先輩が爆弾発言をすると、車掌は顔を真っ青にしてそそくさと去っていった。

 フォローではないが僕は車掌に「列車は止めないで大丈夫です。そのまま王都まで行ってください」と声をかけた。ちゃんと伝わっているだろうか。

 それから僕は先輩に向き直った。

「先輩、むやみやたらに一般市民に恐怖を与えないで下さい」

「だって、爆弾があるなんてこと隠すわけにもいかないでしょ? そういうシャル君だって何で2人まとめて『子守歌』をかけなかったのよ!」

「ああ、あれはまだ話し合いの余地があると思ったので」

「違うわよ、シャル君がハンチング帽を眠らせた時よ」

「……それは、たまたまです。その時の僕に訊いて下さい」

 そう自分でもよくわからないのだ。どうしてあそこで2人まとめて眠らせなかったのか。

「たまたまで魔法をかけないなんて、致命的すぎるでしょ?」

 先輩はまだまだご不満のようだ。

 まぁそれはそれとして……


「どうしますよこれ」

 僕は先輩に聞いてみた。

「取り敢えず中を開けてみないことには何とも言えないでしょ?」

「開けたら爆発みたいなオチだったら? どうします? 僕ら皆死にますよ?」

「その時はその時よ。さっさと開けなさい」

 先輩がこっちを見ながら答える。

「開けるんですか? ……僕が?」

「当たり前じゃん。何女の子に開けてもらおうとしてるのよ」

 先輩は再び何を言っているのやらという表情をする。

「はぁ、わかりました」

 僕はハンチング帽氏をどかして、恐る恐る爆弾が入っているらしい鞄を通路に取り出した。

 僕と先輩は取り出したカバンを眺める。

「周りには何にもないですね」

「そりゃそうでしょ? 何で何か書いてあると思ったのよ」

「まぁ、そうですよね。開けますよ?」

「さっさと開けなさいよ」

 人に開けさせておいて、酷いもんだ。

 僕はカバンのスライド・ファスナーを開ける。

 中にはテンプレなダイナマイトとスイッチと1枚のメモが入っていた。

『赤:即時に爆発。自爆用

 青:事前に設定された時間に爆発。予定通りの場合はこちらを押すこと』

 とメモには書かれている。

「どうします? これ?」

 僕は先輩に尋ねる。

「ほっといたらどうなるのかしらね」

「爆発しないと思います」

「じゃあ、ほっとく?」

 そう言いながら先輩はカバンの中を覗いた。

「ねぇ、シャル君、まだメモが入っているよ?」

 まじですか。

「何で書いてあります?」

「んっとねー、『ボタンを押さなかった場合、18時40分に自動的に爆発』だってー。やばくない?」

 まじですか。

 僕は懐中時計で時間を確認する。

「今18時05分です。残り時間あと35分ですね」

 やばい、選択肢は即爆発か、35分後に爆発、時間は分からないが爆発不可避の3つしかない。

 どれ選んでもまともなエンディングにならないような気がする。

「どうしましょう? 先輩?」


「……どうする?」

 先輩も戸惑っている様子であった。

「絶対に爆発エンディングは変わらないのよね。これ」

「ですね」

「じゃあ出来るだけ爆発しても被害が少ないようにするしかないんじゃない?」

「ですね」

「ねぇシャル君! ちゃんと考えてる?」

 先輩に怒られた。僕だって何も考えていない訳ではない。何か使える魔法で安全に爆弾を処理する方法がないか考えているのだ。

「先輩は、火属性ですけど、何かこう、物を遠くに飛ばす魔法って使えますか?」

「使えないわね。シャル君は?」

「僕も、てんでダメです。髪を乾かすぐらいしかできません」

「そう……」

「じゃあ、歩きます?」

 僕は先輩に投げかける。今適当に考えたアイデアでかつ、原始的だが下手に魔法に頼るよりはマシかもしれない。

「どこまで歩くのよ。そもそも安全に爆発させられる場所なんてあるの?」

「分からないですね。あ、でも車掌さんなら詳しいかも」

「じゃあさっさとその車掌さんを連れてきなさいよ」

 先輩の機嫌は悪い。僕は後ろの車掌室へと向かった。



 後ろの車両に乗っている人々の顔は暗い。もしかしたらこのまま死んでしまうのではないかという恐怖感からであろう。目の前で死を悟るならばある種の諦めがつくのだろうが、目の前で事が起きてない以上諦めがつかず、それがより不安感を煽るのであろう。

「あの、憲兵ジャン=ダルムリーさん、悪いテロリストはどうなりましたか?」

 通路に立っていた若い女に聞かれた。

「テロリストは確保しました。ですが危険物等の確認、処理が終わっていないのでまだ前の車両には戻らないで下さい」

 僕は淡々と事実を告げる。

「それって爆弾か毒ガスでもあったのか!」

 はg……スキンヘッドのおじさんが尋ねてきた。その声に反応して車内がざわつく。ある者は近くの者とひそひそ話し、ある者は遺書を書こうとしているのかメモとペンを取り出した。それを見た者は自分もそうしようとポケットの中を探すが、メモやペンの類は見つからなかったようで愕然としている。

