グッド・ジョブエピソード0

渡夢太郎

1章 出会い

プロローグ


「やっと完成したね。これがパパのやった仕事よ」

「うん」

目の前には朝日を浴びた深い渓谷が見え

断崖の上には巨大な風車が何本も立っていた。

「あれな~に」

5歳の黒いスーツ姿の男の子が聞いた。


「ドライアイス工場よ。あれで地球温暖化を防止するの」

「それっていい事?」

「そう、世界の子供たちの未来と希望を作るのよ」

「凄い!」

「そう、パパはすごい人なの。

あなたはパパの意志を継いでいきていくのよ」

「はい、ママ。パパは今何処にいるの」

「ずっと遠いところよ」

この谷底かそれとも異世界に行ってしまったのか?

「今からテープカットよ、さあ行きましょう」

男の子と手をつないだ女性が言った。


渓谷の上には巨大なドームがありそこに工場が建てられており

その前にはセレモニー台が用意されサングラスにスーツ姿の男たち

テレビカメラが何台も設置されカメラマンが待機していた。


「やりましたね、キャシー」

男たちは次々とキャシーと握手をした。

「ありがとう」

そこに49代アメリカ大統領ラルフ・スチュアートが

登場しキャシーと握手をした。

「キャシーおめでとう」

「ありがとう、ラフ」

「キャシー、私の前にコメントもらえないか。彼の功績をたたえてくれ」

キャシーは息子の手を繋いで壇上に上がった。


「みなさん、この施設は地球温暖化防止の為に

作られた二酸化炭素から作るドライアイス工場です。

発案は私たちの敬愛する日本人ダン・アキラです」

キャシーが言うと会場から大きな拍手が起きた。


「この施設はシベリア、グリーンランド

北極に近い部分、そして南極大陸

に作られまもなく始動します。

この施設の効果は2年後に地球の温度を1度を

下げます彼は謎のウイルスからアメリカを救いました。

 そして今から地球を救うのです」

再び大きな拍手が起こるとキャシーは男の子を抱き上げた。

キャシーはマイクに顔を近づけて言った。


「RYO I LOVE YOU」

続いてラルフ・スチュアートが演台に立つと手を振った。

「みなさん、こうして私が大統領になれたのもダン・アキラが私と妻の

命を救ってくれてからなんだ。そして彼は

アメリカを助けてくれた。そして我々は世界を救う」

ラルフはそう言って手を振った。

 「ダン・アキラの功績をたたえよう。グッド・ジョブRyo」


大統領の演説が終りボタンが押されるとドームからドライアイスが

落とされ谷底を埋めていった




1章 出会い


10年前の12月12日


図書館は大きな窓から暖かい日が差して

職員が白いブラインドを落としていた。

團亮はテーブルの脇に重ね置いた本を読み

多くの受験生が辞書を調べながら真剣に勉強をしていた。

向かいに席にはいつも顔を見かける女子高校生と

目が合いそのたび毎に女子高生は微笑みかけていた。


「あのう・・・」

後ろからその女子高生が亮に恐る恐る声をかけた。

「はい」

「古文の勉強しているんですか?」

女子高生はテーブルの上の本を見ていった。


「あっ、はい」

「古文は得意なんですか?」

「まあ、それなりに・・・」

