特定の思想の人間が集まって少人数で蜂起したところで誰もその理念に賛同してくれて、ましてや共闘しようなんていう人間はおらず、結局数に押されて破れ去ってしまうのではないだろうか。
このように考えると、今回の革命は絶対にうまく行かないわけではあるが。
「全く、反乱軍の皆さんにも困ったものですよね……」
王都から離れて少し気が緩んだのかポレール王女がぽつりとこぼした。
「というと?」
先輩はポレール王女の言葉を聞き逃さなかった。
「あ、聞こえちゃってましたか……んー、ジャンヌ様は神と人間の違いについてどうお考えでしょうか?」
「殿下もまさしくお年頃という感じで、若干安心しましたが、そうですね、神というのは完璧な存在とでも言えばいいでしょうか。これは人間が不完全で出来ないことや知らないことがあるけれども他の動物よりも優れた……それこそ文明を生み出すほどの知能があるということから考えたらそのようにしか神を定義できないという風に思っております」
「それではジャンヌ殿、どうして神は貧しい人々や困っている人々を救済なさらないのでしょうか。どうして革命なんてものが起きるのでしょうか」
ポレール王女のその声には涙が少し混じっていた。
「つまり、私が言いたいのは、この世に神なんて存在しないっていうことなのです。神が完璧であるという前提に立つならば神に救えない人間などいないはずです。革命なんて起きないはずです。それなのにどうして貧富の差があって革命なんてけったいなことが起こるのでしょうか。それこそが神が完璧ではない、すなわち神が存在しないことの何よりの証明になっていると思うのです」
先輩は何も言わない。何も言えないのかもしれない。きっとおそらく多くの人が若い頃に突き当たるこの問いに対して……みんな目を背けているからだ。答えを知っているのに、その答えを言い出すのが怖くて、自分の中で抑圧してしまっているからだ。だからこそ、先輩は何も答えられないのではないか。
「んー、人生の先輩としてちょっとばかり言いたいことがあるのですが」
ここでフィガロ大尉が口を挟んできた。
「ある男が海で溺れていた。通りかかった船が彼を助けようとしたところ、彼はこう言って断った。『助けは必要ありません。なぜなら神が必ず私を助けてくれるからです』彼のそばを沢山の船が通りがかり、そして彼を助けようとしたが、彼は必ずこのように言って助けを断り続けた。その結果、彼は溺れ死んだ。彼は死んだ後天に召され、そして神に言った。『ああ神様、必ず助けてくださると信じていたのに、どうして私を助けてくださらなかったのか……!』神は言った。『いや、私ずっと貴方のことを助けようとしていましたよ? ずっと貴方のそばを船が通るように仕向けてたではないですか』」
「寓話……? ブラックジョーク……?」
この声は先輩の声である。
「そうね、要するに神は助けてくれるけど、それをどう活かすかは私たち次第ということですね。だから、ひょっとしたらあなたたちの生活のどこかで神様が手を差し伸べていてくれたかもしれない、最悪の事態を回避するために動いていてくれたかもしれない。でも、それを私たちは掴み取れなかったということなのです」
後ろの方からすすり泣く音が聞こえてくる。その声はきっとポレール王女、答えは意外と近くに落ちていたのである。
やばい、僕も涙が……!
「は? ねぇ! ちょっと! シャル! シャルってば! 前、前見なさいこのロリシャル!!」
突然先輩が叫び出した。この声で僕が我に帰ると、目の前にはトラックが猛スピードで僕たちの車の方へと向かっていた。
は? 前も何やらこんなことがあったような……
などと考えていられるのも一瞬、僕はすぐにハンドルを左に切って突っ込んでくるトラックを回避しようとした。ハンドルがうまく動かない……重い! なんとか力任せにハンドルを切ると、その瞬間トラックが車の右前方に当たる。軽い衝撃、そして車は右周りにスピンし始めて、僕は左にハンドルを力一杯切ってはいるが車がスリップしてしまい、そのまま道路脇の沼地に突っ込んでしまった。
車内に響く悲鳴とスリップ音。
しかもその沼地と道路の間には段差があったらしく車の中が大きく揺れる。ブレーキを踏んで車を止める。車は完全に沼地にはまってしまった。一方トラックの方はそのまま走り去った。きっと車体のサイズに無理を言わせてやったのだろう。
「あーあ、シャル君、やっちゃった」
先輩のめんどくさそうな声だけが車内にあった。
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