第15話 石榮さんがんばる

「…………どう思う? 伊藤よ」

「どう……って言われてもな……」


 伊藤もこれには予想外だったのか、うーんと唸った声をあげる。


 だが俺もこれに関してはどうすればいいのか全くわからない、だからこそこうして伊藤に相談をしているのである。


 というのも昨日の調理実習の際、俺は不注意で怪我をしてしまったのだが、石榮いしえさんに保健室へ連れて行かれた際にこう言われたのである。


『良かったら私と1日の報告会をしませんか?』と。


 ……申し訳ないが、何がなんだかさっぱり分からない。報告会ってどういう意味だ……?


「つうか、お前は夏目さんとうまく行ったのかよ、クソ野郎め」

「は? 何だよ藪から棒に、んなもん俺にあるとでも思ったのか?」


「……? そりゃ無いとは思いたいが、デートの約束ぐらいはしたんだろ」

「阿呆か? ねえよんなもん。普通に食材を炒めて盛り付けしただけだ」


「それでも会話ぐらいはしただろ? その時こう……あるだろ?」


 終わりよければ全て良しと言いたいが、その過程で俺はお前のせいで散々な目にあったのだ、文句の一つや二つ言わなきゃれば割に合わない。


 しかし伊藤は『何いってんだこいつ』と言わんばかりの声でこう続ける。


「しつけーな。会話ぐらいはしたが他愛もない世間話だよ、寧ろ夏目さんはお前が保健室に行く前も後もずっと石榮いしえさんを気にしたし、俺なんざ気にもしてなかったっての」

「なに……? なら連絡先すら交換していないのか?」


「だからねえって、俺に興味なんて微塵も持ってねえよ――おっ」


 伊藤は心底どうでも良さげに答えると、お目当てのピックアップガチャのキャラが手に入ったようで、そのキャラをご満悦そうに見つめる。


 おかしいな……てっきりあれは夏目さんが伊藤を狙っての行動だと思っていたのに……それなら何で彼女は秋ヶ島先輩の所に行ったんだ……?


「――にしても、そんなことがあったとはなぁ、石榮いしえさんが怪我したお前を保健室に連れて行ったのは驚いたが、別々に戻ってきたからあくまで善意によるものかと」

「それは……、その提案に了承したら、彼女が逃げ出してしまって――」


 そう、俺は結果的に謎の報告会とやらに、動揺しながらも参加することを了承したのである。


 しかしその瞬間彼女は「にゃあああああああああ!!!」と雄叫びを上げて逃走、後を追って家庭科室に戻るも、彼女は夏目さんにばかり話し掛け、結局真意は聞けずじまいで今に至る。