亮は邪魔をされるのが面倒だった。

「ムサシ高校の人ですよね」


「ええ、あのう。ここは図書館なのでお話は外で良いですか?」

亮はテーブルの上の物をそのままに女子高生を室外に誘った。

女子高生はニッコリと笑って亮の後を追いていくと

後ろから二人の女子高生がそれを見て笑っていた。


図書館の中の飲食が出来る部屋では数人の人が

テーブルにパンと牛乳を置いてのんびりとしていた。

亮と女子高生が椅子に座ると亮はまるでお医者が

患者を診る様子でとても17歳の高校生に思えない

言い方をした。


「どうしました?」

「私、北川沙織といいます。東島女子高校の3年の」

亮は名前を告げられて自分が名乗らない訳にもいかなかった。

「團亮です。僕も3年生です。ムサシ高校の・・・」

「大学はどこを受験するんですか?」

沙織は顔を亮に近づけて真剣な顔で聞いた。


「普通に東大ですけど」

「すごい!東大だと・・・」

「理Ⅲ、医学部です」

「じゃあ、理数系得意ですよね」

「はあ、国立大学なので普通に何でも」

亮は男子校なので女子高生には慣れておらず

沙織が迫ってくるようで苦手だった。

「今度勉強教えてくれませんか?」

東島女子高は偏差値70の優秀な高校で

12月の今頃の時期、1月中旬のセンター

試験の勉強を教えてくれという

質問が不思議だった。


「ええ、分からないところが有ったらどうぞ」

「ありがとうございます」

「でも、さっき古文の勉強をしていましたよね」

沙織はセンター試験で1問しか出ない古文を

熱心にしている亮を不思議に思った。


「ええ、頭休めに」

「頭休めに古文ですか?」

「はい、国語と日本史は頭休めです」

沙織はちょっと変わっている亮に躊躇したが思い直して、

ニッコリと笑ってメモを渡した。


「これ、私の携帯番号とメールアドレスとLINEです」

「ああ、分かりました。後で僕のアドレスをショートメール送ります」

北川沙織は立ち上がり長い髪をたらして亮に頭を下げて

こっそりと覗いている二人の所へ行って手を合わせてはしゃいでいた。


~~~~~~~~

「どうだった、沙織?」

中学時代のからの親友秋山良子が心配そうに聞いた。

「うん、メルアド受け取ってくれたよ」

「やった!」

同じ中学の同級生岩倉弓子は内気な

沙織の代わりに亮の情報を収集していた。

「やっぱり弓子の言っていた通り、東大受験するんだって」

「だって凄く頭よさそうじゃない、いつも黙々と勉強しているし」

「名前は?」

良子が聞くと沙織ははしゃいで言った。


團亮だんあきら(だんあきら)だって」

「きゃー、團なんて凄く金持ちそう」

良子が沙織の肩を叩くと弓子は自分の情報を沙織に伝えた。

「思い出した!目白に團さんと言う、お屋敷があった」

「そこの息子だったりして」

良子がニヤニヤと笑った。


「そんなに金持ちなら、図書館に来ないで

自宅の書斎で勉強しているわよ」

沙織が自分の喜びを抑えるように言った。

「そうよね」

良子も不思議に思った。


「彼、付き合っている女性がいないのかしらイケメンなのに」

「意外といないかも暗そうだし」

弓子が言うと沙織が納得した。

「うん、暗そうだった・・・」


