#2 Rails lasting
Ⅰ
「おはようございます」
朝、普段通りの時間に僕は本部に入る。
「おう、おはよう」
挨拶を返してくれたのは隊長。こちらも普段通り。
「うぉあああ……」
「なんですか先輩。なんなんですか。野獣ですかそうですか」
最早野獣としか思えない挨拶は先輩のものだった。野獣とまともに会話を交わせるほど僕は暇人じゃない。
というよりもいいのか侯爵令嬢がこんなで。
「誰が野獣なのよ。誰がぁ!」
ムキになって叫ぶ先輩の顔が赤い。滑舌も悪いような気がする。
あー、分かった。先輩はきっと二日酔いなのだろう。酔っ払っているからこんなにも野獣的な対応をするのだろう。はー、なるほど。
吠えるだけ吠えてから、先輩はすぐに机に突っ伏した。まじ? 寝てるの?
いいのか侯爵令嬢がこんなで。本当に。
「おいジャンヌ、そんなんじゃあこっちも困る。水でも飲んで酔いを覚ましてこい」
隊長が呆れたように言う。それでも先輩は机に突っ伏したままだ。
「はぁ……」
隊長は今度こそ本当に呆れたようだ。頭を抱えて机に突っ伏した。この人も寝てる……のではなくもう耐えきれないのか。隊長って本当に大変な仕事だと感じる。酔っ払いの相手もしないといけないから……
普通の『隊長』は酔っ払いの相手なんてしないか。普通は。
というよりも、3人中2人すでにダウンしているではないか。ひょっとしてまだ無事なのって僕だけ? 僕だけか……ヤバイな。
そろそろ僕が動かないと不味いだろうか。
このままではクラーナ区憲兵隊が壊滅して、仕事が出来なくなる。あと普通に不名誉な話だ。二日酔いとストレスで部隊壊滅って情け無さすぎる。ことあるごとに僕ら国防大学魔法科を見下してきた同期で、今第3戦車連隊で注目の若手として陸軍内でチヤホヤされているルイに知られようものならもう僕は自殺するしか後がない。4割ほど私怨が混ざっているが。
自殺に追い込まれる危機に瀕した僕は立ち上がってミニキッチンへと行き、先輩のマグカップに水を入れて先輩の机に置いてあげる。
「先輩、お水です。早く飲んで酔いを覚ましてください」
「ありがとうぉぉぉ」
先輩は顔を上げずに返事をした。
いや、水飲んで酔いを覚ませよ。
大丈夫かこれ? 貴族としても?
僕は若干先輩の貴族としての何かがまだあるのかを疑いつつ自分の机に戻ろうとした。
僕がチェアーに座ろうとすると、隊長が小さく手招きをする。
一体なんなんだろう?
「シャルルさぁ、ジャンヌ甘やかしすぎてないか?」
隊長は小声で訊いてくる。珍しいことだ。
しかもデジャヴまである。
「そうですか? 僕はこの位普通だと思いますけど。ていうかこれをこのまま放って置くわけにもいかないでしょう?」
至極全うな理由だと思う。僕が困るのだ。
「そうかぁ? 酔いくらい自分で覚ましてもらわない困ると思うのだが。まぁ、あんまり甘やかしすぎるな? ああ見えてあいつ結構他人に依存する傾向あるから」
どうやら隊長は違うことを心配しているようだ。
「はぁ、分かりました」
僕も小声で答えて、返事をする。
まぁ先輩の依存傾向は知っていたけど、ていうかあの4姉妹全員共依存関係にあったのを知ってるけど。
そして依存傾向なら僕も大概人のこと言えないけどなぁ……すまぬ我が妹よ。
1日2通づつ僕が手紙を送って、律儀に1日2通づつ返信をしてくれていたら切手の使いすぎで怒られたのは流石にお兄ちゃんが悪かった。
「うぅぅぅ……」
ところで先輩は唸りながら水を飲み、マグカップを片付けに立っていた。
しばらくして戻ってくると、
「おはようございます」
普段通りの先輩に戻っていた。
水一杯で覚めるのかよ。だったら最初から自分で飲んで欲しかった。心配したのに。
「おはようございます、先輩」
僕は挨拶を返す。
「おはよう、ジャンヌ。しっかりと反省するように」
隊長は隊長らしく、怒ったりせずにそれとなく注意する。
先輩は注意されたときにさっきの醜態を思い出したのか、少し顔を赤くして席に戻った。
「ありがとう、シャル君」
「……どうかしましたか?」
「いや?何でもない」
全員、といっても3人しかいないが、とにかく集まったところで(酔っ払いはカウントされない)、朝礼が始まる。
「今日の朝礼は一言に尽きる。諸君、おめでとう。君達に国防大学での配属希望ガイダンスの仕事が来た」
は?
「ガイダンスは諸君知っていると思うし、シャルルはこの間受けた……といってももうすぐ1年になるが、この国防大学でのガイダンスは有望株の引き抜きの為にもの凄い重要だ。実施予定は再来週の金曜日。しっかりと気を引き締めて、来年も優秀な魔法科学生を手に入れられるようクラーナ区憲兵隊総力を挙げて準備しよう。以上」
えーと……何で?
国防大学にはいくつかのコースがある。
1番人数が多いのが『
因みに僕は『情報科専攻』だった。
理由は『無属性だから』だった。
あと最後に『
そして最終学年になると自分の配属希望を出さなくてはならない。最も教務科の選考があるので希望通りには必ずしもいかないが、概ね尊重される。
その配属希望を出すためのガイダンスが各科ごとに今度行われ、
ガイダンス自体はまず全体の前でステージでプレゼンをした後に事前に希望した個別ブースで説明会が第3希望までという流れだ。だが延々と担当の先輩が話すのを聞き続けるのはなかなか苦痛だ。聞いているだけで苦痛なのだから、話す側はもっとしんどいだろう。ガイダンスを受けたときには絶対に話す側にはなるまいと思ったものだ。ちょうど1年前の話だが。
え? 少ないだろって? そうかあ?
一応、
ましてや僕らの担当は
はぁ……プレッシャーが凄い。
頭を痛い。
「プレッシャーに押されてため息をついているシャルルに朗報だ」
あ、バレてました? 僕は重い上に痛い頭を上げる。
「今年から全体でのステージ上のプレゼンがなくなった。今年からは個別ブースでの説明だけになる」
「あ、そうなんですか?」
「そうそう、希望出した後に全体で話聞かせても意味ないのでは? っていう結論に至って、教官が希望を出す前に全部の兵科について一通り話すことになった」
教官はただでさえ忙しいのに……何というか、ご愁傷様です。
ていうか、じゃあ去年までのは何だったんだ?
「そういう訳で君の心配は無くなったから、頑張ってくれ」
隊長はとびきり快活な笑顔で僕に言う。
「はぁ、分かりました」
あー、言ってしまったよ。分かりましたって言っちゃったよ、快活な笑顔すぎてついつい! 言ってしまったからにはもう逃げられないじゃん!
「うむ。じゃあ早速今日から準備に取り掛かってくれ」
隊長は満足そうにうなずいた。
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