第二五階 不遇ソーサラー、泣きそうになる


「……」


 棺を包んでいた聖なる光が徐々に剥がれ落ち、まさに神による審判の刻が間近に迫ろうとしていた。リザレクション8は一日一回が限度。さらにこれを使える人自体を探すほうが極めて難しいということで、ここで彼女が目覚めなければもう永遠にお別れしなければならないということだ。


 頼む、エリナ……俺を置いていかないでくれ……。気付けば俺は彼女の手を取り祈っていた。ん……温かいだと……? まさか――


「――ぅ……」


 微かな呻き声とともにエリナが瞼をこじ開けるのがはっきりと確認できた。成功だ、蘇生に成功したんだ……。


「マイザーさん。願いが、通じましたな……」

「「「やったあ!」」」


 微笑む神父に見守られながら、俺は教会兵たちと手をつないで喜び合っていた。俺だけじゃない。ここにいる人たちの純粋な思いが届いた結果なんだ。


 ……お、彼女が上体をゆっくりと起こしてこっちを向いた。久々の再会ってやつだ。俺が死んだはずの兄の姿ってことで夢だと思うだろうか。それとも【転生】によるものだと気付くだろうか?


「……エリナ、よかった……」


 もうどっちでもいいと思い、我慢できずに彼女の細い体をそっと抱きしめる。


「もう、どこにも行かないから――」

「――あ、あなた、誰ですか……?」

「……え?」


 俺は一瞬、エリナが何を言ってるのかわからなかった。


「お、おいっ! マイザーとやら、兄のはずじゃなかったのか!? やっぱりお前は偽者じゃないか!」

「こいつ、我々を騙したな! つまみ出せっ!」

「ち、違う、俺は本当にエリナの兄なんだ!」

「「黙れ!」」

「くっ……」


 色めき立った教会兵たちに俺は両腕を掴まれてしまうが、エリナはなんらそのことを気に掛ける様子もなかった。一体どういうことなんだこれは……。


「これこれ、待ちなさい。お静かに」

「「「神父様?」」」


 神父が自身の唇に人差し指を当てたあと、エリナのほうを向いた。


「エリナさん、あなたは自分のことがわかりますか……?」

「……え……わからない、です……」

「……エ、エリナ……?」


 彼女の思わぬ発言に、俺は殴られるような衝撃を受けた。


「残念ですが、ご覧の通りエリナさんは記憶喪失でしょう。こればかりは仕方ありません」


 そうだ……そうだった。エリナが復活したことで舞い上がってたせいか、肝心なことが頭から抜け落ちていた。リザレクション8以上になると記憶喪失になるリスクが大きいんだった。さすがに奇跡は二度も続かなかったか……。


「マイザーさん、暗い顔をしていたら幸せは訪れませんよ。これからできるだけ彼女の側にいてあげることです。これから辛いこともあるでしょうが、耐えることです。そうしたら、いつかあなたのことを思い出すこともあるかもしれません」

「……はい。ありがとうございます……」


 微笑みながら疑うことなくそう言ってくれた神父に対し、俺は感激のあまり涙が零れそうになっていた。そうだよな、いつまでもしけた顔してちゃダメだ。生き返ってくれただけでも感謝しなきゃ。エリナ、帰ってきてくれてありがとう……。




 ◆◆◆




「放してください」

「いや、絶対放さない」

「放してくださいっ!」

「くっ!?」


 嫌がるエリナの手を強引に引いて教会を出たところなんだが、頬を思い切り叩かれた。ほんっと痛くて泣きそうになるだけじゃなく、星が出るかと思うほどだ。


「こ、こいつ……!」

「……っ」


 俺はやり返そうと手を掲げたが、以前にもエリナからそういうことをされたのを思い出してやめた。彼女は打たれると思ったのか目を瞑っていたが、まもなく上目遣いで不思議そうにまばたきを繰り返した。


「……どうして叩き返さないんですか?」

「昔のことを思い出したから」

「……そうなのですね。でも、私にはあなたのことが誰なのかわからなくて、ただただ怖いのですよ」


 俺を見上げるエリナの目が猜疑心に溢れていて、見ていて辛くなる。でも、神父も言ってたからな。辛いこともあるだろうって。これくらい耐えなきゃ……。


「期待はしてないから」

「……はい?」

「無理に思い出そうとしなくてもいいってこと」

「詭弁ですね」

「え……」

「あなたにとってはそれがベストなのでしょうけれど、私にとっては今が全てなのです。もし私が過去を思い出したら、きっと私は私じゃなくなってしまうでしょうね」

「……」


 そうなんだろうか? まあ確かに性格は以前のエリナとはかなり変わってしまってるように思う。記憶が飛んだことで第二の人格が生まれたのか、あるいは元々こういう性格、口調だったのか……。


「とにかく、エリナ。俺はお前の兄さんなんだ。これは変えられない事実。わかるね?」

「……はい。仕方なく私の兄だと思うことにします。なので強引に引っ張らないでください。迷惑です」

「……」


 逃げ出そうとしてたくせに、ほんっと生意気だなあ。でも、少し首を斜め下に傾けながら喋るところとか、話し終わるとすぐ顔を背けようとするところとか、何気ない仕草は俺の知ってるエリナそのものなんだ。忍耐強く付き合っていくしかないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る