~~~~~~~~~~

亮が家に帰ると姉の千沙子が驚いて亮に聞いた。

「あら、早いわね。亮」

「うん、勉強の邪魔された」

「また、古文書の解読?」

「うん、いっぱい資料があるから図書館は

便利なんだけど・・・姉さんは?」

「私はこれから着替えてモデルの友達と飲みにく

 一緒に行く?」

「受験生を誘うなよ!今日女子高生に連絡先を渡された」

「あらまた、付き合っちゃえばいいのに」


「面倒だよ、受験も近いそんな場合じゃないよ」

「亮は自信がないんだ」

「いや、この前のテストでは合格率100%」

「そっちじゃないよ、女の子の方」

「だって話題がわからないんだ」

「あなたは気を使いすぎ、女の子は勝手に

話をしているから。どう思うと聞かれた時、

答えればいいのよ」


千沙子はうなずくと壁の時計を見た。

「さてさて、クリスマスの相手探さなくちゃ」

「まだ決まっていないの?」

「それがさ、優秀な弟を持つと比べちゃうんだよね、このイケメン」

千沙子は亮の頬を叩くと二階の部屋に上がっていった。


「ああ、お帰り亮さん」

母親の久美が優しく言った。

「ただいま」

「亮さん、今夜は何を食べたい」

亮は冷蔵庫を開けて探し物をした。


「まだ5時だから僕が作るよ。

今夜も二人で食事になりそうだから」

「じゃあ、また得意の薬膳料理?」

「あはは、もうパクチーは入れませんよ」

「よかったわ、私あれ苦手なの」

久美はニコニコと笑った


「じゃあ行って来ます」

ばたばたと階段から降りてきた千沙子は

まるでファッション誌のモデルのようだった。

「姉さん、綺麗だよ」

「ありがとう。亮大学生になったらモデルとの

食事会、連れて行ってあげるからね」

「僕が?」

「だって、亮は私の友達のリクエストではトップなのよ」

「あはは、いってらっしゃい」

「亮。薬膳粥、私の分とっておいて」

「OK」

千沙子が出て行くと母親の久美は嬉しそうに笑った。


「どうしたの?お母さん」

「うちの家族は喧嘩もなくて幸せよね~」

久美は笑顔で話した。

「お父さんの夜遊びが無ければね」


「あら、お父さんは忙しいのよ、あれだけの

会社をきりもりしているんだから

 特に今の時期は美宝堂が忙しいし、

早く美佐江が留学から帰ってこないかしら」

久美は賢い美佐江が父親秀樹の跡継ぎと確信していて

亮はそれを感じ取って逆に自由に生きる事が出来た。


「亮さんはお医者さんになって頑張ってね」

「はい、良い医者になって沢山の人を救います」

「そうね、亮は優しいから患者さんが喜びそう」

「はい」

亮はニッコリと笑った。


翌日、亮の向かい側の席に座っていた沙織が

立ち上がり亮の脇の席の前に立った。

「一緒に勉強して良いですか?」

「はあ、はい」

亮は沙織が自分の勉強を邪魔さえしなければ良かった。

しばらく黙って勉強する沙織のノートをチラチラと覗き

の数学の答えが間違っているのを見つけた

亮がじっと見ていると沙織は微笑んだ。


「あの」

亮は小さな声で言うとノートを指さした。

「はい」

沙織は嬉しそうに返事をした。

「北川さん、そこ間違っていますよ」

「ええ、どこどこ?」

「答えは何故か合っているんですが、

計算が間違っているんですよ

 これだと減点されますよ」

「本当?」

亮は優しく教えてあげた。


「ありがとうございます。團君、高校生じゃないみたい」

「えっ?ふけています?」

「ううん、教え方が分かりやすいから。先生みたい

私、文系希望だから数学苦手なのよね」


「ああ、そうか」

「ありがとう」

「いいえ、復習ちょうどいい」

亮はポツリと言った。


「じゃあ、英語は?」

「はい、普通に」

「この長文なんだけど・・・言い回しが複雑で」

沙織が例題を見せて辞書を持った。


「その辞書なら322ページの例を見れば分かります」

亮は小さな声で言った。

沙織がペラペラとめくると驚いて声を上げた。


「あっ、本当だ。どうしてページ数覚えているの」

「ああ、たまたまです」

亮は照れるように言った。

それから、毎日沙織は亮に勉強を教わって

二人は親しくなっていった。


「團君、クリスマス・イブどうするの?」

「ええと、クリスマス礼拝で教会へ行きます」

「えっ?團君クリスチャンなの?」

いつも古文の勉強をしている亮を見ていた

沙織は不思議な感じがした。


