第69話 不在


 今朝、ルゥさんは二泊三日とは思えないくらいのデカい旅行鞄(それを買ったのは俺だが)を持って学校へ向かった。学校まで送って行こうか、と言ってみたのだが、恥ずかしいので、と断られてしまった。それはいい。


 それはいいのだが。

 21時を回ったくらいに仕事を終えて帰宅した俺は「ただいまー」と玄関のドアを開けて、狭い三和土たたきで靴を脱ぎ、部屋の電気を点けたところで、猛烈な孤独感に襲われてしまったのだった。


 いつもなら、ルゥさんが「おかえりなサイ、浩一郎さん」と出迎えてくれる。

 それが今日は無い。

 それだけの違いで、こんなにも違うものか。


 愕然とした。


 第一、数か月前まではこの俺だけの状態が普通だったじゃないか……。

 ひとりでいるなんて、のはずだった。

 なんだこりゃ。

 まるっきりママが恋しいガキじゃねえか。


 気付けばルゥさんに甘えていたのは、いつの間にか俺の方だったのだ。

 彼女のためだとあれこれ世話を焼きながら、その実、俺の方こそ彼女に安心感を、安堵を与えられていたのだ。

 

 家に誰かが居てくれる、という安心感を。

 自分はひとりではない、という安堵を。


「そうか」

 と、気付く。

 彼女の存在が、


 誰もいない、いや、ルゥさんのいない部屋は、クッソ狭い1DKなのにひどく広く感じられた。

 

 俺はスーツを脱ぎ、部屋着に着替えると、そのままベッドに倒れこんだ。

 元々ある俺のベッドではなく、ルゥさんのために買った、ルゥさんの使っているベッドに。

 微かに、ルゥさんの匂いがする。

 ……変態かよ。


「早く帰ってこないかな」


 今日出発したのに何を言っているんだか。

 これじゃあどっちが子供かわからんな。

 ゴールデンウイークの時は大丈夫だったのにな。なんでだろうな。

 先日学校に行ったからを思い出してしまったのかもしれない。


「……」


 午前中にルゥさんから届いていたRINEの画像は画面いっぱいの友達と一緒に笑っているルゥさんの笑顔。

 修学旅行に行かせたのは正解だった。

 帰ってくれば土産話を山盛り聞かせてくれることだろう。俺には中学の修学旅行の思い出は無い。その分、ルゥさんの話を沢山聞かせてほしい。


 ただ、あと二日、ルゥさんの不在が俺には随分こたえそうだ。

 なんなんだろうな、この気持ち悪いオッサンは。

 自嘲気味に笑う自分の声が寒々しく部屋に響いた。


 大変申し訳ないと思いながら、その日はルゥさんのベッドで眠った。

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