「で、シャーさん、なんでこの女がいるんですか?」

 駅で僕たちに拾われて車の後部座席に座ったリュシーは開口1番僕を睨みつけてきた。後ろからのプレッシャーとおしとやかな笑顔は人間を屈服させるのに最適ではあるが……ハンドルを握っている身としてはこれは迷惑なものである。

「どうしても何も私とシャル君は常に一緒なのはあなたも知っているでしょう? そんな『どうして太陽は沈むの?』みたいな幼稚な質問はしないで欲しいものね」

 そう言って先輩はリュシーの方を振り返る。リュシーもリュシーでもう何も言い返せなくなってしまっていた。特にインターンの下りが堪えたのだろうか。

「あはは、リュシーったら可愛いわね、思いっきりほっぺた膨らませちゃって。あらあら、身体もプルプル震えちゃっているじゃない。そんなに余裕をなくしちゃってるのね、ああ、かわいそう」

 きっと虐められる子羊のようになっているであろうリュシーを見て先輩に変なスイッチが入ってしまったようだ。

 ていうか、あなたそんなキャラじゃないでしょう? いつからそんないじめっ子になりました? ずっと昔から一緒にいる僕としてはとても悲しいです。

 僕は駅でリュシーを拾ってから、ノール湖横にあるノールという街の目抜き通りをぼうっと車を走らせていた。田舎町だから車も人も少ない。先輩はうっとりとリュシーが怒るのを眺めていた。僕の右側が邪魔なのだ。先輩の顔で。

 そんな様子の先輩が何かに気づいてそのまま慌て出した。一体どうしたのだろうか。僕のすぐそばで慌てないで欲しい。

「ね、ねぇ! ねぇ! シャル君! 区憲兵ラ=ブランシュの本部通り過ぎてるわよ! 早く! 早く戻りなさい!」

 え? 通り過ぎた? まぢですか……

 僕は頭では冷静であったが心は動揺していた。

 僕は慌ててハンドルを思い切り切ってUターンをする。車内が遠心力で大きく煽られる。

「ねぇ、シャル君。ぼうっとしてないでよね……」

 先輩が僕のことを睨みつけてくる。

 ごめんなさい。



 僕はUターンしてそのまま車を本部の前につけた。エンジンを切って車を降りる。もちろん荷物も下ろす。中から下士官が出てきて荷物を受け取った。王都のような都市部ならホテル泊まりなどで済ますということになっているのだが、田舎だとそうもいかないので、寮に客間を用意しておいてそこに泊まるという形になる。だからお世話のための下士官がいる。まぁ、下士官というよりも退役した下士官の再雇用の方が正しいのかもしれないが。

 まぁとにかく重厚とも安っぽいともいえぬなんとも微妙な建物に入る。これからこの街の隊長に挨拶をして、それからレクの時間だ。

 レクでは謎の連中がノール湖の辺りに建物を建てて、そこで何か怪しげな研究をしていること、レスプブリカではないけれども、レスプブリカとの絡みを全く否定することは出来ず、関連組織かということ、また、レスプブリカに近い新興宗教の可能性が最近高くなっているということが伝えられた。それを受けて、今回憲兵ジャン=ダルムリーがその建物を強制捜査することになったということらしい。

 一通りの説明を受けてから、僕たちは今回一緒に協力することになるノールの区憲兵ラ=ブランシユの人や武装部隊の人と挨拶を交わす。王都からきた僕たちのことが物珍しいのか、あまり関わろうとしてこない。別に、王都から来たからって王都出身というわけでもないし、ノールのような田舎の人々を小馬鹿にしてからかったりもしないのだけれど……やっぱり警戒されているような気がした。リュシーなんか完全に僕の後ろに隠れてしまって、明らかに関わりを拒絶してしまっていたしなぁ。

 僕たちはお付きの下士官に案内されてしばらく下宿させてもらう官舎へと入っていく。テラーと名乗った下士官も僕たちのことをちらちらと見てくる。全く僕たちはサーカス団か何かの見世物じゃないんだから。

 因みに先輩のお世話はリュシーがするらしい。まぁ、一応まだ学生ということで、下級生が上級生のお付きになるという伝統のために一応お付きのやり方を心得ている上に、大先輩にあたる先輩の面倒くらい見ろということなんだろう。

 先輩は僕に付き人になって欲しかったという目で僕を見てきたが、一応仕事の建前があるから仕方ない。あの2人大丈夫かしらとも思うけど。


 夕食は南瓜とベーコンのスープとパンだった。味は正直薄めだが、ベーコンのエキスがしっかりと出ていて、薄味とはいえまずいということは決してなかった。かなり質素な食事を終えると、僕たちは自分の部屋に戻って明日の強制捜査の準備をしていた。


 突然ノック音がする。夜もどんどんと深くなっているのに。

「開いてますよ」

 僕は扉の外に向かって返事をした。

 扉をゆっくり開けて入ってきたのは先輩。それはそれはとても誤解されてしまいそうなネグリジェ姿だった。まぁ、幼馴染みの特権のようなものだ。


 それはそれとして。


「何の用ですか?」

「さっき、リュシーと話をしていてね? 私達は命を狙われているから死ぬ覚悟もしなきゃいけないし、いざとなったら自分から殺りに行かなきゃいけないよって話をしたら、あの子凄いガチガチになっちゃって、普段威勢がいい割にはともおもったけど、やっぱり年相応なのかなって思ってさ」

 僕は先輩の言っている意味がよくわからない。だからどうしたというのか。

「だからね? シャル君も大丈夫かなぁって心配になっちゃって、あと、わたしもやっぱり心配だから。自分のせいでシャル君に何かあったらと思うと……」

「先輩、大丈夫ですよ、さっきの一件で腹は決めました」

「でも……」

 先輩が僕の目を見る。しばらくじっと僕の目を見てから少し視線を落とした。

「私も、シャル君の面倒見てられないから、ちゃんとしてね?」

「はい、分かっています」


 そのまま先輩は僕に抱きついてきた。先輩の意外と小さな心臓の音が聞こえる。柔らかいものが大きい割には心臓の音は小さい。昔を思い出す、先輩が僕を振り回した挙句に怒られて勝手に責任を感じてよく僕に抱きついてきていたのを。


「……たし……ぉ……そ……て」

 先輩の寝言は静かな部屋でも聞こえないほどとても小さかった。

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