「ええ、父の仕事上欧米人と付き合うには

キリスト教じゃなくちゃ難しいので、

子供の頃から日曜学校へ行っていました。

それに聖書の解釈が面白くてずっと読んでいるんです」


「そうか、じゃあだめか」

沙織ががっかりすると亮はどうして良いか分からなかった。

「ねえ、團君。どうして彼女いないの?かっこいいのに・・・」

「面倒くさいからかな」


「ええ?だって健康な男性なら女性に興味持つでしょう」

「ええ、まあ」

「團君、暗いよ。それじゃもてないよ」

「そうですか」

亮にとってはそんな事はどうでも良かった。

「私の事、嫌い?」

「いいえ、別に・・・・」

亮は口の中でモゾモゾと言った。


「元気ないぞ、團亮」

亮は沙織のサラサラした綺麗な黒髪と

それから臭う甘い匂いで心臓をドキドキさせ

思い切って声を出した。


「イブの夜、一緒に食事しませんか?」

亮の小さな声を聞くと沙織はもう一度聞き直した。

「本当?」

「1番上の姉は留学中で帰ってこないし、

2番目の姉はどこかのクリスマスパーティがあるし

 父と母は仕事関係のパーティだし、受験生の僕は一人ぼっちなんです」

「うん、うふふ」

沙織は天にも昇る気持ちでニコッと笑った。

そして沙織は亮と別れると弓子と良子に伝えた。


~~~~~~~~

家に帰った亮は久美に話しかけた。

「お母さん、イブの夜女の子と食事したいんだけど」

「えっ、本当。やっとお前も」

久美は亮を抱きしめた。

「どうしよう、どうしたらいい」

久美は慌てていた。


「そうだ、お父さんに電話しなきゃ、ホテルも予約して」

「お母さん、何言っているの。ホテルって」

亮は冷たく言った。

「だって、クリスマスの夜は。うふふ」

久美はそう言って恥ずかしそうに自分の顔を両手で隠した。

「僕まだ高校生だよ、彼女だって知りあったばかりだし」

「そうか、そうよね。相手の両親に挨拶していなし」


「違うって、食事何処でしよう?

ファミレスって言うわけには行かないし」

「うんうん、フランス料理のローラン・ギャロスは?」

「予約でいっぱいだよ。きっと」

「ちょっと待っていて」


久美は夫の秀樹に電話をかけた。

「あなた、亮がクリスマス・イブに女の子とデートするそうなの」

「何!本当か?」

「ええ、それで食事をする場所何とかならないかしら?」

「わかったローラン・ギャロスの席を空ける」

「大丈夫?予約でいっぱいでしょう」

「なあに、オーナーの俺の命令だ、テーブルと椅子を

どこかの隙間に入れればいい」


「うふふ、強引ね」

「そうだ、ホテルも予約しなくちゃいけないな」

「だめよ、亮にはまだ早いわ」

久美は亮に言われた事をいった。

「そうか、俺の初体験は高校2年だったぞ」

「ん?誰と?」

久美の声が厳しくなった。

「ばか、17歳の時の話をするな、亮の件は大丈夫だ」

秀樹は慌てて電話を切った。


「亮、お父さんがローラン・ギャロス何とかしてくれるって」

久美は優しく笑った。

「ありがとうお母さん」

「亮、彼女に何かクリスマスプレゼント買わなくちゃね」

「お母さん、プレゼントは何が良いだろう?」

「千沙子に聞いてみれば、年齢が近いから」


「うーん、雰囲気が違うような気がする」


翌朝亮が千沙子に聞いた。

「姉さん、クリスマスプレゼント何が良い?」

「ええ?私にくれるの?」

「まさか」

「亮がクリスマス・イブにデートなんだって」

久美が嬉しそうに言った。

「おお、受験生やるな、相手は幾つ?」

「同じ高3この前話た娘」


「そうか、私がその歳ならバーキンは

高すぎるからエルメスの

エプリンのブルーなんかどう?」

「いくらするの?」

「16万円くらい」


「ああ、聞いた相手が悪かった、

僕が買ってプレゼントするんだよ」

「お年玉たんまり溜め込んでいるくせに、

惚れた女にお金を使わないでどうする」

「いや、まだ惚れちゃいないよ」

「でも私は、高校のときバーキンが欲しかったわよ」

「彼女はそんな子じゃないって」

「亮、高校生の女の子は意外と大人なのよ、

キスを求めてくるかもよ。歯を磨いておけ」

千沙子はニヤニヤと笑った。

「そうだ、姉さんもう着なくなったパーティドレス無い?」

亮はローラン・ギャロスが正装なのを思い出して言った。


「有るわよ、彼女のサイズは?」

「身長158cm、体重48kg、ウエスト58cm、バスト70のB

