山高帽が車内で拳銃を持ち出し、乗客が拳銃に気づいた瞬間、車内は恐慌状態となった。山高帽は天井に向けて、1発発砲した。乗客が僕たちのいる車両から我先に逃げ出し、転んだ者を踏んでも逃げていく。転んだ者は悲惨だ。逃げる乗客に踏まれて大怪我をするという目に遭っているのだから。そして山高帽が拳銃を突きつけているのは、僕。

「お前は何者だって、ただの憲兵ジャン=ダルムリーですよ? どこで知ったって、こないだあなた達が不穏な企みをしているのを後ろでぜーーーんぶ拝聴致しておりました。それで拳銃を突きつけてそんな質問なんて、酷過ぎますよ」 

「え? あ、ああ。えっと、あんた死にたい? そんな舐めた回答俺は求めてないんだけど」

 山高帽は一瞬呆気にとられたがすぐに調子を取り戻してしまった。

「嫌です」

 僕は一言答えた。

「でも死んでもらわな我々も困る。所謂口封じってやつと、普通に憲兵の前で計画は続行できん」

「……じゃあ計画中止ですか」

 ハンチング帽が恐る恐る口を挟んできた。

「お前、んな、んなわ『ええ、中止ですよ』っておい憲兵ジャン=ダルムリー、口を挟んでくれるな」

 このまま中止してくれれば随分と楽な話なのに、そうは上手くいかないようだ。

「シャルル=アルノースです」

「は?」

「だからシャルル=アルノースです。僕の名前、憲兵ジャン=ダルムリーではありません」

「アルノース? ああ、北部の男爵家か、なかなかしぶとく生き残ってなまじ歴史だけはある。こう見えても貴族の家の名前には詳しいぞ。なんといっても全部滅ぼさねばならんのだからな。第1革命で家の数が半分くらいになったとはいえ、そもそも貴族制度が存在することそのものが問題なのだ」

 全く失礼な話である。何がしぶといって?

 あと、山高帽氏の演説の時間ではないのだが。

「ええ、そのアルノースです」

「じゃあ俺はビーンだ。組織ではそう呼ばれている。本名は明かせない」

 そうですか。まぁ、僕は聞いてませんが。

「……で?」

「は? ああ、そう、だからこの爆弾テロを中止するわけにはいかんのだ、わかるな?」

 爆弾テロであるとビーン氏が認めた。普通こういう時って『闘争』とかなんとかいうんじゃないの? それは僕の偏見?

「いえ、分かりません」

「ああ、そうか分かんないって、え? 分かんない?」

 山高帽改めビーン氏は驚いたような表情をする。何で?

「いや、だってここで素直にお縄について、未遂で罰せられた方が早く出れますよ? 場合によっては……っていうかほぼ100%死刑も回避できます」

「まぁ、そうだけど、俺らには行くところがないんだよ。すでに俺らは革命の偉大な犠牲者となっているのだから」

 はぁ、そういうものだろうか。

「じゃあ、取り敢えず拳銃を下ろしてください」

「え? 嫌だ」

「話し合うのに拳銃は要りませんよ?」

「いや、俺脅してるんだけど、誰が話し合っているんだ?」

「ま、まあ憲兵さん、大人しく爆らせて下さい」

 再びハンチング帽が口を挟んできた。

「お前は黙っていろ」

「ダメです」

 僕が答えると、ビーン氏は拳銃の銃口を僕の額につけた。

「物騒なことはやめましょうよ、ビーンさん」

 僕は杖を取り出して、ビーン氏に突き付けた。

「人のこと言えないだろうに」

 ビーン氏は嗤った。

「そうですよね」

「じゃあお前も杖を下ろせよ」

「嫌です」

「何でだ?」

「別に僕が魔法を使っても、どんな魔法を使うかですから。あなたを殺しはしませんよ」

 すると、突然後ろの方から櫛が飛んできて、ハンチング帽に当たった。

 「痛ったあああ」とハンチング帽が座り込む。どんな投げ方したんですか? ? 