「落ち着いて下さい! それらの対応も含めてこれから車掌と話し合います。皆さんは車掌の指示があるまで動かないで下さい。あ、逃げようと窓から飛び降りるのもナシです。この列車結構スピード出てますので、確実に死にます。ですから皆さん、落ち着いて下さい」

 僕がそう言うと、車内は静かになったとは言えないが、まぁ、多少は落ち着いた。

 僕は車内の通路を進み、最後尾の車掌室を目指す。


 同じような話を各車両毎に繰り返した後、僕はようやく車掌室にたどり着いた。

 僕はドアをノックする。すると、すぐにドアが開いて、車掌さんが顔を出した。

「どうかしました? 憲兵ジャン=ダルムリーさん。あ、列車止めます?」

「あ、まだ大丈夫です。車掌さんって沿線に詳しかったりします?」

「ええ、それなりには。もともと沿線の出身なので」

 へえ、それは心強い。

「じゃあ、ちょっと来てもらえます?」

 車掌さんはあからさまに嫌そうな顔をする。

「爆弾あるんですよね……」

「爆弾なら大丈夫です。時限式なので、時間にならなければ爆発することはありません」

「え? それ爆発するってこと……」

「ええ、ですから、爆発しませんから、大丈夫ですよ。もし爆発したらここにいても前にいても一緒です。ですから、言う事きいてね? 来てください」

「は、はぁ」

 車掌さんは一体何を言っているのやら、車掌さんは釈然としない表情で車掌室から出てきた。

「あ、無線機忘れた」

 どうぞ、取りに戻って下さい。

 でも、逃げちゃダメですよ?

「あ、路線図もあればお願いします!」


 車掌さんが無線機を取って車掌室から出てくると、僕は車掌さんの腕を掴んだ。車掌さんは小さく舌打ちをする。やっぱりね。

 車掌さんの腕を掴んだまま車内を進む。乗客は僕に腕を掴まれて連行される車掌さんを見て不思議そうにしている。時折「車掌ってひょっとして……」という声も聞こえてくる。車掌さん、後でがんばれ!


「先輩、連れてきましたよ、車掌さん。しかも沿線出身ですって」

 僕がぼーっと窓の外を見ていた先輩に声をかけると、先輩はハッとした表情を見せた。

「でかしたわ、シャル君」

 先輩は澄ました顔で答える。

「ねぇ、車掌、この辺でだだっ広い野原とかないの?」

「先輩、経緯も何も説明せずに聞いても意味ないと思います」

 僕たちは車掌を座らせて、経緯を説明した。

 すると、車掌はすっと立ち上がろうとするので、2人で無理やり座らせる。再び舌打ち。なんだこのやる気のない車掌は。

「ねぇ、車掌の地元でしょう? いい場所の1ヶ所2ヶ所くらい知らないの?」

「知らない訳ではないですけど、例えば、今このラタン駅っていうど田舎の駅まで多分15キロ位の位置ですが、ここから1キロほど行ったこの、この辺は何故か開発されずに取り残されていて、聞いた話では昔教会が持っていたらしいんですけど、権利関係で揉めた挙句に誰の土地か分からなくなった、みたいな場所とか、その横にはラタン池っていう池もあります。爆弾処分するならこの辺でしょうね」

 車掌さんは路線図の上を指差しながら答える。

「じゃあ、そのラタン駅? ってところで列車止めて」

「分かりました。前の方に連絡します」

 そう言って車掌さんは無線機を使って、前の機関車にいる運転士だろうか、誰かと連絡を取っている。

「そういえば、テロリストさん達が言っていた信号トラブルが起きる予定の信号場ってどこ?」

「ここの、『ラタン・チェックポイント』って所です。ここと、オーレル峠の『オーレル・チェックポイント』の間は『旧線』と『新線』があるんですよ。今いるのが『新線』、『旧線』はノール湖を避けるようにして走っています」

 僕が地図を指差しながら答えていると、車掌さんも話に参加してきた。

「ああ、旧線で爆発させるっていう手もあるかも知れませんね。爆破された所で大して本数もないし」

「いや、僕たちの後が怖いのでやめましょう?」

「む? 割と良い手だと思ったんですがね」

「流石に軍をクビになってまで遣りたくはないわよね」

「そうですか」

「そうですよ」

「ていうか、爆弾って中身火薬ですよね。ってことは普通に水につけて火薬を湿らせれば爆発しないんじゃないですか?」

 車掌さんがふと気づいたように言い出した。

「中身ダイナマイトよ?」

「多分いけるんじゃないですか?」

「どう思う? シャル君?」

「まぁ、やってみれば良いんじゃないですか? どうせラタン池が近くにある訳ですし」

「じゃあそれで良いじゃない。決定ね。文句は言わせないわよ」

 大丈夫かなぁ。心配になってきた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る