彼女を想うということ

単語を繋ぎ合わせて、何とか意味ある言葉が紡げるようになった頃、彼女が急に私に「大好き」と何度も言うようになったのです。


最初はただ、習った言葉を忘れないように復唱しているだけだとばかり思っていて。


一生懸命な彼女が微笑ましくて、私はただ笑って首肯くだけでした。


そのうち会話を交わす事も重要だと考えた私は、彼女に「ありがとう、私もアカリが大好きですよ」と答えるようになり……それを聞く彼女はなぜかいつも不満気で、ちょっと唇を尖がらせる仕草も愛らしかったのを覚えています。



親愛の情を惜しげなく伝える、そんな世界から来たのだろうかと思った事もありましたが、私以外の方にそんな事を言っているようでもありません。


不思議に思いながらも日に数回そんなやりとりを行う、そんな日々がどれくらい続いたでしょうか。


随分とこちらの言葉にも慣れて、冗談が言える程に上達した頃合いでした。いつものように「ありがとう、私もアカリが大好きですよ」と答えた私に、アカリは突然こう言ったのです。



「あたしが言ってる大好きは、恋で愛の『大好き』ですから! これからはそうなんだと思って聞いてくださいね」


「……!」



私は思わず固まりました。あの時ほど表情が表に出にくい性質を有り難く思った事はありません。


何という事を真顔で、面と向かって、真っ直ぐに目をあわせて言うのでしょうか。


うっかり赤面してしまいそうになりました。



かつてこれ程真正面から想いを伝えられた事はありません。


これまでもこう言った有難いお話をいただく事は多くありましたが、人を介してであったり察してくれと言うそぶりであったり、もう少しやんわりとしたものでした。


ですから私もやんわりとお断りしていたのです。



物心つく前から祈りの力を認められた私は早々に教会に引き取られ、厳しい戒律と博愛の教えを受けて育ってきました。


特に恋愛や結婚を咎められる教えではありませんが、祈りの力は困窮の民を救うために用いるのが最も尊いと教えられ、女神を尊び困窮の民を広く救う事を生き甲斐としている私には、たった一人を強く想う気持ちが育っていなかったからです。


それがこの先急に変わるとも思えず、後になって悲しい思いをさせぬよう、すべからくお断りしていたのでした。



アカリに関しても、私が召喚した聖女として生涯お仕えするつもりでおりますが、恋や愛という概念ではないでしょう。


アカリにも正直にそう話しました。



「ですよね、分かってます。でもそんな神官長様が大好きです」



にっこり笑ってそう言ったアカリは、その先ずっと、魔を払う旅が終わるまで終始その態度を崩しませんでした。



人の気持ちは移ろいやすいものです。



最初は言葉も分からぬ世界に来て、最も近くに常に居た私に親愛の情をもっているだけだろうと思っていましたし、旅の中で多くの方と触れ合う内に気持ちが変わるだろうとふんでいたのです。



しかし。



気持ちが変わっていったのは、むしろ私の方でした。


あまりにも真っ直ぐであけすけな熱のある視線に。屈託無くもたらされる愛の言葉に。他の数多の方になされる純粋な親切心に。


次第に私は彼女に強く惹かれるようになっていました。

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