扉の先にいたのは……


 ポーカーに興じている男達だった。

 いいの? 共産主義者がポーカーなんかで賭けて? 賭博は資本主義社会でも犯罪なんだから共産主義社会ならもっと犯罪でしょ? 知らないけど。


「王都クラーナ区憲兵のものだ。裁判所から令状が出ているのでその令状に基づいて強制捜査を行う! なお、建物の入り口にて今回の強制捜査の旨は通知したが反応が得られなかったので今回の強制捜査について異議はないものとみなして既に捜査を開始している! 大人しくお縄につけ!」

 自分でもびっくりするくらいの大声が出た。色々と嘘に塗れているがどうせ関係ない。そんなもの建前にしか過ぎない。そもそもさっきの少女は建物の主人でないことは容易に分かるわけで、無反応と見做しても何の問題もなかろう。

 テーブルの一番右端にいた若い男が手を滑らせてカードを落とした。そのことに気づいた男は慌ててカードを拾い、他の男達は顔を背けた。きっと男の手札を見ないようにすることでゲームの公平性か何かを保つつもりなのだろうが、全く馬鹿げた話でしかない。


 少しな沈黙は場をしらけた雰囲気にするのに十分だった。

「ねぇ、今あなたたちにかかっているテロとか政府転覆計画の容疑云々以前に私たちラ=ブランシュはあなたたちを違法賭博の容疑で今すぐ現行犯逮捕できちゃうから。そうすればあなたたちに私たちが何をしようと全く問題ではなければ、逆にお墨付きのお釣りが来ちゃう」

 空気に飲まれていた僕に先輩が助け舟を出し、ついでに男たちをギロリと凶悪な目つきで睨みつけて脅した。

 すると真ん中の男が突然拳銃を取り出して僕たちの足元を狙って二回引き金を引いた。銃声が二回響いて僕たちの足元が熱を持った。銃弾の熱だ。少し焦げ臭い。

「びびったか? びびったか? 残念ここでは俺たちがルールなんだ。そんな賭博罪だかなんだかなんて一切通用しない。お縄につくのはお前たちだ」

 真ん中の男はジャケットから葉巻を取り出し、慣れた手つきでカッターを扱い、火をつけて葉巻を煙らせた。

 先輩が何の躊躇いもなく顔を歪ませた。葉巻もどうやらダメらしい。そりゃそうか。

 あたりには葉巻の臭いと……あとなんだ? 何かのお香? やや甘い香りで身体がだるいような感覚がある。ちょうど甘ったるい砂糖菓子を食べた時のような感覚だろうか。

「で? どうするんだい? 君達はこのまま俺たちのお縄についておくのが利口な判断だとは思うがなハハハ」

 真ん中の男が笑うと周りの男たちもそれに合わせて笑う。真ん中がリーダー格か、絶対に死なせたらいけないやつだな。

 男が靴のまま椅子の上に上がり、右足をテーブルの上に載せて、上から拳銃を向けてきた。威圧感を出そうと精一杯なのだろう。だがそんなに威圧してくるのは先輩だけで十分だ。

「……先輩」

 小声で先輩を呼ぶ。

「おっとぉ、2人で相談かい? いいぜ? 俺は寛容だからな、2人の結論が出るのを待ってやろう。まぁ、今更相談したところで結論なんか分かりきったもんだがな!」

 どうやら僕が先輩を呼んだのが思い切り聞こえていたらしく、寛容そうに見せて実際はとてつもなく尊大な態度で僕たちに猶予を与えてきた。

 この場所での小声の会話が聞こえているのは事実なので、僕たちは部屋の端っこの方でこっそり会話することにした。


「先輩、『子守歌』使ってもいいですか?」

「え、それシャル君どういう意味か分かってて?」

「別に……彼らは眠らせて逮捕しちゃえばどうせ一生牢屋から出られやしないのだから、大して変わりませんよ」

「そうね、確かに死刑、よくて終身刑だろうしね、うん、分かった。いいよ?」

 先輩の同意を得られたところで、僕たちは元の定位置と呼べるような拳銃を僕たちに突きつけている男の前に立った。どうせ一回きりなのだから多少非効率でも、杖を使わずにいこう。

「よし! 結論が出たようだな。もう答えは一つしか残されていないけど念のために聞いておこう。どうすんだ? お前たch……」

 僕はみなまで言わせずに男たち全員に『子守歌』をかけて眠らせた。

「先輩……僕が縄をかけておくんで……応援を上から呼んで下さい」

 たった一回の『子守歌』でこんなに疲れることはないのに……僕はその場にへたり込んでしまう。風邪でも引いてしまったのか?

「分かったわ、でもね? シャル君、その前に……」

 そう言いながら先輩はしゃがみ込む。先輩の顔は見えないが影が見える。

 ふと突然頬に柔らかい感覚。唇?

「ちょっと疲れたような雰囲気が出てたから。シャル君にはこれからキビキビ働いてもらわなきゃだしね♪」

 そう言って先輩は元来た、というより落ちてきた方へと戻っていった。

 僕はしばらくその場から動くことができなかった。


 その後、先輩が上から連れてきた応援の憲兵と一緒に捕らえた男たちを上まで引きずり上げていった。因みに体力の消耗が余りに激しく、縄はかけられなかった。え? 男たちが目を覚まさないのかって? そんなヤワなもんじゃないのが僕の『子守歌』。


 僕が最後の1人を引きずり上げて、そのまま引きずって建物を出ようとすると、放って置いた少女が目を覚ましたのか、玄関の前でキョロキョロしていた。

 僕は近くにいた憲兵に男を任せて少女の前にしゃがんだ。

「おはよう」

「なに?」

 少女は僕に少しつらく当たってくる。何もしていないじゃん。

「君も一応容疑者のお仲間ということで拘束させてもらうから」

「あ、そ」

 少女は特に驚いていない様子で僕のことをじっと見てくる。そしてそのまま続けた。

「下の男達と会った?」

「ん? 地下の隠し部屋かい?」

「あいつら見てて思わない? この屋敷に未来なんかないなって」

 その少女は歪んだ笑みを見せた。

「どうせ私たちは『車輪の下敷きunter die räder geraten』なのよ」

 少女には笑みを見せながらも同時に歪んでいて、寂しそうで、諦めてしまっていて、同時に自分が模範としていた大人に裏切られたことを悔やむような、ネガティブな感情が混ざりあっていた。

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