激突

討伐隊騎兵分隊長で、指揮官隊の一員でもあるクーンツは、隊列の前方で行軍していた。すぐ横にケーア様も行軍している。


 彼が従兵から「隊列が全て谷底に入った」との報告を受けた直後だった。谷の上部の両側から、多数の弓矢と思われる激しい風切り音と、ほぼ同時に、後方部隊が発した混乱した叫び声が耳に飛び込んできた。



「敵襲!オークの弓撃!」従兵が叫ぶ。



クーンツは、思わずケーア様の顔を見る。白馬に騎乗したケーア様は落ち着いた表情を崩さない。



「ケーア様!」クーンツは彼に声を掛ける。


「大丈夫だ。聞こえている。後方部隊を落ち着かせろ。盾を使い防御を固めさせろ」


「承知しました」クーンツは、横にいる軍楽隊隊長に目を合わせる。軍楽隊隊長は、こちらの指示を待ち構える表情をしている。


「よし。デュラント。命令曲38番だ。『怒れる馬の蹄音ていおん』だ」


「はい」軍楽隊隊長が、後ろに控える軍楽隊員へ顔を向ける。



隊長の指揮の下、隊員がコルネットのマウスピースに口を当て、スネアドラムのスティックを振り上げた時、後方で更に大きな喚声かんせいが響く。


「弓撃の支援の下、オークどもが突撃してきます!」先ほどの従兵が、大声で報告してくる。


「命令は続行。いつも通りのパターンだ。陽動だ。主敵はあくまでも前方。うろたえるな」啓亜は表情一つ変えない。


「前方に敵!前方に敵!」


今度は討伐隊先頭から大声と、敵襲を知らせる呼子よびこの鋭い音色が聞こえる。


「ほら、おいでなすった。メインはこっちだ」啓亜は薄く笑う。前方の重装歩兵の群れから、一人の伝令が飛び出してくると啓亜の目の前で一礼すると、敵情を報告する。



「谷の出口より、オーク主力と思われる部隊が、隊列を組んで迫って参ります!総数は約400~500名!」伝令は息を切らして声をあげる。


「それだけ?少ないな……」啓亜は、ちょっと不審そうに首を傾げる。そのまま何か言おうと口を開きかけた瞬間、前方で凄まじい音がし、衝撃がここまで伝わってきた。



「両隊、衝突!」誰かが声をあげる。



(前から圧力を受けて、後方は蓋をされた。どうするんだ?ケーア様……)

クーンツは、ケーア様の次の命令を待った。



……少し考えたような顔をしたケーア様は、クーンツの顔を見ると命令を発した。「後方への命令は続行。後ろを抜かれるな」


「承知しました。軍楽隊。命令曲を早く演奏を!」クーンツは叫ぶ。


「はいっ!」軍楽隊隊長が部下に合図を送り、今度こそ命令曲が演奏され始めた。



「ケーア様!」その時、前方から新しい伝令が駆けつけてくる。


「どうした?」


「オーク共が……押し込んできません」


「……どういうことだ?」


「いつもなら、こちらの重装歩兵隊の隊列を破ってこようとするはずなのに……なぜか……一度ぶつかり合ったあと……引いてこちらの様子を見ています」



「どうして?!」


クーンツは思わず叫ぶ。激しい戦意を剥き出しにして、闇雲に突撃してくるのが、今までのオークの戦い方だった。……例外など一度も無かった……。それが……なぜ?



「あいつら……何を企んでいる……?」


この時、初めてケーア様が考え込んだ顔をしながら伝令に問う。


「現在の両隊の状態は?」


「十数メートルの距離を開けて睨みあっています」伝令が緊張した顔で答える。


「よし、重装歩兵隊へ報告しろ。『睨みあいの状態を維持。こちらからは動くな。防御を固めろ。陣形は『テストゥド』』だ。いいか?重装歩兵隊長のシャルディニーに伝えろ。『決して奴らの挑発に乗るな』と。軍楽隊にも命令曲を演奏させる。周知徹底。いいな?」


「はっ!」伝令は身を翻し、前方の重装歩兵隊の群れに消える。




「命令曲11番『狡猾な亀』!」ケーア様の意を受けて、クーンツが軍楽隊に演奏指示を出す。いつもとは事情が違うのを察した軍楽隊が、こわばった顔で演奏を開始する。コルネットの音色が、スネアドラムの打音が……緊張で固かった。



「後方はどうなっている?」ケーア様が叫ぶ。


「苦戦中です!」騎兵の一人が叫び返す。


「歩兵分隊長のデルガド殿が奮戦するも、狙撃弓兵によって戦死された模様!後方は苦戦!」先ほどの騎兵が続けて大声を上げる。


「メランダーの隊を援護に向かわせろ!」ケーア様が再び声をあげる。。


「はっ。すでにメランダー殿の隊が支援に向かっていますが……オークの弓兵の攻撃が激しく近寄れずにいます!」


「なんだって……?弓兵あいつら……まだ突撃に参加していないのか?」


「……ええ。その場に留まって弓撃を継続しています」


「なんだ……?なんでだ……!? 小賢しい真似しやがって……」



ケーア様が呪詛するのは初めてだった。(ケーア様が焦っている?……確かに、奴らの戦い方は今迄と全く違う……。今迄は”弓兵”なんて名ばかりで、すぐに突撃してきたのに……。地形の有利さを徹底的に利用してきている。……なんでだ?なんで、こうも戦い方が変わるんだ?)



「……クーンツ!……クーンツ!」



「はっ!」自分を大声で呼ぶ声に、反射的に返事をした。一瞬、自分の考えに夢中になっていて、ケーア様から声を掛けられたのに気がつかなかった。



「集中しろ。クーンツ!」ケーア様の顔。少し苛立った顔をしている。


「はっ!申し訳ありませんっ!」(ケーア様の表情……初めて見た)



「いいか?クーンツ。これから我々は、前方の主力を打ち破って谷の外へ出る。重装歩兵隊が正面を支える。クーンツ。お前は騎兵隊を率いて、右翼から側面攻撃フランクだ。……ユーハーソンっ!ウデラっ!」


「はっ。ここに!」もう一人の騎兵分隊長のユーハーソンが素早く返事をしながら、馬を操りケーア様の傍に付く。第一歩兵総隊隊長のウデラは駆け足だ。


「ユーハーソン。聞こえていたな? お前は自分の隊を率いて左翼から側面攻撃だ。お前とクーンツで、やつらの両翼を蹂躙じゅうりんしてやれ。機を見て重装歩兵が中央から押し上げる。……ウデラ。第一歩兵総隊は、両翼に展開して騎兵隊の支援待機。合図があれば突撃しろ。敵前方主力を包囲殲滅して谷を抜ける」


「承知しました」


「かしこまりました!」


ユーハーソンとウデラは返事をすると、準備のために素早く自分の隊に戻って行った。

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