対話

 ……。


 英俊は、車座で座っているオーク達を見る。全員が英俊の顔を見つめていた。彼らの顔は、何かを理解しているかのような表情を浮かべていた。



 ”……我らは『言葉』話す必要は無い。『思い』を外に向けろ。それだけで相手に伝わる……”


 脳内……いや、心の中でまたもや重々しい言葉が響き渡る。


 (百人隊長なのか?……答えてくれ……)英俊は心の中で問い掛ける。


 ……だが、またもや沈黙。……周りのオーク達は辛抱強くこちらの顔を見て、こちらが何かを言うのを……いや、何か『思い』を発するのを受け止めようと待ち構えている。


 ……なんて言ったらいいんだ?『ボクは異世界から飛ばされて来たオタク野郎です。オーク一族の危機なんて救えません』……)ってか?そんな事を言える雰囲気では無い。そんな事を言ったら生きたまま八つ裂きにされるだろう。この場には、そう言った厳しい雰囲気に満ちていた。


(そりゃそうだろうな……。自分達が……自分たちの部族が全滅しかねない状況だもんな……でも、どうして?どうして俺がオークの”百人隊長”の身体に憑依したんだ……?)



 ”それが、お前の望みだったからだ”


 待ってましたとばかりに、例の声が脳内を響き渡る。


 ”オークの闘争心と、強い肉体。疾風の如き身のこなし……お前はそれを我らに求めたのではないか?”


 そう。そうだった。だからといって、オークそのものになるとは思わなかったんだよ……。


 ”そして、我らには決定的なモノが足りぬのだ” 今回の重い声は饒舌だった。


 (何が足りないんだ?)英俊は、心の中で問い掛ける。


 ”知略だ” 百人隊長と思われる重い声は即座に答えた。


 ”我らオークの強靭な肉体をお前に授けよう。その代わり、お前の『知略』を我らに貸し与えてくれはせぬか?……お前もハーシュ王国のオーク討伐隊には、浅からぬ因縁を感じておるのだろう? 我らオークは自分たちの住処を守っているだけだ。決して、人間どもを攻め立てたりはしておらぬ。奴ら…王国の奴らが、われらを目障りと思ったのか、一方的に攻撃してくるのだ。”



 (その言葉…信じていいのか? そして…深馬と粟國の事か……分かるのか?)


 ”我とお前は、心を共有している。ただ、しばらくの間は、お前の邪魔だてはせぬつもりだ。これは、我らが信奉する『獅子と蛇』の思し召しであるからな。お前を呼び寄せたのは、神の考えがあるのだろう。我肉体を自由に使え。そして、わが部族を救ってくれはせぬか?我らオークは嘘はつかぬ”



 ……彼の言葉で、大体の事情が分かった。そして、ここにいるオーク達は、ゲームや映画に出てくる粗野で凶暴なオークではなく、礼節と常識をわきまえている様だ。


何よりも、自分の心のすぐそばにいる百人隊長の心が、”自分は真実を言っている”と強く、揺ぎ無く訴えていた。嘘をついているようには到底思えなかった。


…彼の言葉を信じてもいいのかもしれない。


……だが俺に出来るのか?俺は、ただのオタ野郎で、人と話すのも苦手なコミュ障だ。部下を率いて戦えるのか?



 ”出来る” 自信に満ちた声が響く。


 ”我に出来て、お前に出来ぬことは、我が手助けをする。心配は要らぬ。……さ、仲間が待ちくたびれている。彼らを導いてやってくれ”


 脳内の会話のために、虚空を見つめていた英俊は、改めて周りを見渡す。真剣な面持ちのオーク達。その中の一人、年老いたオークに目をやる。彼は、武器の代わりに杖を持ち、手首や首に沢山の装身具を付けていた。呪術師か魔法使いのようだった。



 『オークシャーマン……”深い水底の魚”よ』名前は勝手に脳内に浮かんだ。そのまま言葉を発さず、心で話しかける。


 『はい』即座に彼は答える。闘気に満ちたオーク達の中で、彼はひときわ落ち着いた眼をしていた。


 『奴ら……我らを討伐しようとする討伐隊は、いつごろここに到着する予定だ?』


 『”魔眼”を持つ烏を操り奴らの後を付けております。現在、『鷹の舞う地』を出立した奴らは、こちらに向かっております。このまま『深淵の森』を抜け、『蜥蜴の這う谷』……我らの居る、この谷まで到達するのに、約一日の猶予しかございません』



 『討伐隊の軍勢はどのくらいだ?』


 『約二千です』


 『こちらは?』


 『千名には足りませぬ』


 『二倍差以上か……』


 思わず英俊は呻いた。武器、防具の性能は向こうが上、士気は高まっている……そして戦力差が二倍差以上……これは苦しい……。



 『おじけづいたか百人隊長』


 その時、”深い水底の魚”とは違う、闘志と僅かな怒気を含んだ声が飛び込んでくる。心の声をぶつけてきた方を見る。筋肉型力士のような見事な体躯をしたオークが、使い込まれた戦鎚を片手にこちらを睨む。凄まじい迫力だ。




 (怖え……なんだこいつは)




 英俊は本能的に絡み合った視線を外そうとした。生まれつきの癖だ。敵対した相手からは、好戦的な意図は無い事を示す動作。この動作は身体の髄まで叩きこまれていた。




 ところが、眼を逸らそうとした瞬間、体の中に拒絶するような力が込められた。眼を、首を……下げられない。オークと言うより鬼にそっくりな奴と視線がガッツリぶつかり合う。むこうも負けじと睨み返す。ぶつかり合った視線で火花が散りそうだ。


 

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