 足のサイズ24cm、高校生だからヒールは5cmくらい」

「亮、さすがね」

久美が手を叩いた。

「亮、ジロジロ見なかったでしょうね」

「当たり前だよ、姉さんやっとDカップになったね。

体重2kg増えたけど」

「こら!変態」


翌日、亮が図書館行くと沙織は来なかった。

その次日も来ず、亮はメールを送ろうとした3日

亮の肩を優しく触る沙織の手があった。

亮は沙織に飲食室へ行く合図を送ると

毛糸の帽子をかぶって暖かそうな格好をしていた沙織うなずいた。


「ごめんなさい、アルバイトが忙しくて」

「受験生なのにアルバイト?」

「うん、ちょっとお金が必要だから」

「そうか、クリスマスイブの日のレストランの予約取れたから」

「本当、嬉しい」

「それで、築地の教会で3時の礼拝に行ってそれから銀座で食事どうかな?」

沙織は銀座と聞いて少し驚いて返事をした。


「うん、良いよ」

「それで、姉のお古なんだけど」

亮は紙袋を沙織に渡すと黒いドレスが入っていた。

「わあ、素敵なドレスと靴」

「レストラン正装なんだ」

「ええ?それって高級レストラン」

亮は黙ってうなずくと沙織が首を振った。


「やだ、私そんな所行った事ないしマナー知らない」

「大丈夫だよ、使うナイフとフォークは僕が教えるよ」

「普通のファミレスでよかったのに」

「ファミレスじゃ予約がとれないから」

「團君がお金持ちだって本当だったんだ」

「えっ?」

「少し考えさせて、私には吊り合わない」

沙織は潤んだ目で亮の顔を見て袋を亮に返して走って行った。


亮は自分の出来る事を精一杯した事で沙織を傷つけた事を悔やみ

それから、沙織は現れる事がなく、亮は嫌われたと思って

自分から連絡を取ろうと思わなかった。


12月23日の昼前に

沙織の友人の良子と弓子が図書館に姿を現した

「團さんすみません、沙織に会ってくれませんか?」

弓子が悲しそうに言うと亮は何か問題が起きたかと心配になった。

「は、はい」

「沙織、入院しているんです」

良子が涙ぐんでいた。


「どうしたんですか?」

亮は自分の心臓がドキドキするのがわかった。

「急性白血病で先週倒れたの」

弓子は大声を上げて泣き出した。

「すぐに行きましょう」

亮たちは渋谷からバスに乗って国立病院へ向った。

病室に入ると血の気がなく真っ白な

顔の沙織がベッドに横になっていて

頭に暖かそうな茶の帽子をかぶっていた。


「あっ、團君」

沙織は亮の顔を見ると布団で顔を隠した。

「沙織さん、大丈夫?」

「再発しちゃった、白血病」

隣に立っていた母親が亮に頭を下げた。


「あなたが團君、娘がいつもお世話になっています」

「初めまして、團亮です」

亮は丁寧に頭を下げた。

「1年くらい前からあなたの話をしていたんですよ、

素敵な男性がいるって」

「はい・・・」

亮は1年前と言われて何も言えなくなった。


「それに、明日のクリスマス・イブの日に食事に誘ってもらったって

 大はしゃぎだったんですよ」

「ママ、二人きりにさせてくれる?」

沙織が懇願すると母親と良子と弓子は部屋を出て行った。


「ああ、明日デートしたかったなあ、せっかくプレゼントを買ったのに」

「少しだけでも動けないの?」

「うん、調子はいいんだけど・・・」

沙織は髪の抜けた頭にかぶった茶の帽子を指差した。


「かつらをかぶればいい、それに女性は室内で帽子を取らなくていい」

「そうなの?知らなかった。このがりがりの胸は?」

「ネックレスで隠せばいい」

「目の下のくまと紫の唇は?」

「カバーメイクすればいい」

亮は興奮して言った。


「ありがとう、團君」

「うん」

亮がうなずくと沙織が恥ずかしそうに言った。


「ねえ、リョウって呼んでいい?」

「リョウ?」

「うん、亮という字はアキラより

リョウって呼んだ方がかっこいい」

「いいよ、君だけに特別に許す」

亮が笑うと沙織も笑った。


「じゃあ、明日迎えに来る」

「ねえ礼拝にも行きたい。神様にお祈りしたい」

「うん、病気が治るようにね」

「大学受かったら、二人でいっぱい、いっぱい遊ぼうね」


「うん、テニス一緒にしよう」

沙織は白い細い手を差し伸べて亮は初めて沙織の手を握った

それは冷たくて壊れそうな手だった

「ねえ、お願い私の写真あなたの携帯で撮って」

沙織は凄く素敵な顔で微笑んだ


