第22話 夏目由香の天使と悪魔

「え! せおりん今日お休みなの?」


 週末が目前に迫り、テスト前の最後の金曜日にして、梅雨の季節となった頃。


『あれ? ゆかっち聞いてないんだ。なんか風邪らしいよ? 石榮いしえさんって健康管理とかしっかりしてそうなのにちょっとビックリだよね』

「う、うん……最近気温が急に上がったし体調崩しちゃったのかな」


 テストは来週の水曜日からだから、今日ならまだタイミング的に良かった気もするけど――ちょっと心配だなぁ……。


 最近季松すえまつくんに振り向いて貰おうと頑張ってた様子だったし……私もけしかけちゃったりしてたから、もしかしたら負担になっていたのかも……。


 そう考えると凄く申し訳ない気持ちになってくる。せおりんを応援したい反面、そんな恋模様を知りたくて楽しんじゃっていた私もいたし……。


「悪いことしちゃったな……」


 少しブルーな気分にながら、ちらりと季松すえまつくんの方に目線を送る。


 ……顔を見ただけじゃ彼も心配しているかどうかは分からない――けど、隣りにいると伊藤くんと何やら真剣に会話をしているようだった。


 そういえば……勉強を教えて貰うって話は結局どうなったんだろう。


 せおりんが私にも勉強教えるなんて嘘の方便を使ってまで季松すえまつくんと一緒に勉強したかった気持ちは汲んであげるべきと思って何も言わなかったけど……進展はあったのかな?


「う、うむむ……」


 ま、まずい……またしても私の中の恋バナ聞きたい欲がふつふつと……。


 で、でも……やっぱりそれは……と自分の中で葛藤していると――突如として頭の中に天使と悪魔が召喚され、何やら私に囁き始めた。


 天使曰く『雪織せおりさんがいない間に季松すえまつくんから進展を聞こうなんて絶対に駄目です! 私達はあくまで彼らの行く末を側で見守るのみ、根掘り葉掘り聞き出して後で彼女がショックを受けてしまったらどうするんですか!』


 悪魔曰く『いや、考えてもみなさい。学校にせおりんがいないなんて機会もう二度と無いかもしれないわよ? 聞いてしまいなさいよ、お前が知らない間にあんなことやこんなことをしてるかもしれないのよ? 訊いてニヤニヤしてまいましょ?』


「あ、あんなこと……? こんなことって……?」


『勿論二人で手を繋いで帰るのは序ノ口として、勉強をするってことは家なのは間違いない、つまり実質個室みたいなものよ? 加えてせおりんは美人な女なのだから、身体を寄せ合って気持ちが昂ぶれば――チューどころじゃ済まない可能性も――』


「そ、そんな所まで……!? 訊いてみたい……是非ともそれで興奮したい……!」


『由香さん! 気をしっかりして下さい! 欲望に負けては駄目です! それは無事彼らがカップルになった時に訊けばいい話じゃないですか!』


「はっ……そ、そうだよね……私ったらまたいけない癖が……」


『ナマ言ってるんじゃないわよ。カップルになればそれこそ秘匿にされるわ、いい夏目? お前が誰かと付き合った時に逢瀬を、肉体的逢瀬を人に伝えたりする?』


「に、肉体的までは流石に……」


『でしょう? つまり万が一この二人の関係性が進展していた場合、進展すればする程何も教えて貰えなくなる。二人はどんどん愛を育んでいるのにお前は何も知る由もない、耐えられるの?』


「そ、それは非常によくない……! 分かっているのに知る術のない恋バナなんてドラマだったら駄作確定だよ!」


『ゆ、由香さん! 騙されてはいけません! 大事なのは信頼関係です! きっと雪織せおりさんならいつか必ず教えてくれる筈です! それまでは――』

『馬鹿じゃないかしら? それが石榮いしえの知る所になったとして、何の問題があるの? 寧ろ相談相手として頼ってくれるかもしれないじゃない』


『それはそうかもしれませんが……、ですが確定ではない以上は危険です!』

『詭弁ばかり言って……天使お前も本当は知りたいんでしょ?』


『な、何を言って……』

石榮いしえ季松すえまつの恋物語を、よ』


『う……も、勿論知りたいに決まっているじゃないですか! 何なら胸を打たれるだけ打たれてそれでだけでお腹が一杯になりたいくらいですよ!』

『ならもう訊いてしまいましょう。訊いて損する人はここにはいないのだから』


『そ、そういう訳には……って、あ、あれ? 由香さんは?』

『あら? どうやらあの子、季松すえまつの所に行ったようねえ』


『ああ……! な、なんてこと……!』


       ◯


 伊藤がトイレに行った所でふと視線を前に向けると、そこにはいつの間にか夏目さんが神妙な面持ちで立っていたものだから思わず声を上げてしまう。


「うおっ! び、ビックリした……ど、どうしたんだ夏目さん」

「えっ! えっと、いや……そ、そのね……」


 何だか言い淀む……というよりは迷っているような感じがある。とはいえ無理に聞き返そうとはせずに待っていると、恐る恐る彼女は口を開いた。


「あ、あのさ、せおり――石榮いしえさんのことなんだど」

「? ああ……何か風邪でお休み、らしいな」


「そ、そうそう。季松すえまつくんは何か聞いてたりしない?」

「え? お、俺が? な、何で?」


 思わずドキッとしてしまったが、逆にそれがワザとらしさのない返事になる。


 いや待て待て……別に慌てる必要なんか無いだろ……普通に勉強をしただけの話なんだし、それにそのことは彼女も知っている筈なのだから――


「ほ、ほら……勉強会、してるんでしょ? それで何というかこう……連絡とか取り合ってるなら知っているんじゃないかと思って……」

「あ、ああ……そうか、それ以外ないよな」


 石榮いしえさんに勉強を教えて貰うなど、男であれば大層な大事件である訳だが、どうやら夏目さんのような女の子でも大きな事柄ではあるのか、小声で俺に伝えてくる。


 そういうことなら……と思ったが、よくよく考えたら石榮いしえさんの連絡先知らなかった……まあ、それ以前に連絡先など伊藤と親族くらいのもんなのだが。


「うーん……悪い、流石に夏目さんで知らないことは俺にもちょっと」

「あ……そ、そうだよね! わ、私の方こそ何かごめんね……」


 期待に添えないこそあれ、特に変なことを言ったつもりは無かったんだが、夏目さんは少し落ち込んだような表情になってしまう。


 しかしそれだけ心配なのだろう。特に夏目さんは石榮いしえさんとはとても仲が良い、にも関わらず状況が分からないとなれば不安になっても致し方ない。


 それに俺も昨日の今日だしな……あの勉強会が原因で風邪を引いてしまったのであれば、当然罪悪感はあるし、申し訳ない気持ちにはなる。


 気の利いた言葉でも言えればな……と考え込んでいると――落ち込んでいた夏目さんがいつの間にか意を決した表情で、俺の方を向いているではないか。


「えっ、な、何……?」

「あ、あのね! 季松すえまつくん!」


「は、はいっ」


 そして語気を強めた口調で話す彼女は――まるで告白するんじゃないかという勢いで顔をぐいっと寄せてきてこう言うのであった。



「わ、私と一緒に――――せおりんのお見舞いに行かない?」

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