きせつの本 クリスマス

sorasoudou

クリスマスは特別

1 09時40分

 



 クリスマスは特別。

 その朝を世界中の誰もが待ち焦がれ、

 イブの夜、眠りにつく。


 クリスマスは

 だから特別。

 そんな風に朝を待つ日を、

 僕は他に知らない。






 行きかうひとの手に、きらびやかなプレゼントの包み紙。街のあちこちで輝くのは星や炎みたいにゆらめく光。

 いつもは大通りへと足早に通り抜ける靴音が響くだけの静かな朝の路地裏も、間近に迫る特別な日の輝きを受けて、こんなにも華やいでいる。

 にぎわう路地とそこにいるひとたちを、久々に届いた陽射しが祝福してる。昨日の夜の風が、街を覆っていたぶあつい雪雲を吹き飛ばしてくれたおかげだ。



 僕は、石畳の道を行く街のひとたちの顔を見上げながら、家へと歩いていた。

 みんな楽しげに幸せそうな笑顔を浮かべて、クリスマスの買い物に急ぐ。どのひとも足元を見れば軽やかで、いまにもスキップを始めそうだ。

 愉快で軽快な足取りを邪魔しないように、紙袋をしっかり抱えて僕は家路を急いだ。スキップを巧みに避けながら、道の端を行く。



 僕の方がよける。小さな僕が道を歩く時の常識だ。



 僕の体の半分もある大きな荷物の中身は、ただの日用品。

 プレゼントの品物やクリスマスに向けての必需品で、いつもより大儲けできちゃったりするからなのか、特価セールが毎日のようにどこかで開かれて、僕は買い溜めに街を走り回っている。


 街とかに暮らすみんなはこんなこと、ふつうにやってきたんだろうけど、お金に余裕のあるうちに、しばらくやっていけるだけの用意をしておくようになった。ここにひとりで暮らすようになってから身に着いたことだ。


 うーん。安売りでないと手が出せない特大のピーナツバターの瓶が、あごにあたって痛い。紙袋を一度下ろそうかと考えながら歩いていると、元気な声がした。



「キャロ、いいの? お店開けてる時間でしょ?」



 呼びかけられて僕は立ち止まり、声の主を通行人の間に探す。

 金髪のおさげが地面すれすれで揺れている。屈み込んでいた雑貨屋の看板娘と目が合った。大きな箱を持ち上げようとしていたみたいだ。



「プディ、おはよう。これから配達?」



 プディは見事な金髪のおさげを、犬の尻尾みたいに振った。



「違うの。注文してたツリー飾りが、いま、届いたのよ」



『いま』を強い口調で言ったところをみると、仕入れに手間取った問屋に、ずいぶんとご立腹らしい。

 家業に誇りを持っている彼女の雑貨屋さんでも、クリスマス用の売り物が一番目立つところを占めていた。僕の背では、それらがわんさと載った棚の上の方は、よく見えないけどね。



「それよりいいの? 開店時間、過ぎてるでしょ」



 プディに言われ、僕は路地裏の狭い空を仰いだ。僕の背でも、ぎりぎり屋根の向こうに時計塔の文字盤が見える。

 確かにうちのお店の開店時刻は、もう過ぎていた。買い物に夢中だった僕は、仕事をさぼっているわけじゃないんだと今さらの言いわけをする。



「大丈夫だよ。僕のおもちゃ目当てに、お客は来ないから」



「そんなことないわ、クリスマスだもの。あんなにすてきな物をプレゼントに選ばない人がいるかしら」



 うれしいことを言ってくれるね、プディ!



 確かにこの時期は僕のおもちゃ店、唯一の稼ぎ時かもしれない。

 普段、仕事のほとんどは時計の修理で賄っているから、僕も自分で「僕っていったい何屋さんだったっけ?」と思ってしまう。


 とはいっても、この街に来てそんなに経っていない僕ですら、時刻を知りたい時は時計塔を見上げてしまう癖が付いた。

 だから僕へ時計の修理を依頼する人も少ない。そう、これが買い溜めの原因なんだ。


 そんなわけで本業がいそがしくなるとなれば、やっぱりうれしい!

 顔がにやついているのを隠すのは無理だけれど、ここは謙虚に、こう返した。



「大丈夫。そんな人がいたとしても、うちの店を見つけられないさ」



 プディは笑うと「ちょっと待ってて」と言って、店に戻った。

 僕の店に何度も来ている彼女でもたまに見逃してしまう間口の狭さが、特徴といえば特徴かな。

 小さな僕には手頃な大きさだけど、ふつうのひとには不親切な大きさの、まるでお客さんから、かくれんぼしているみたいなお店。建物の合間に挟まった細長い店の細長い戸口には、一応、張り紙がしてある。


『キャロからくりおもちゃ店 時計の修理も受けたまわります。』


 なんてことを考えていたら、青い箱を持って、プディが店から出て来た。



「これで良かったよね? バタークッキーの詰め合わせ」



 青い箱に白いリボンのプリント。遠くから見るとクリスマスの贈り物に見える、僕には高級品の美味しいバタークッキー。

 僕の、クリスマスの贅沢な楽しみだ。



「そうこれ! ありがとう、プディ」


「いいえ、毎度ありがとうございます」



 僕は紙袋を下ろすと、プディに代金を払った。エプロンのポケットに硬貨を大切にしまうと、プディが聞いた。



「それ、ジンジャークッキーじゃなくて良かったの?」


「ツリー飾りじゃないからね。それに、しょうが苦手なんだ」




『お前は変わってるよな。クリスマスに付き物の、ジンジャークッキーが嫌いなんて』




 クリスマスには、この会話も付き物だった。

 懐かしいな。たった、一年前なのに。



 そう、まだ一年くらいしか経ってなかったんだって、自分でも驚いてる。

 引っ越し先を探してこの街に来た時に初めて会ったプディとは、今やすっかり昔なじみか、お姉さんだと思ってたと雑貨屋のお客さんにからかわれるような間柄だ。



「キャロ、荷物置いていったら? いますぐいらないなら配達するから」


「いや、いいよ。まだ持てるって」



 僕は確かに小さい。でも大人に見合うだけの力はある、つもりだ。



 様々な種族が訪れるこの街で、小人は珍しくない。

 それなのに会うひとみんなに心配をかけるのは、僕から頼りない雰囲気が出ているからなのだと、最近ようやく気が付いた。

 だからこそ買い物ぐらいは、しっかりしなくちゃ。僕はまた紙袋を抱えると、一番上にクッキーの箱を置いてもらった。


 プディに「またね」とあいさつし、路地を歩き出す。大切な青い箱を落とさないように前に集中して、そっと歩く。

 人通りはさらに増えて、路地に活気があふれている。お店からお店へ、通りから通りへ。みんなクリスマスのために飛び回っていた。



 このにぎわいなら、もしかしたら、お客さんが待っているかも。



 人通りの多さに期待して、僕は家路を急ぐ。

 やっぱり、素直に配達頼めば良かったかな。クッキーの箱でさらに前が見えづらくなって、ふらつきながら歩く僕の影は、足が生えた紙袋が歩いているみたいだ。

 この姿、ハロウィンの街なら似合ってたかもね。



 一年で一番クリスマスがにぎわうという街の時計塔から、鐘の音が路地裏に降り注いだ。

 時刻は午前10時。

 僕も街の住人の仲間入りだな。塔を見なくても、鐘の音だけで時間が分かるようになったから。







 

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