第59話 面倒くさい人

大きく目を見開きおじい様は、じっと私を見つめる。

何とも居心地が悪い。

変装しているから大丈夫だと思っていたが、

事態がそれを許さなかったようだ。


するとおじい様の目がふと細められ、何とも言えない笑顔をされた。

ふわっと暖かくなるような笑顔。


「何やらお忙しい様子だ。

色々と事情も有りそうですな。

余りお邪魔しては申し訳ない。

私はこれでお暇しよう。」


そう言って、右手を差し出す。

えっと、握手をすればいいのかしら。

おじい様の手にそっと私の手を添えた。


「お嬢さんに会えて嬉しかった。

次はぜひゆっくりと、この爺の愚痴を聞いてもらいたいものです。」


「ええ、必ず。」


そう返したけれど、もしかして……いえ、おじい様は気付いているのね。

出来ればこんな状態でおじい様に会いたく無かった。

ちゃんとおめかしをして、

”初めまして、私がジュリエッタです”と挨拶をしたかった。

それを滅茶苦茶にしたのは………。

あぁ——、何か腹が立ってきた。


「失礼する前に、何が大変なのか聞かせていただけないかな?

いや、ただの老人の好奇心だがね。」


話を振られたスカーレットは、いまいち現状が掴めていないのだろう。

戸惑いながら、私にちらちらと視線をよこす。


「こちらはグレゴリー帝国のエトワール伯爵様です。」


それを聞いたスカーレットの顔色が瞬時に変わった。

顔は天を向き、今にも汗をだらだらと流しそうな雰囲気だ。


「ごめんなさいジュ…………。」


そう言って、途中で言葉を切った。

そうよね、私をなんて呼んでいいのか、状況が分からない以上悩むわよね。


「それでスカーレット、一体どうなさったの?」


「そ、それが…、あの…。」


飛び込んで来るほどに大変な事なら、早く聞いた方がいいのだろう。

でもスカーレットは、それをおじい様に聞かせていい物か困っている様子。

もしかして、おじい様にも関係が有るの?


「大丈夫よ、話してスカーレット。」


「あ~、ごめんなさいジュリエッタ。

実はうちの下働きが、お金欲しさで、聞きかじった情報を外に流したらしいの。」


「あらまあ、もしかして…。」


おじい様は一瞬目を反らしたけれど、


「いかんの~、年は取りたく無い物だ。

最近は特に物忘れが激しくて、昨日有った事まで忘れてしまう始末だ。」


そうですか、昨日情報を仕入れたんですね。

そしてその情報を外には漏らさない。そう仰りたいのですね。


「大丈夫ですわ。

伯爵さまはまだまだお若いし、とてもパワフルですもの。

もっと長生きしていただかなくては。」


そう、そして私は絶対に、おじい様を尋ねて行きますから、

まだまだ元気で居て下さいね。


「ただね、流したのは一人にだけでは無かった様なの。

あなたに知らせなくちゃと、すぐにあちらを飛び出してしまったから、

はっきりとは言えないのだけど、

多分3人以上からはお金をもらったみたい。」


一人はおじい様として、後は誰なんだろう。

なぜかとてもいやな予感がする。


すると又もやルイ―ザが部屋に駆けこんできた。


「たっ、たた、大変でございますぅ―――。」


やっぱり来たのね……。

するとおじい様が、私を背に隠す様に前に立ちふさがった。


「いいね、あなたは何もしゃべらず、ただそこにいるだけでいいから。」


おじい様が何をなさるのか分からないけれど、

とにかく今は、様子を見守るほかない。

カツカツカツと足音がし、現れたのは予想に違わずスティールだった。


「夜分遅く失礼する。

火急の用で伺った。

いきなりだが、こちらにジュリエッタと言う女性がいると聞いてきたが、

彼女は一体どこにいる。」


そう言って部屋をぐるりと見渡した。

私の姿も目に入った筈だが、どうやら素通りしたようだ。


「これはこれは、確かあなたはジュリエッタの友人、

スティール殿下とお見受けするが、それで合っておりますかな。」


「あなたは?確か初対面のはずだが。」


「あぁ、自己紹介もせずに失礼した。

私はジュリエッタの祖父、オスカー・エトワールと申します。

この度は孫娘が大変お世話になったようで、何と言っていいか…。」


これは完全に嫌味ね。でもスティールがそれを分かるかどうか。

さらにおじい様が嫌味混じりの挨拶に追い打ちをかけている。

おじい様は後ろ姿しか分からないけど、その声は絶対に怒っているわよね。


「あなたもジュリエッタを探してここに?」


「いや、わしはジュリエッタを連れに寄ったまで。」


「それは一体どういう……。」


「わしはジュリエッタを連れ帰る為にここに来た。

もちろんわしの屋敷にな。」


「それをさせる訳には行かない。

私は彼女に話したい事が有るんだ。」


「そうか、でも残念だったな。

わしの孫娘は一足先に旅立ったところだ。」


自信たっぷりにおじい様は言う。

だけど、スティールはそれを認めたくないのか、

おじい様に食って掛かった。


「有り得ない。

私が情報を知り、ここに到着するまで、この建物はずっと見張らせていた。

ジュリエッタがここを出て行ける筈が無いんだ!」


するとスカーレットがすかさず反論する。


「残念ですね。

この建物は、少し細工が有り、隣の倉庫の建物と繋がっているのですよ。

ジュリエッタが住んでいた部屋は、

そちらの建物と行き来できるようになっています。

いえ、そちらの方が部屋の出入り口になっていますのよ。

信じられないのであれば御覧に入れましょうか?」


スカーレットはつらつらとそう言う。

でもせっかく秘密にしていた場所を、そう簡単に教えてしまってもいいのだろうか。

しかしスティールはその言葉を信じられないのか、

その通路とやらを見せてもらおうかと意気込んでいる。

やばい、まさか私の部屋にまで来ないでしょうね。

私はおじい様のお屋敷に向かったとなっているけれど、

部屋はそのまま、出かけた様子など一つも無いのだもの。

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