第21話 番外編/恋と指輪

結果から言おう。

結局私は逃がしてもらえなかった。

そのままジュエリーショップにドナドナされたのだ。

でも流石に、プレゼントにリングは勘弁してもらうつもり。


「でもね、君への最初のプレゼントが、小麦粉だなんて色気がなさすぎるだろう?

せめてもの記念に、もっと素敵なプレゼントを贈りたいんだ。」


何の記念ですか。

それに会って間もないおじ様に、そんな値の張る物を貰う筋では無いでしょう。

だから私は抵抗しまくった。

おじ様はジュエリーショップで、滅茶苦茶大きい石や、

物凄く青い色や赤い色が鮮やかな石を熱心に勧めてきましたけど。

兎に角メチャクチャ高そうな物は拒否した。

代わりに押し付けられたのは、先ほどの物よりも小ぶりな、

それでもとても高価そうな、ピンク色の石がはめ込まれた指輪だった。


「おじ様、ご厚意は有難いのですが、

さすがにこんなに高価な物はいただけません。」


「やだなぁ、愛する人へのプレゼントが、こんなちっちゃな石なんて、

私だって不本意なんだよ。

それを我慢したんだから、君だってそれなりにして?」


て、そんなに可愛く小首を傾げないで下さい。似合っていて怖いです。

それにしても、愛する人って私の事ですか?

その指輪を左手の薬指にはめようとしているのは、

そういう意味なんですか?

私はおじ様をじっと見つめた。


「おじ様…いいえ国王陛下。

あなたのそれは、本当の気持ちなんでしょうか。

もし気まぐれでされているのでしたら、すぐに眼を覚まして下さいませ。」


そう、私はただの平民、あなたの国の民。

国王陛下に逆らえるはずもない。

たとえ気まぐれの遊び相手だとしても断る事など出来ないでしょう。

でも私にも心は有る。

自分を守ろうとする気持ちが有る。

たとえ無駄な足掻きかもしれないけれど、抵抗ぐらいしてもいいでしょう?


するとおじ様は驚いたような顔をなさり、やがて泣きそうな顔をしながら、

私の方にゆっくりと近づいてきた。

それからまるで、壊れ物をそっと包むように私を抱きしめる。


「すまなかった。

私の態度が不誠実だったな。

…………

何から話したらいいのだろう。

こんな年寄りが今更だと思うだろうが、私は君を一目見た時から恋をしたんだ。」


そんな、おじ様は年寄りと言うにはまだまだです。

それに、その言葉の意味は……一目惚れと言う事でしょうか。


「だから君に会いたくて居ても立っても居られず、君の下に通った。」


最初は店のパンが気に入ったのかと思っていました。

でも、そのうち私もほんの少し、そうなのかもしれないと、

心のどこかで思っていたのかもしれない。

だって、おじさまにそう言われて、とても幸せな私が此処に居るのだもの。

でも、おじ様は国王陛下、この恋は絶対に実る筈の無い果実。

その事はちゃんと心得ているわ。


「おじ様、いえ国王陛下。あなたの言葉に嘘が有るとは思いません。

ですが、周りの皆様や色々な事で、この事が実現されるとは思えません。

ですからこの指輪はお受け取りする事は出来無いのです。

お許し下さい。」


するとおじ様は私の手を引いて、店の奥にあるソファに連れて行き、

座るように促した。


「ごめんね、ちゃんと向き合って話しておけばよかった。

そう、私は国王だった。

だけど今は息子に地位を譲り、私は隠居の身なんだよ。

それに多分知っていると思うけど、妻はかなり前に無くしている。

つまり、私達を阻むものはいないんだ。」


いえ、問題はそれだけでは無いんです。

あなたはお分かりにならないのでしょうか。

身分と言うものを。


「国王陛下、そうでは無いのです。

私は身分も無いただの平民です。

そんな女が陛下の目に留まったと言うだきでも奇跡なんです。

それを…指輪を送ると言う意味をご存じでしょうか。

もし貴族様の間では、そういう風習が無いのでしたら

出過ぎた話かもしれません。

しかし私達の間では、指輪を送る。

それも左手の薬指にはめてほしいと言う事は、

伴侶になってほしいと言う意味なんです。」


「私達の間でもそれは同じだ。

私は年甲斐もなく君に恋をし、出来れば君に妻になってほしいと思っているんだ。

君は……迷惑だろうか。」


そんな!迷惑だなんて!!

おじさまに打ち明けられた話に私はとても驚いたけれど、

その反面、とても嬉しくて胸がいっぱいになってしまった。

思わずおじ様の話をお受けしたいと思うほどに。

それからもおじ様は熱心に色々な説明を続け、

私を口説いた。

でも……。


「ありがとうございます。

陛下のお気持ちはしかとお聞きしました。

でも、やはりそれを受け取るには、身分が違いすぎます。

それでもなお、それを私のこの指にはめたいと仰るのなら、

どうか回りの方の了解を取って下さい。

もし皆様が私達の仲を認めて下さるのなら、私は喜んでその指輪を受け取ります。」


多分無理だろうと思うけれど、

おじ様を宥める為には、私はこう言うしかなかった。

だって、おじ様は延々と私を口説き続け、既に2時間近く経っているんですもの。

外には何やら、大勢の兵士が走り回っているんですもの。

此処に入ってこないのは、

私とおじ様がこんな所にいないと判断されているせいでしょう。

私としては、おじ様をさっさと連れて戻ってほしいぐらいだけれど、

此処に入ってこない以上、早くおじ様を解放しなければ大変な事になってしまう。

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