「君達さぁ、分かってるよね?」

 僕たちの前で椅子に座っているのは隊長。

 僕たちの報告書をひらひらとさせている。

「なんで報告しなかったのかなぁ? ねぇ、なんでかなあ?」

 隊長はネチネチと僕たちを追い詰めてくる。紛れもなく、怒っている証拠だ。

「良かったねぇ、上手くいって。君達の功績と上手く相殺できたよ? もしも失敗なんかしていたら軍法会議にかけられてもおかしくないのに」

「す、すみませんでした」

 僕はすかさず謝る。マジでこの空気には耐えられない。ほ、ほら、先輩も自分の席で呑気に紅茶なんて飲んでないで早く謝って!

「いやぁ、シャルルが謝る必要なんてないんだな、大体こういうことを思いつくのってどこぞの破天荒お嬢様な訳で、ね? 随分と余裕そうにしてるよね、本当に」

「余裕に決まっているでしょう? 失敗する気がしなかったのだから」

 紅茶を飲みながら先輩が答える。隊長はため息をひとつついてから椅子の背もたれにもたれかかった。

「結局俺が何言ってもお嬢様には馬の耳に念仏ってことか」

「その、『お嬢様』っていうの、やめてくれません?」

「いいか、ジャンヌ、最初に上から報告が来た時な、俺焦ったんだぞ? しかも訳も分からず中央憲兵レカルラートが『ちゃんと我々にも話を通していただきたい』って文句つけてきやがるしさ、いやいや俺何にも知らないって、ってなるわな普通」

「大丈夫、私もシャル君も、そうそうヘマをするような愚鈍な人間じゃないですから」

「ヘマをするとかしないとかそういう問題じゃないんだって!」

 そう言いながら隊長は天を仰ぐ。

「隊長こそ心配し過ぎなんですよ。私とシャル君を信用しさえすれば良いのに……」

「そうは言っても、レオの教え子な訳だし……君達に何かあったらレオに何されるかわからないし」

 レオ……? ああ、レオノール少佐か、なんでまたレオ?

「娘さんが大人になった時、娘離れできませんよそんなんじゃあ」

 先輩がさらに煽る。

「えっ……」

 隊長は分かりやすく固まってしまった。

「そ、そんな……マリーが? いつか? どこの馬の骨とも分からない男と? それで俺の元を?」

 こんなわかりやすく固まるか? とも思ったのだが、流石に先輩もまずいと思ったらしく、隊長のフォローに回る。

「ま、まぁ、あと20年くらい先の話でしょう? まだ20年近くあるんですから、ね?」

「で、でも、20年なんて、あっという間……」

「あのー、20年前っていうと、僕なんかまだまだ赤ちゃんだったのですが……」

 僕は恐る恐る口を挟む。

「あー、確かにあの頃のシャル君は可愛かったよね。純粋で」

「そりゃそうでしょうよ、赤ちゃんですもの」

「マジかー、マリーにもそのうち汚される時が来るのか、よし、決めた! 決めたぞ、俺は!」

「「何をですか?」」

「マリーが将来どこの馬の骨とも知らん男に汚されるにしても、それは仕方のないこととしても、汚すなら、俺を斃してからだ!」

「えーと、『倒して』じゃなくて? 『斃して』だと隊長亡くなってますよ?」

 先輩がツッこむ。

「どちらでもいい、俺にとっては死んだも同然だ」

 いや、こないだ隊長僕のシスコン(異議があり、是正を要求する)とか、先輩のシスコン、ブラコンについてあれこれ言ってましたけど……

 隊長、あなた人のこと言えませんよ?


「で、何の話でしたっけ?」

「えーと? ああ、そうだ、とにかくちゃんと『報告、連絡、相談』を徹底して欲しいという話だ。社会人の基本だぞ? ちゃんと覚えておくように」

「「すいませんでした」」

 こら、先輩こっそり頭を下げながら舌を出さない。まだ反抗期ですか? そうですか。分かりましたから足を一々踏んで行かないでください。

「はぁ、それにしてもよく列車爆破なんて思いついたな」

「本当にそう思います。普通はやりませんよ、こんなこと。赤の他人まで巻き込んで……」

 隊長がぼやくので僕も素直を感じたことを言った。

「もうすでに公安情報庁が動いているらしい、軍の情報本部もまた然り、だそうだ」

「あれ調べても何も大したことは聞き出せませんよ? 多分相当な下っ端ね、ハンチング帽なんか金に釣られただけかもしれない」

 先輩が指摘する。

「えっ? そうなんですか?」

「ええ、そうね。『お前は黙っていろ』みたいな態度だったじゃない? 多分山高帽はハンチング帽を信用してなかったのだと思う。

 流石に組織の人間ならどれほど末端でも『黙ってついてこい』みたいなことはないでしょう? 適当にサポート役として金で釣っておいて、事が済んだら処分してしまうのが1番合理的なんじゃない? お金も払う必要がなくなるし」

「……処分ですか?」

「何よ、シャル君、そんなもんよ? 使えない奴は容赦なく消す。最早自然の摂理ね」

「そうだ」

 隊長も同意した。世の中って……

「この世界はそれ程までにドライなのだ。まぁ、まだ新人のシャルルには分からんだろうがな。それに、ジャンヌ、ひょっとしたらこの報告書の信号場云々もひょっとしたら金で釣られてるだけなんじゃないか?」

 隊長に尋ねられた先輩は呆れたような顔をした。

「何言ってるんですか? 私がそんなこと知っている訳ないでしょう? むしろそういうのは公安情報庁が勝手に調べて、それこそ勝手に処分しといてって感じですよ。シャル君も何も知らないでしょう?」

「はい、知りません。僕たちは彼らの会話を聞いていただけなので、そこに書いてあることが僕たちの知る全てです」

「そうか……そうか」

 隊長は僕達の報告書にハンコを押した。



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