いつものクリスマス

 





 クリスマスは特別?


 アタシは違うわよ。


 特別な日じゃないわ。






「何もないんだからさ。クリスマスらしいことなんて、ルージーンには」



 扉を持ち上げ、店に入ろうとしたアタシの自慢の耳に、内緒話が飛び込んできた。


 内緒にするつもりあるのかしら?

 この狭い店で、キャロの声をさえぎるものなんて、ないっていうのに。

 もっとも当のキャロの姿はプディのスカートの陰にすっぽり収まって、全然見えないけど。


 アタシのことで何かたくらんでいるのなら、本人……本猫が聞いていても、罪にはならないわよね。

 頭を引っ込め、前足を突っ込んで隙間を作ったままの専用出入り口に、アタシは両耳を向けた。



「プディ、二人でケーキなんか用意して……クリスマス・ティーパーティは、どうかな?」


「うん、それならいいかも。お茶の誘いなら、ルージーンは断らないはずだもの」



 クリスマスパーティの相談ね。

 お節介な二人の筒向けの相談が終わる前に、アタシは、キャロからくりおもちゃ店の前から離れた。


 本当に、お節介だわ。


『クリスマスは特別なんですよ!』


 ……ねぇ。



 特別な日。


 そんなもの、アタシにあったかしらね。


 そう、特別なことなんて。





『人の言葉をしゃべるのは特別なのよ、ルージーン』



 それはアタシがまだ、ネコ語を理解できた頃。



『でも、その街には、しゃべれるお友達が、たくさんいるのよ』


『だから淋しくないぞ。たくさん友達を作るんだ。ネコも人も……すてきだろう?』



 旅立つ時に、聞いた言葉。

 そうね。確かに、めずらしくないわ。しゃべるだけのネコなんて。



 目の前を、二足歩行で駆けて行く、三毛猫。

 アタシに気づくと、帽子をちょいと浮かせて会釈する。小脇に抱えた箱は、今日の特別ってやつなんでしょうよ。


 急ぎ足の三毛を見送り、アタシは路地を悠然と歩く。爪を念入りにそろえた四つの足を、優美に動かして。

 石畳の隙間に凍り付いた雪、その突き刺さるような感触にも慣れてしまった。



 何度目かしら、この街で迎えるクリスマスは?



 街のあちこちに飾り付けがある以外、何ら変わりない、いつもの冬の一日。浮足立っているのは、アタシを除く、他の誰か。


 だって『めずらしいこと』なんてないでしょ?

 一年に一回、必ずめぐって来る『クリスマス』なんて。


 そう、この街には毎日のように、世界中の不思議が集まって来るんだもの。

 アタシみたいなのが、あの日のようにね。





「行くところは決まってるのかい? まだなら、私のお茶の相手をしてくれないかな?」



 カモメに最後のパン耳を投げると、そう言って笑った、深いシワの刻まれた顔。


 港に着いたアタシは、その招待を受けて、この路地に来た。

 まだやわらかそうで香ばしいパン耳をカモメにくれてやる人なら、きっと可愛い子ネコには、すてきなお菓子を用意してくれる。

 って思っただけよ。




 あの日のお茶の時間から、アタシの家は、この路地になった。


 勝手気ままな毎日の暮らし。予定なんて立てたりしない。

 どこへ行くのも、アタシの自由。どこへ行くかも、アタシの自由だから。

 たったひとつの日課は、店に顔を出し、お茶の時間を過ごすことに決めた。



 もう、散歩にも飽きたわ。寒いし。



 角を曲がり、そこにあるゴミ箱を踏み台に、屋根に跳ぶ。

 足跡を残し屋根を越え、薄く積もった雪を払い落しながら、塀の小道をたどって、いつもの帰り道を行く。

 積もった雪に飛び降りると、照り返しに破片が舞った。



 夏の陽射しよりも遥かにまぶしい、白く冷たい裏庭。



 雪をかぶった、すてきな我が家ツリーハウスは、アタシが来た、あの日。作りかけのまま朽ちる運命を待って、茂った葉にすっかり覆われていた。

 隠れ家をもらえるはずだった子が、あの日よりずっと前に、いなくなった時から……。



 あの時だって葉っぱの陰で、三角屋根のてっぺんから見張りをしていた、カモメの水兵は今。

 小さなバルコニーの手すりから、アタシの帰りを迎えていた。


 高所恐怖症ねぇ。

 どおりで店の脚立にも、あまり乗りたがらないはずだわ。


 出掛ける前に付けた足跡をたどって、家へのはしごの一段目に導かれる。自分の足跡に前足を重ねて……アタシはそこで、動きを止めた。




 はしごの隙間から目を凝らしたアタシは、木の下の吹き溜まりに、見覚えのない箱を見付けた。

 朝、家を出た時には気付かなかったけど。雪の中から、ちらりと覗く包み紙には、見覚えがあるわ。


 吹き溜まりの中から、箱を引っ張り出す。爪でテープを剥がし、箱はひとまず、雪の上に滑らせた。

 アタシは真っ白な尾を振って、広げた茶色の包み紙から雪のかけらを払う。


 やっぱりね。包み紙の内側に見慣れた字が踊ってる。





 ありがとう ルージーン!


 カモメを返せてほっとしたけれど、少し寂しく思ってました。

 今度の水兵さんは鳴き声で楽しませてくれてます。

 キャロさんによろしく!


 御礼と言うか、そりで飛んでいた凍えかけのおじさんとトナカイたちを助けたので、ついでに配達を頼みました。

 中身はモチって食べ物です。水に漬けておくと結構、持ち(笑)ます。


 今の主食はコレです。きな粉と海苔も入れときました。

 トマトとチーズでグラタン風もイケます。

 のどに詰まらないように気を付けて!


 P.S メリークリスマス! そして良いお年を!





 相変わらず、節約生活なのね。まあ、飛行船で風任せに移動して、自作の小説を売っているようじゃ当たり前だわ。

 それより……。



 アタシの家はツリーハウスで、もみの木じゃないのよ、サンタ!

 届け物は、ちゃんと声かけてから置いていきなさいよ!



 モチとやらが入った箱を前に、心の中でサンタに怒鳴っていたアタシの耳が、ぴくりと動く。ドアの覗き窓を横目でにらんで、アタシは言った。



「なに突っ立てるの? 暇ならコレ、店に運んでくれないかしら? 家には置く場所ないのよ」



 おずおずと裏口のドアが開いて、キャロが出て来た。

 狭い廊下に、派手なクリスマスカラーに塗られた踏み台。

 アタシが不審な物を見る目で、視線をとどめていたせいかしら。キャロが得意気に説明してくれた。



「あ、コレ! サンタさんが届けてくれたんです。みんなが僕のために作ってくれた、世界にひとつだけの踏み台なんです!」



 小憎らしいほどの満面の笑み。

 あの時の……シワが刻まれた笑顔に匹敵するわね。



「いいから早く頼むわ。アタシ、寒いの苦手だって言ったわよね?」



 箱を抱えたキャロを従えて、アタシはドアに向かう。狭い廊下で、プディが店側のドアを開けて待っていた。


 準備完了しました、って顔して、驚かせる気あるのかしら。

 踏み台に意外と重そうな箱を載せると、キャロが言った。



「お茶にしませんか?」



 もちろんアタシは、その招待を受けたわよ。

 いつも通り。今日という、



 を、祝うためにね。







『いつものクリスマス』 おしまい


 次のお話は『天の使い』です。

 では、また別の日に。







 

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