大好きです、さようなら

やがて頭上から、暖かな光が降り注ぐ。


そのあまりの暖かさと眩さに誰しもが思わず空に目を向け、そして言葉を失った。


天を覆うほど大きく、女神エリュンヒルダ様のお姿が現れたからだ。水鏡のようにゆらゆらと揺れるけれど、それくらいで女神様の輝くような美しさは損なわれるレベルじゃない。



「魔と勇敢に対峙した英雄を言祝ぎ、長い辛苦の時期を耐え忍んだ全ての人を労うために、女神エリュンヒルダ様自らがお姿を現して下さったのです」



あたしの言葉に、どよめきが波のように起こる。あまりにも想定外の事が起こると、人はどうやらむしろ静かになってしまうらしい。さっきまでの熱狂とは打って変わって、眼下はやがて静寂に包まれた。



「なんと美しい……」


「女神様が降臨されるなど、王国の長い歴史でも初めての事だ……!」


「アカリ、あなたってなんて素晴らしいの!」



バルコニーにいる王家の人達でさえ驚きを隠せないけれど、眼下では雷にうたれたように立ち尽くす人、感極まって涙する人、もはや地にひれ伏している人達までいる。



「なんという、奇跡だ……」



神官長様も祈りの姿勢を形どったまま、魅入られたように女神エリュンヒルダ様を見つめていた。



こんなにも一途に女神様を信仰している神官長様でさえ女神様の姿はおろか声すら聴いた事がないと仰っていた。


魔に囚われた魔物を倒すのは聖騎士と魔道士である王女との役目、そしてを生み出す瘴気の源をその祈りの力で全て浄化したのは他でもない神官長様だ。


あたしは女神様のお言葉を聞いて、みんなを導いただけ。


いつも倒れるまで祈りを捧げ、誰よりも体を酷使して魔を祓ってきた神官長様に、一目だけでも女神様の麗しいお姿を見せてあげたかった。


それに、この世界が魔に囚われるのを心配して、ずっとずっと旅を見守り道を指し示し、導いてきてくれたのは女神様なんだもの。女神様を直にその目で見た時、人々の女神様への信仰心は揺るぎない物になるだろう。


目に見える奇跡って、とても大切だと思うの。



さあ、女神様のお姿が見えているうちに、最後のお言葉を伝えなくては。



「もはや魔の脅威は去った。清浄となった土地に、海に、豊かな実りを!」



静まり返っていた民衆から、再び熱狂の歓声があがる。



「世界を救った英雄達に感謝を!」



大切な旅の仲間、ユーリーンとコールマンに「幸せに」と小さく告げてハグをする。


神官長様には、さすがに大好き過ぎてそんな不埒なマネはできない。手をとったのが精一杯、「……大好きです」結局いつも通りの事しか言えないまま、あたしは手の中の帰還の小石を落とした。



「さようなら」


「アカリ?」



怪訝そうな表情を浮かべた神官長様の麗しい顔をもう一度だけ見つめて、あたしは最後の言葉を全力で叫んだ。



「世界を救った英雄とこの美しい世界に、女神エリュンヒルダ様の祝福を!」



足元で小石が割れる音が聞こえて、視界が歪んだ。



「さようなら、みんな、幸せに!」


「アカリ! まさか……!」



神官長様が手を伸ばしてくれたのが嬉しかった。


女神様の御降臨より驚愕に満ちた顔してたのには驚いたけど、この一日でたくさんの表情が見れたのが凄く嬉しくて、あたしはこのレトロ感漂うカフェに帰ってきてからも、暫く放心していたのだった。

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