第65話 ドブネズミ取り

ローナさんは、出来る女だった。

マナーも心得ているし、料理も出来る。

掃除も手を抜かないし、スカーレットの片腕としても、十分通用するそうだ。

取り合えずお仕着せを着てもらっているけれど、

少しアレンジして、センスも抜群。

だからと言って、ルイ―ザと張り合って仲が悪いと言う訳でもない。

とっても仲がいいのだ。

なぜか結託していると言う言葉が思い浮かぶほどに。


「マーガレット様、ダール様がいらっしゃいました。」


次の授業は、男子組と、Bクラスの合同ダンスレッスン。

広く改造されたホールには、全員が集まっていた。


私はダールさんにエスコートされ、教室に入る。


「皆様、ごきげんよう。」


そしていつも通り、私はカーテシーをとった。

女子生徒も同じく、

男子はダールさんの動きを参考に、ボウアンドスクレイプを。

最近ようやく形になってきたようだ。


だが、ダンスはまだまだだ。

ドタドタと動きが荒く、優雅さとは程遠い。


「なぜなんでしょう?

動きのスピードも音楽通りですし、

振りも間違っていないのに。」


そうなんだけど、とにかく大変そうに見える。

普通だったら、たいして踊っていないのに、

あんなに汗をかきながら、息を切らす事なんてない。


「やはり姿勢でしょう。

体幹が通っていませんし、指の先まで神経が行き届いていない。」


あぁ、それが違和感だったんだわ。


「体幹を通す、姿勢の改善、その為の体力作り。

方法を考えなければ。」


私はどうしていたのだろう。

覚えていない。


「皆さん、ダンスのレッスンは今日はここまでとします。

残る時間は……。」


急な予定変更だったから、何の用意もしていなかった。


「マーガレット先生、こちらに皆さまの軽食の用意を致しました。

どうぞお越しください。」


ルイ―ザとローナさんが、隣への扉を開け、待ち構えていた。

お二人ともナイスです。


「ありがとう。

では皆さん、隣の部屋へ移動し、

簡易的では有りますが前回の復習をいたしましょう。

では、男女一組となり、この扉からスタートして下さい。」


するとすぐに男女とも1列となり、隣り合った者がペアとなった。

そして一組目が扉に向かい、男子が扉の前で女子を待ち、隣の部屋の中に通した。

それから女子の後から入った男子が、テーブルの前の椅子を引き、

女子が座る時に合わせ、椅子を戻す。

それから、次々と各ペアが椅子に付き、出される軽食を片付けて行った。




「今日はとても助かったわ。

ルイ―ザ、ローナさん、ありがとう。」


それを聞いたローナさんが、


「マーガレット先生、どうぞローナと。」


と言う。

ルイ―ザを呼び捨てにしているのに、自分だけ敬称を付けられる事が嫌と見た。


今日の一件は、いざと言う時の物を出しただけとルイ―ザが言っていた。

スカーレットの用意した、高級食料品店のコンソメや、瓶詰などを駆使し、

短時間で仕上げた簡単な、なんちゃって高級料理風です。

と笑いながら言う。

それでもあれだけの物を作るなんて、大したものだわ。


それからルイ―ザ達は後片付けを、

私は、ダンスの件でダールさんに相談に向かおうとした。


「マーガレット様!そのまま‼」


いきなりローナに呼び止められ、何事かと立ち止まった目の前を、

銀の光がきらめいた。


カツンッ!


音がした方向を見ると、先ほど使用したナイフが1本、

少し開けられた窓枠に深々と突き刺さっていた。

え~と、一体どうしたのかな?


「失礼しました。

大きなドブネズミがおりましたので、つい…。」


鼠を退治してくれようとした事は、大変良い事だと思いますが、

やはり衛生面などにおいて、食事用のナイフを使うのはどうかと……。


「申し訳ありませんでした。逃しては一大事と思い、つい、

次回からは、ちゃんと自前の物を使わせていただきます。」


「ええ…。ぜひそうして下さい。」


次回からは自前の物を使ってくれるって…、

ローナったら自前のナイフを持って歩いているのかしら。

でも、問題はそれでは無いのよね。

やはり鼠退治にナイフはどうかと思うのよ。


「ローナ、ナイフも一つの手かもしれないけれど、

鼠なら、ネズミ捕りとか罠の方がいいのではなくて?」


「ええ、それもいいかもしれませんが、

もし他人が掛かってしまっては申し訳ないかと。」


人が掛かるって、どれほど大きい罠なの。

それにしても、ルイ―ザの投げたナイフはちょうど私の首の高さに刺さっていた。

ルイ―ザのコントロールが悪かったのか、よほど大きな鼠だったのかしら。

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