~~~~~~~~~

亮が帰った後

沙織の様態が悪化し、呼吸器をつけた

沙織は救命治療室に運ばれた。

「亮、亮。私を助けて、私を守って」

「沙織」

母親は一生懸命沙織の名を呼んだ。

「亮、亮」

沙織の声が次第に小さくなっていった。


~~~~~~~~~~

亮が家に戻ると久美の手を掴んだ。

「お母さん、ウイッグ持っていない」

「どうしたの?」

亮は白血病の副作用で無くなっていた

沙織の髪の事を話した。

「それは気の毒に・・・私は無いけど

美宝堂に有るから持ってこさせるわ」


「わざわざ買わなくても・・・」

「良いのよ、彼女。ええと・・・」

「北川沙織さん」

「そう沙織さんへの私からのクリスマスプレゼント」

「ありがとうお母さん」


亮は自分の部屋に入ってすぐに本で何時間も白血病について調べた

その内容はとても否定的だった。

「どうしたら治るんだ、くそ!くそ!」

翌日、亮は千沙子のドレスとウイッグを持って

病室に入るとベッドには綺麗に片付けられ誰も居なかった。


亮は嫌な予感を覚えナースステーションに行った。

「すみません」

「はい」

看護師が答えると亮は沙織がどこへ行ったか聞いた。

「北川沙織さんは何処へ?」


看護師は書類を見ながら言葉に詰まっていた。

「北川沙織さんは転院なさいました、ドナーが見つかって」

「そうですか」

亮は看護師の話を信じなかった。

「どこへ転院したか分かりますか?」

「それは個人情報なので・・・」

「ああ、そうですね」


亮はしゃがみこみ涙を流し放心状態のまま、

駒沢から地下鉄に乗り

青山で銀座線に乗り換え東銀座背日比谷腺に

乗り換え築地の教会へ向かった。

亮が涙を床に落とす姿を見て

大人たちは気の毒そうに思い

女子高生は亮を指差して話をしていた。


まだ恋か分からない惹かれる気持ち

まだ愛と呼べない優しい気持ち

ただ、傍にいれば心が落ち着いた

ただ、傍にいれば楽しかった


君はいつ生まれ?

好きなものは何?

好きな音楽は?

好きな映画は?

どんな食べ物が好き?

一緒に歩くときの服装は?

僕は君を何も知らなかった

君の受ける大学すらも・・・

何処に住んでいるかも・・・


教会に着くと亮はひたすら沙織の無事を祈り続け

涙を流しながら賛美歌を唄った。

亮は肩を落とし神父に頭を下げて教会を出ると

そこに沙織、北川沙織が立っていた。


「沙織さん」

「遅くなってごめんなさい、私築地の病院に転院したの

 それで教会の後ろでお祈りしたわ」

「よかった・・・」

亮はその場で崩れ落ちそうになっていた。


「それでね。それで今日外出許可が下りたの」

「良かった」

亮の目から涙が零れた。


「リョウ、どうしたの」

沙織は聖母マリアのように亮を抱きしめた。

「神父様、神様がマリア様を連れて来てきてくれました」

「團さん、あなたに紙のお恵みを・・・」


沙織は亮が渡したドレスに着替え

ウイッグをつけ帽子をかぶって

タクシーで美宝堂の8階のローラン・ギャロスへ行った

めったに電話をかけない亮から

秀樹のところに電話があった。


「どうした?」

「分割でエルメスエプリンのバッグを売ってください」

「どうした50万円もするぞ、クリスマスプレゼントか?」

「はい、どうしても渡したいので」

「良し!」


「いらっしゃいませ、お二人様ですね」

亮が案内された席はローラン・ギャロスで

最も眺めのいい席だった

「わあ、緊張する!」

「大丈夫、僕がいます」

「そう、私にはあなたがいる」

そして、ウエイターが2つのグラスに水を注いだ。

「クリスマスディナーを2つお願いします」


そこへ亮の元にリボンが付けられた袋が届けられた。

「クリスマスプレゼントだよ、沙織さん」

「私も」

二人でプレゼントを交換して包みを渡した。

