人間は様々な死に方をする。病死はもちろん老衰、溺死、焼死、圧死、窒息死、出血死などなど様々な死因がある。だが破裂するということは今までないと僕は思っていた。今でも信じられない。目の前に残っているのは同心円の形に広がった血溜まり、一見血溜まりではなく大量の赤い絵の具が入ったバケツを上からひっくり返したようなのが2つあるようにさえ見える。実際よく見てみると、そこには静脈血と動脈血の2つの色調の違う血が飛び散っていることが判るのだが。

 周りの人々は概ね3つのパターンに分けられ、その円に近い順番に並んでいる。

 1番近いグループは返り血のように血を浴びてしまい、警官が目の前で破裂して死んだ、それも肉も服も拳銃さえも消したんでしまったことに大きな精神的ショックを受けてうずくまって泣いていたり、ただ呆然と立っているグループ。

 2つ目はその周りの人々で、一体何が自分たちの周りで起きたのか、理解しかねて呆然としているグループ。

 3つ目は全くこの事件を目撃してなく、ただ好奇心のままに何が起きたのか、覗き込もうとしている野次馬ども、これが1番最低。

 

 さてさて、僕は結局1番破裂現場に近いグループの所にいるのだが、もはや手がつけられない。どうしたらいいのか分からない。自分の能力を明らかに上回るこの状況に、手をつけられない自分に対して腹の一つも立たないことが何よりも悔しい。

 僕は誰にもバレないように拳を強く握り、下唇を噛んだ。

 周りの憲兵や警官が連絡を受けてやってきて、すぐに野次馬を追い返し始めた。僕もあそこにいたいと思ってしまう。あの場所なら大した責任もなくただうざい野次馬どもを適当にあしらうだけなのだから。心に大きな傷を負った人々に声を掛けてあげるべきか否か、迷う必要なんてないのだから。

 でもやるしかない。

「あのー、怪我などをしている人はいますかー!」

 僕はあたり一帯にはっきり聞こえるように大声を出した。

 僕が見た感じでは怪我をしている、つまりは外傷がある人がいないのだが、人間どこで怪我をしているのか分からないものだ。

「……ううぅぅ……」

 僕の呼びかけに反応して小さく唸るような声がする。

「誰か怪我している人いるんですかー?」


「うわっ、痛っっ‼︎ 何するんだ! 痛い! うわ、ちょっ、やめろ!」

 誰かが再び傷ついたようだ。僕はあたりを見回して、その傷口をさぐる。

 1番近くのエリアには見当たらないのでもう少し離れたところを注意深く見回していくと、若い男がその連れのようにも見える男を襲っていた。

 襲っている男は口をその少し日焼けした首筋に当てて……血を吸っている? まさか、昔話で聞くような吸血鬼ヴァンピール

 あっという間に男の日焼けした肌は土の色に変わり、そのまま崩れ落ちて…… 

 男は本当に土になってしまった。

 驚きのあまり言葉が出ない。恐怖とパニックによる叫び声も出てこない。

 まず、常識としては、吸血鬼は太陽の光を浴びると灰になってしまう、だから日中は棺の中で眠っていると僕は昔話で聞いた。それなのに吸血鬼が日中出歩いて、軍のパレードの最中に男を襲ったこと。

 そして、何よりも血を吸われた男が土になってしまったことだ。これぞまさしく、文字通りに土に還ってしまったということだろうか。死んだ肉体は墓場で埋められると腐敗し、蛆虫に喰われて最終的には土へと還る。

そう考えるとこの僕や先ほどの警官の肉体が破裂した事件で精神的にショックを受けたであろう人々の目の前で起きた出来事はただ男が死んで肉体が消滅している過程が目の前で一瞬で行われただけだとも考えられる。

「ウッ、ウガガ、ウガッ! グハッ!」

 吸血鬼らしき男が突然吸った血をうずくまって吐き出した。そんなに不味かったのだろうか、男の血が。吸血鬼らしき男が吐いた血は最早吸血鬼らしきらしき男自身の血か、それとも吸った血なのか区別することもできない。

 周りの人々が少しずつ後退りしてゆく。どうやら本能的に体が動き、吸血鬼から逃げようとしているようだ。だが、僕も実際自分の足が後ろへ、後ろへと動いていくような感覚に襲われるのだが、僕は退いちゃいけないのだ。逃げてはいけないのだ。それが憲兵の責務なのだ! 僕に彼がどうこう出来るかどうかが問題なのではない! 仮令できなかったとしても最低限出来る人間にバトンタッチすることが僕の仕事なのだ! その為に給料を貰っているのだ!

 僕はそう自分を奮い立たせて、杖を取り出して男の前に立つ。手が震えている。男は未だうずくまっている。

 男がゆっくりと立ち上がる。その口にはしっかりと研がれたナイフのような牙が見える。自分の死に直面しているのか? いや、そんなことはないだろう。

「フー、フー、フー、フーフー、フー」

 吸血鬼ヴァンピールはまるで獣のような荒い呼吸をする。昔話の中の吸血鬼ヴァンピールはもっと人間らしいのに目の前のは最早ただの怪物である。

 吸血鬼は僕を認識して次の吸血対象としたのか、ゆっくり僕の方へと向かってくる。その歩き方はまるでゾンビ。幸いにも進むスピードはゆっくりでほんの少しの間だけ、どうするか考えることが出来る。

 一度に凍らせてしまうのが良いか、それとも焼きつくしてしまうのが良いか。サーベルで思い切り突き刺すという手もある。

 僕がしっかりと杖を握っていると突然吸血鬼がうつ伏せに倒れた。

 その背中には銀のナイフ。しっかりと吸血鬼の心臓の位置に刺さっている。

「ねぇシャルル=アルノースさん、ちゃんとしなきゃダメですよ? しっかり反省してください。あなたは『あの子』の隣にいて、支えてあげて貰わないと困るんですから」

 

 

 

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