第8話 第二幕 開幕

「ジュリエッタ嬢、そなたはそれほどまでに……。

惜しい、惜しいぞ。

アンドレア、お前は何故に、このようにできたジュリエッタ嬢を蔑ろにしたのだ。

ジュリエッタ嬢のどこが気に入らなかったのだ!」


「そんな…、私はジュリエッタを愛…。」


「父上、今更そんな事を言われても手遅れです。

此処はジュリエッタ嬢の気持ちに沿えるよう、

さっさと書類を書かれてはいかがですか?」


アンドレア様の言葉を遮り、スティール様がそう言った。

相変わらずのスティール様ですこと。

アンドレア様の発言でややこしくなる前に、

手を打っていただいて助かりましたわ。


「お、おう、そうだな。

誰か、紙とペンをここに持て。」


すると、速やかにその場にテーブルと椅子が用意され、

王家専用の透かしの入った紙と、金色のペンがそこに乗せられた。


国王陛下は、どっしりと椅子に腰かけ、時々考えながらペンを走らせる。


「さて、ジュリエッタ嬢、これで宜しいかな?」


そう言って一枚の紙を私に差し出した。

私はそれをじっくりチェックし、

確かに何の不備も無い事を確かめ、ニッコリ笑う。


「はい、確かに。

おめでとうございます。

アンドレア王太子殿下並びにミレニア男爵令嬢様。

これで晴れてお二人は婚約者同士。本当にようございました。」


茫然とこちらを眺めているアンドレア様と、

幸せ絶頂のミレニア様。


「では、ジュリエッタ嬢…。約束通り、そなたも認めてもらえるか?」


「ええ、分かっておりますわ。」


私は国王陛下の退かれた椅子に腰かけ、ペンを取った。


サラサラサラ…と。

さっ、書けたわ。

私はそれを仰々しく国王陛下に渡した。


陛下はそれをざっと読み、晴れ晴れとした顔で笑っている。

ようございましたわね、国王陛下。

これで我が国は安泰と安堵しているのでしょう?

でも、本当にそれでよろしいのですか?

私は”グレゴリー帝国のエトワール伯爵であるお祖父様の屋敷に行かない。”

と書いたのですよ?

私が逆の立場でしたら、

ただ一言”グレゴリー帝国に行かない。”としますけどね。

まあ、あなたがそれで喜んでいらっしゃるので、

二人の利害が一致したと言う事で、

めでたしめでたしとしましょう。



確かに私は王太子妃にはなれませんでしたが、

元々そんな面倒くさいもの、まっぴらごめんですわ。

私は晴れて、アンドレア様から逃げられたのよ。

おまけにこの顛末は多く人が見ていたから、

誰も私の事は笑いものにしないはず。

だって、一連の出来事を見ていた方にとって、

私は悲劇の主人公的立場だもの。



さて、では第二幕目と参りましょう。



「国王陛下、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか。」


「おうおう、何かわしに用でもあるのか?ジュリエッタ嬢。」


国王陛下はニコニコと満面の笑みで問い返した。

ええ、ございますのよ、大切な事が。


「私は幼少の頃から、スティール様とご一緒させて頂きました。

来年からは国政にも携わるとの事。

一言、お祝を申し上げたくて……。」


「それは…そなたは本当に他人の事ばかりなのだな……。」


それは違いますわ。私は自分が可愛いのです。

ですから此処からは、ちょっとした復讐。


「スティール様は、とても利発で賢こくていらしゃる。

ご存じですか?

スティール様は机の上の学問だけでは、真の国民の事は分からないと仰って、

幼い頃から町に出て、民の生活をご覧になって来た事を。」


「そ、それはまことか?」


「はい、私は見て参りました。

街をご自分の足で歩かれ、その状況を把握し、

物価などを調査しておりました。

その上、明日の国を背負って立つ、

町の子供の様子まで気に掛けていらっしゃいました。」


まあ単に、買い食いしたり、同じ年代の子供達と走り回っていたのですけどね。

それでもアンドレア様よりは、よっぽど国の情勢を知っていると思いますよ。


「何と、スティールが……。」


「ええ、しかも勉学の方でもかなり優秀とお聞きしました。

私を蔑む事を生きがいにし、他の女性と浮名を流す方より、

よっぽど国王に相応しいのではと、私は常々…………。

いえっ、今の言葉はお忘れ下さい。

出過ぎた事を申しました。」


「ジュリエッタ嬢。

ふむ…。」



「お二人で何をこそこそなさっているんですか?」


そこに登場したのは、話の中心人物のスティール様


「いえ、来年から国政を手伝われるスティール様の、

その成長ぶりを、国王陛下とお話していましたの。

本当に立派になられて……。

そうそう、陛下。

殿下はとてもお優しいのですよ。

私が困っていても、知らぬ間に助けて下さるのです。

その優しさはきっと国民の為の良い力に、

惹いては国を引っ張って行かれる、強い力となる事でしょう。」


「やだな~、ジュリエッタの方がよっぽど優しいじゃないか。

おまけにとても強い。

いえ、父上、力が強いと言う意味では有りませんよ。

芯が強いと言うか、とても頼りになる人です。」


「何を仰いますか、私などまだまだ未熟者。

皆様を手本に、勉強しなければいけない事が、山のようにございます。」


スティール様ったら、子供のくせに生意気な事を言って……。

私にとってあなたは弟同然。

まだまだチビちゃん………、あ…あらら……?

いつの間に、目線が上の方に?

あんなに小さくてかわいらしかった子が、

いつの間にかこんなに大きくなって……。

私は感慨深く、ついその成長ぶりに見惚れてしまいました。



その時、国王陛下の目がギラリと光ったのを、

私はウッカリ見逃してしまったのです。

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