第36話 宝明の魔術師

「シッ!」


「え……なにこれ、どういうこと……?」


 球技大会開催の発表があってから数日後のとある放課後。


 私は赤点の関係でいつもより少し遅れて体育館に来たんだけど、バレーの練習する部員の中に一人異彩を放つ子がいた。


「来てっ!」

「はいっ!」


「ハッ!」

「ナイスキー!」


「び、Bクイック……?」

「今のトスとても良かった、お陰でブロックが出来る前に打てたわ」


石榮いしえ先輩ありがとうございます! 光栄です!」

「その調子でね、さあもう一本行くわよ!」


 というか……異彩を放っていると言うか、どう考えてもせおりんだよね。


 さっきからもの凄い勢いでスパイクをバシバシ打ち込んでるんだけど……いや違う違う、そうじゃなくてせおりんは確か帰宅部だった記憶なんですけど?


「お、夏目、もう大丈夫そうか?」

「あ、ぶ、部長……すいません少し遅くなってしまって」


「気にするな。そしたら準備運動を終えたら早速練習に入ってくれ」

「は、はい……分かりました――あのところで部長……?」


「ん? どうした?」

「つかぬことをお伺いしますが……あそこにいらっしゃいますのは――」


石榮雪織いしえせおりだろう? お前の友達じゃないのか?」

「え――ええ……まあ、その……そうなんですけども……」


 いやそんな話をしている訳じゃなくて、どう考えてもせおりんがバレー部にいるなんておかしいのに……あれ? もしかしておかしいのって私?


「……それにしてもあの打点の高さは惚れ惚れするな。恥ずかしい限りではあるがあの跳躍力は我らがバレーボール部には存在しない才能だ」

「え? あ……ほ、本当ですね……」


 私達バレー部はそこまで身長が高い子がいないというのはあるけど、それでもせおりんより背の高い女の子は何人か揃っている。


 なのにせおりんはさっきからそんな部員達のブロックの上からスパイクを叩き込むなんて……身体能力で済ませられる次元じゃないよ……。


「ハァッ!!」

「くっ!」


「なんてことだ……! 彼女、エアフェイクまで軽々と……ここまでの逸材、宝明高バレーボール部始まって以来じゃないのか!?」

「せおりんが蝶のように舞ってる……」


「夏目! どうして今まで石榮雪織いしえせおりのことを黙っていたんだ!」

「へっ!? そ、そう言われましても……」


 確かにせおりんがスポーツが得意なのは体育の授業で知っていたし、何ならバレーの授業でも平均以上の実力があるのは知っていましたよ?


 せおりんがバレーボール部だったら良かったのになぁと思ったこともあるけど……でもここまで上手いとか知らないから!


 何なら今すぐスタメン起用されてもおかしくない実力だし……というか後輩達皆いつもより目輝いてない?


「ああっ! 石榮いしえ先輩ごめんなさい!」

「あら、全然気にしなくていいのよ。それよりもさっきのレシーブとても素晴らしかったわ、あの意識があればきっと次は取れる筈よ」


「は……きょ、恐縮です! 感謝痛み入ります! 先輩!」

「さ、次は頑張りましょうね」


「はいっ!!」


 ええ……? いつもはそんなこと言わないじゃん……前レシーブミスした時私には『めんごめんごー☆』とか言ってたよね?


 何がどうなったらこんな……――でも普通に考えたらいくら上手くてもあそこまで後輩や同級生が従順になるものかな……?


 もしかして身近にいたからこそ分からなかったのかもだけど……せおりんって実はかなりの有名人で、しかも女子人気高い?


「ふっ!」

「ナイスキー!」


「せいっ!」

「ナイスシャット!」


「チェストオオオオオオッッッ!」

「キャー!! 石榮いしえせんぱーい!」


 その後もせおりんは謎の奇声と共にバシバシスパイクを決め続ける。


 無論ディフェンス面でも完璧な対応を繰り返し、果てはサービスエースを決めだした頃には相手側から黄色い声援が飛ぶ始末だった。


「よーし! そろそろサブ組と交代だ! スタメン組は一旦休憩!」

「えっ? せおりんスタメンなの……?」


 そんな状況に不利に振り回されていている内に、あっという間にスタメン組の練習は終わってしまう。


「な、なんてこったい……」


「はあ……はあ……部長……ありがとうございました」

「いや、こちらこそ素晴らしいプレーの数々、楽しませて貰ったよ。東洋の――いや宝明の魔術師ここにアリとでも言うべきかな」


「滅相もありません。まだまだこれからですから」

「ふむ……大いなる才能に驕ることのない素晴らしい向上心――どうだね? 是非我がバレーボール部に入ってはくれないだろうか」


「有り難いお言葉ですが――最初に申し上げた通りで……」

「……そうか。だが気が向いたらいつでも入部してくれて構わないからね、部員達もさぞ喜んでくれることだろう」


「分かりました、ありがとうございます」

「あ、あの……せ、せおりん……?」


 最早助っ人外国人並の待遇を受けているせおりんに気後れしつつも、私はなんとか声をかけると、部長と会話をしていたせおりんはやっと私の方を向く。


「あらゆかっち、御機嫌よう」

「ご、ゴキ……?」


「む? ああそうだった夏目、せっかくだから彼女と練習をしてはどうだ?」

「えっ、わ、私が……ですか……?」


「夏目も見ただろう? 彼女の類稀な才能を、宝明高バレーボール部指折りの実力者として是非とも手合わせをしたいとは思わないのか?」

「え、ええと……それは……」


 勿論上手い人と模擬戦をするのは良い練習になるし、やりたい気持ちは無くはないんだけど……なんかせおりんの背中からスポ根の炎が見えるのが……。


 でも部長って定型的な熱血指導者タイプだから拒否なんてしようものなら絶対に怒られるし……ヤバイよ、もう逃げ場なんて皆無じゃん……。


「せ、せおりんが構わないのなら……」


 私はそう言いながら恐る恐るせおりんの方へ視線を送る。すると例え幻影だとしても何故かくっきりと見える赤い炎をバックに、彼女はニッコリと微笑む。


 ――そして続けざまにこう言うのであった。


「ゆかっち、是非お相手をして貰えるかしら」

「は、はひ……よ……宜しくお願い……し、します……」


 最早四面楚歌以外に口にすべき言葉はなし。



 わ、私どうなっちゃうの……?

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