 お陰でゴーヤーチャンプルーもムニエルも全く味が分からなかったが。


「しかし、意図は不明だが思いの外好転してるんじゃないのか?」

「やはり伊藤もそう思うか……」


「ただ……なら今までの睨みは何だったんだって話にはなるが」

「……それなんだよなぁ」


 これが報告会という謎の提案だけであるなら、呼び出され埋め立てられるくらいの勘繰りは出来るのだが、それだと腑に落ちない点があまりに多い。


 だからこそ、その報告会とやらが始まる前に裏を取れればと思ったのだが……。


「つうかお前、結局秋ヶ島先輩の所に『依頼』を受けに行ったんだっけか。正直提案しておきながら少し心配ではあったんだが」

「ん? ああ……あれはそんな恐ろしいもんではなかったよ」


「まあ、ピンピンしてるしなお前、実際どんな感じだったんだ?」

「是非教えてやりたいが……――依頼の内容は言えなくてな」


「あー……そういやそうだったな。だが石榮いしえさんに関しては何かしらの情報は得られたんじゃなかったのか?」


『依頼』の内容に関しては念書を書かされているのでまず説明出来ない。というか多分秋ヶ島先輩ならどれだけ内密にしていても筒抜けだろう……。


 とはいえ、何を教えて貰ったのかに関しては別に喋っても構わなかった筈なので、俺は秋ヶ島先輩に言われた言葉をそのまま口にした。


「『特に異常はなし、経過観察』だってよ」

「……何だそりゃ?」


「さあな……俺にもさっぱり分からん。でも実際石榮いしえさんが俺を嫌っている訳ではないのは本人の口から聞いたことだし、間違いではないかもしれない」

「謎は残るが秋ヶ島先輩の噂は事実と……、それに報告会――いや、待てよ……?」


「? どうした伊藤?」


 いつもは考えているようで考えていないような、そんな声色で喋る伊藤が珍しく真剣に考え出したので、俺は前のめりで続きを期待する――


「……――ん? なんだこれ」


 のだが、ふと何かが足元に落ちてきたので視線を下に落とすと、そこには低空飛行をして床に墜落したと思しき紙飛行機が転がっていた。


 意味がわからず訝しげに飛んできた方向へと目線を送る――すると廊下からふわりと、黒く艷やかな長い髪が一瞬だけ垣間見える。


 ……成る程、どうやら付いて来いということらしい。


「……石榮いしえさんから第一回報告会のお呼び出しだ、ちょっと行ってくる」

「え、マジか? 昼休みあと30分だぞ?」


「でも行かない訳にはいかないだろ、約束したことなんだしさ」

「そりゃそうだが……なんつーか、お前って意外と向こう見ずな所あるよな」


「は? どういう意味だよそれ」

「んー……いや、まあ良い意味でだよ」


「何だそりゃ」


       ◯


 石榮いしえさんの五歩後ろを歩く距離感を保ちつつ、彼女の後をついていくと、はたと足を止めたのは見覚えのある場所だった。


「あれ……ここって……」


 それは秋ヶ島先輩の依頼を遂行する上で使用された倉庫代わりの準備室。


 勿論その事は石榮いしえさんと夏目さんだけが知っていることであり、俺は関与していない体だが――鍵は掛かっていないのか、彼女はそのまま扉を開け入るので、俺も後に続く。


 当然ながら中は何一つ代わり映えしていない――それにしても何故石榮いしえさんはこの場所を選んだんだ……?


季松すえまつくん、座って頂戴」


 どうにも不安を拭えないが、石榮いしえさんに着席を促されたので俺はパイプ椅子に腰掛け、それを確認した彼女もゆっくりと椅子に座った。


「…………」

「…………」


 そしていつものように沈黙が流れる中、石榮いしえさんは何か思案した様子ですぐに話し出そうとはせず、寧ろ少し緊張しているような表情を伺わせる。


 ――しかしややあって、石榮いしえさんは何か思いついたのか、くっと顔を上げ真剣な眼差しを俺に向けてきた。


「……それでは本日の報告会を始めたいと思います」

「お、お願い……します?」


 やけに形式張った言葉に、妙な緊張感が走る。


 だが、これは俺にとっても親睦を深める貴重な機会……上手く行けば今後睨まれずに済むチャンスでもあると、俺は密かに準備しておいた会話のカードを頭の中で並べる。


 一体、どんな報告会が始まるというのか……そんな異様な雰囲気に負けてなるものかと意気込んでいると――神妙な表情を浮かべた石榮いしえさんが口を開いた。


「ええと……それではまず、自己紹介から」

「……へ?」


「えっ!? な、何か私変な事言ったかしら……?」

「い、いや……順序として正しいと思うけども……」


「そ、そうよね……よ、良かった……」


 安堵の表情でホっと息を吐く石榮いしえさんに、俺は首を傾げてしまいそうになる。


 何故なら……俺の抱く彼女の印象といえば、美人を鼻にかけず、人と話をする時は常に気品を漂わせ、優雅さを決して失わない、その上高度な対人スキルを有しているだからだ。


 恐らくクラスメイトに質問すれば、誰もがそう答えるだろう。


 だが――この報告会を通して、一つはっきりしたことがある。



 お見合いの如き導入をする辺り、どうやら彼女はまあまあの天然らしい。

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