湖を取り囲むような形の森の中を進んでいくと、少しだけ開けた場所があってそこには重厚な館が湖のそばに立っていた。薄暗い森の中に突然現れたその館はホラー映画にでも出てきそうな雰囲気を醸し出している。中に人の雰囲気は無く、建物の壁には蔦が生い茂っている。まさしくこれを幽霊屋敷と言わずして何と言う、といった感じである。静かにその建物の玄関を探す。建物の裏手に回った憲兵が僕たちを呼びにきた。

「どうかしました?」

「ありました、玄関、裏手にあります」

「勝手にベルとか鳴らして気づかれてないでしょうね」

 先輩がその憲兵に聞く。

「田舎もんとはいえ、そこまでバカではありません。この期に及んで指示なく玄関のベルを鳴らすバカは……」


 リーン、ゴーン!


 少し調子の外れた高い音があたりに響く。

 この音は紛れもなくベルの音。誰かが玄関のベルを鳴らしてしまったのだろう。呆れてものも言えない。きっと先輩も一緒だろう。珍しくポカンとした、アホ面を晒している。

「え? この期に及んで何ですって? このプルック田舎もんが!」

 リュシーがキレた。めちゃくちゃキレてる。

 リュシーの顔が赤くなるにつれて、その憲兵の顔が青くなっていく。

「おい、プルック! お前、このせいでシャーさ……アルノース少尉に傷一つつけてみろ! ぶっ殺すぞ野郎!」

 一応先輩にあたる憲兵に対して学生の身分でこの態度……キレてるとはいえやはりリュシーだ。憲兵くん、グッドラック!

「い、いや、自分にはマルキという両親がつけてくれた名前があります」

 少し怒った顔でその憲兵が言う。

「あ? おまえなんかプルック田舎もんでいいんだよ、おまえなんか!」


「まぁまぁ、その辺は後にして、もう突入しちゃおう。じゃないと向こうから出てきちゃうから」

 僕は未だに険悪な雰囲気を醸し出している2人を宥める言葉をかけてから、急いで建物の裏手に回った。

 

 僕が建物の裏手にある玄関に向かうと、すでに数人の憲兵が拳銃を構えて中から人が出るのを待っていた。

「まぁまぁ、ちょっと拳銃下ろして、荒事はないに越したことないから」

 僕はそう言いながらも杖をいつでも、即座に取り出せるように準備をする。『子守歌』を実際に現象界に効果が現れる直前で機能を停止させて、待機させておく。向こうが武器を取り出してきようものならすぐに眠らせて取り押さえるつもりである。

 僕は玄関の扉の前に立ってノックをし、「ごめんくださーい」と声をかける。

 中からバタバタと音がしてから鍵が開き、足の幅くらいだけ外側に扉が開いた。もう少し前に出ていたら扉とぶつかっていたかもしれないけど……

「誰?」

 中から出てきたのは三つ編みの少女だった。年齢は多分15〜6歳くらい。

「あ、どうもおはようございます、王都クラーナ区憲兵のものですけども、今回ですね、こちらの方に令状が王都下級法院から出ていましたね、執行させてもらいます」

 極めて事務的な口調で淡々と僕は説明する。因みに令状の話は半分嘘だ。確かに令状は出ていて、容疑や差し押さえの理由などはきっちり書かれているが肝心の名前のところは空欄になっている。こんなデタラメな令状が出せてしまうのがこの国の司法の黒いところである。今回はそれをフル活用させてもらった。

 さて、その少女はというと、一瞬ポカンとした後すぐに拳銃を取り出した。よくよく訓練された子だ。僕はその少女に拳銃向けた憲兵を手で制しながら杖を素早く取り出して、一瞬で待機させていた魔法子守歌のうちの一つを発動させる。

 拳銃の扱いについては訓練を十分に受けているとはいえ、まだ15〜6歳の少女にはまだ魔法防御は早いと向こう側が思っていたのか、僕の『子守歌』をまともに受けてしまい、少女は玄関にて崩れ落ちた。


「先輩、こういう場合って向こうに令状に応じる意思が無いと判断してしまっていいのでしょうか?」

「え? 流石にこの子の態度だけでは……え? まさか? シャル君意外と外道だった?」

 先輩は僕の質問の意味に気づいたらしく、ややゴミを見るような目で僕のことをじっと見る。リュシーはまだ気付いていないのか「この子のー、態度でー? 判断……?」などと首を傾げている。あざといけどリュシー、鈍いよ。大人の世界じゃ生きていけない。

 先輩に対しては言葉で何か返事をする代わりに悪者の笑みを向けておく。

 先輩も先輩で悪い笑みを浮かべた。

 なーんだ、絶対同じこと考えていたじゃん。

 僕はドアをゆっくりと手前に引いて、中を恐る恐る覗く。このフロアには誰もいないのかな? 例えば地下室なんかがどこかにあって、普段はその地下室で怪しい研究をしているなんていうオチがきっと僕を待っているのだろう。

「先輩、リュシー、隠し部屋とか地下室があるかどうかをまず探してって後ろの憲兵に伝えて」

 僕が2人に指示を飛ばすと、2人ともすぐに動いてくれる。先輩が僕の指示を聞くなんて初めてのことじゃないか? それだけ先輩も今回のことを重く受け止めているのだろう。


 僕たちは恐る恐る中に入る。この中に入る時間を使って、あらかじめ『子守歌』をそれなりの数用意しておくのだ。そうすれば例えば廊下の角でばったり敵とあったとしてもなんとかすぐに眠らせてその場を切り抜けることができる。中に入ってから床や壁を入念にチェックする。こんな大層な秘密基地なんだからきっとレスプブリカや、新宗教が絶対に関わっているはずだし、そうなると建物の中に堂々と研究室を作るわけがない。絶対に隠し部屋がある。


 すると、突然壁が動いて、壁の中から人間が現れた。

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