 ビーン氏が櫛が飛んできた方を向いて、先輩を見つけて、先輩に拳銃を向けた。

 その先に僕は座り込んでいるハンチング帽に『子守歌』をかけた。ハンチング帽はそのまま、頭から列車の床に突っ込んだ。

「おい、シャルル=アルノース、お前何をした」

 ビーン氏が先輩に拳銃を向けたまま僕に聞いて来る。

「何をって、魔法で眠らせただけですよ?」

「なっ、ふざけた真似を!」

 ビーン氏はそう言いながら先輩に拳銃を向けたままハンチング帽を足蹴にする。扱いが酷いにも程がある。

「まぁ、仲間を足蹴にしてる時点で決着はついたようなものだけどね」

 先輩が拳銃を取り出しながらそう言った。

「なっ、し、仕方がないだろう! 1対2なんて勝ち目がなさ過ぎる!」 

 ビーン氏は叫ぶ。

「ああ、起こそうとしてるんですね」

「そうだ」

「言っときますけど、僕の子守歌って、専用の解除魔法を使わないと起きませんよ」

 ようやくビーン氏の行動を理解した僕は答えを伝える。

「早く言えよそれ! 俺は蹴り損だし、こいつは蹴られ損じゃん!」

 ビーン氏は僕に怒鳴りつける。

 はいはいすいませんでしたーー。

「ところで、あんた達のボスって誰よ」

 先輩が尋ねる。

「言えるわけないだろそんなん。おたくの業界でもそうなんじゃないの? ほら、自分の所属は絶対に吐かないらしいじゃないか。それと一緒だ」

 ビーン氏はそう言って答えなかった。あとそれはスパイだけです。一般の憲兵ジャン=ダルムリーしかも区憲兵ラ=ブランシュである僕たちにはその必要はありません。

「じゃあ、あんたはどこの組織なの? レスプブリカ? 共産党? それとも大穴でシンフーフェイ星虎会とか?」

 先輩は更に尋ねる。

「ハズレだがその範囲の中の組織だな」

 ビーン氏が答えた。

「ふーん、まぁ、それだけ喋ってくれれば十分かしら」

 先輩は言う。

シンフーフェイ星虎会って? シノワール語っぽいですが」

 僕が質問した。普通に聞いたことのない名前だった。

「半分そうね。もともとサンロンガン三龍港のギャングなんだけど、最近シンシーガン新獅港にまで出てきててね。注意情報がこないだでてたわよ?」

 え? 全く知らないんだけど。

「へー、そうなんですか。帰ったら確認してみますね?」

「おい、何帰る前提なんだよ。帰ってもらったら困るよ」

「あんた何言ってんの? うちらだって生活があるし、家族だっているし、帰らないといけないのよ? あんたの都合で勝手に帰らせないでくれる?」

 先輩が噛み付いた。

「俺だってこのまま捕まったら下手したら組織に殺されるんだぜ? 失敗してらただじゃ済まされないからな」

 そう言いながら、ビーン氏はポケットから拳銃をもう一丁取り出して、僕に向けた。

 先輩が僕を睨みつけてくる。すいません、これは完全に僕のミスです。

「さあどうするんだ。俺」

 どうやらビーン氏もどうしたらいいか分からないようだった。ビーン氏は僕と先輩に拳銃を向けている。先輩は拳銃を、僕は杖をビーン氏に向けている。足元には爆弾。

 『子守歌』で最初に眠らせてしまわなかったのが今となっては物凄く悔しい。まだテロリストと分かっていない段階で眠らせてしまうのはいかがなものかと考えて眠らせなかったのだが、最初に適当な大義名分をつけて、というか彼らとはわけだから最初から眠らせて仕舞えば良かったのだ。

 先輩がチラチラと僕を睨みつけてくる。



 よし、決めた。

 僕は杖を先に魔力を集中させてからビーン氏の拳銃の先にチョンと当てた。すると拳銃は金属製なのでどんどん錆びていき、その錆は粉状になって舞って行く。グリップの木の部分もどんどん木が朽ちていき、拳銃は崩れていった。

 これがアングレーズにいた時に、向こうの友人に教えてもらった『腐敗魔法』である。

 金属はして錆びているのだからではないのだが。このことを友人に指摘すると、「細かいことを言うな、昔っからそうなんだ。そんなんじゃモテないぞ?」と言われた。一言多い友人だ。

 さて、そうして拳銃を一丁失ったビーン氏であるが、唖然としている。そして、そのまま後ずさりし、眠っているハンチング帽に足を引っ掛けて転んだ。その拍子に拳銃の引き金を引いてしまった。車内に響く銃声。銃弾は僕と先輩の間を通り抜けて窓を突き破った。

 流れ弾にご注意下さい。

 ビーン氏は壁に頭を思いっきりぶつけてしまい、そのまま気絶した。

 一応改めてビーン氏には『子守歌』をかけておく。

「あのー、憲兵ジャン=ダルムリーさん、終わりましたか?」

 車掌が恐る恐る顔を出した。

「ええ、終わり『後は爆弾処理ね』……」

 先輩、余計なことを言わないで下さい。


 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る