包みを開けると沙織がくれた包みの中に

モンブランのボールペンが入っていた。


「こんなに高いものを・・・」

亮はプレゼントに付いていた手紙を見ると

可愛い絵文字がたくさん書いてあった。

「團くん、あなたに会えてよかった。ありがとう

 これからもよろしくね」

手紙を見ながら亮は涙を流し外の夜景を見ると

ガラスに映る揺れるキャンドルの向こうに

沙織の横顔の笑顔が見えた。


「わあ、エルメスのバッグ。

でも高かったんでしょうもらえないわ」

沙織はエルメスが高いっと知っていたが、

それがまさか50万円とも知らず嬉しそうな顔をしていた。

「そのバッグは沙織さんの歳ではまだ

持てないと思います。だからお互い

 大人になった時、それを持って僕とデートしてください」

「そうだね、大人になってもずっと一緒に居られたらいいね」

テーブルに置かれたろうそくの炎は沙織の青白い顔を照らし

輝かせていた。


翌朝、亮は秀樹と久美に言った。

「お父さん、お母さん。僕は薬剤師になります」

「亮、どうしたの急に、外科医になるんじゃなかったの?」

久美は驚いて聞いた。


「どんな優秀な外科医が癌を取り除いても、抗がん剤が無ければ

 再発するかもしれません」

「うん、うん」

秀樹は亮の思っている事が分かって微笑んだ。


「日本人の三大死因はがん、心疾患、

脳血管疾患でがん以外は予防も可能です」

「その通りだ、亮。どんな名医でも生涯、

人の命を救えるのは数千人だ」


「はい、お父さん。どんな名医でも外科医手術では

白血病は治せません、ましてインフルエンザですら

予防する事が出来ません。でもいい薬が有れば多くの

人を同時に救えます。世界中の人を予防医学の

見地から薬の研究をしたいんです」

会社経営者の秀樹は亮が医者になる事を

嫌っていて長男の亮には経営者として

グループのトップに立つことを望んでいた。


「やっと分かったな、亮」

一夜でたくましくなった亮を見て

秀樹は金庫から鍵を持ってきた。

「亮、クリスマスプレゼントだ」

「何ですか?」


「蔵の鍵だ、あの中に徳川家御典医の先祖が

書いた古文書が山のようにある」

「本当ですか?」

古文の好きな亮はとても嬉しかった。


「ああ、色々な薬の製法

と病気の治療方法が書いてあるらしい」

「ありがとうございます」

「おやじがいなくなってから俺は蔵に入っていないが、

あの本を読めるのはお前しかいないと

おやじが言っていたよ、ははは」

「はい」


亮はすぐに蔵の鍵を開けると漢方薬の臭いがして、

漢方薬の入っている箱が

棚にびっしりとあり、幾つも箱が有ってその中に

何十冊もの古文書が入っていた。


「じいちゃん、すげー」

亮は感動で目がキラキラと輝いた。

その日から亮は蔵に閉じこもって

古文書の解読を始めた。


そんな亮の姿を見ていた久美は秀樹に聞いた。

「あんなものを見せて、亮は大学受験大丈夫かしら?」

「大丈夫だよ、もし日本に飛び級があったら、

あいつは15歳で東大生だった」

「そうね、あの子はかしこいわ」


センター試験の結果、亮は希望通り東大理Ⅱ、

合格して薬学部で4年大学院で2年学ぶことにした。

沙織は自分の病気の治療を含めて京都大学医学部を

受験して合格した。


合格後の亮と沙織は普通の高校生の付き合いをはじめ

亮は沙織の好きな食べ物、音楽、映画を知る事が出来た。


「私ね!スイーツが大好きなの」

「ええ、和風、洋風どっちですか?」

「私は生クリームのフワフワ感とチョコレートが好き」

「僕はあずきが好きです」

「じゃあ、シェアしよう」

亮と沙織は会う度にスイーツを分け合う仲になって行った。


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