架けた欠片《カケタカケラ》
高遠 そら
Day1-出会い
幸せの
―作:彼方 菜穂 (KANATA NAHO)
しあわせのかけら より
―――――――――
昨年、女でひとつで私を育ててくれた母が亡くなり、親戚付き合いもなかった私は、とうとう独りになった。
幸いにも僅かではあるが、高校から付き合いのある友人がいた。しかしその子たちもひとり、ふたりと結婚していき、ついに独身は私独りだけになってしまった。
かといって特に仕事に精を出しているわけでも、他にやりたいことがあるわけでもない。
最近は何が楽しくて生きているのかも、
何を楽しみに生きていけばいいのかもわからなくなっていた。
―いっそ、事故にでも巻き込まれて死んでしまえば。
そうぼんやりと考えていると、突然自分の右側から激しいクラクションの音が鳴り響く。
はっ、と顔をあげたときには、ときすでに遅く、いつの間にか赤信号を渡っていた私のすぐそばまで、ブレーキで止まりきれない車が勢いそのままに迫っていた。
―ぶつかる。
そう思った瞬間、反射的にしゃがみこもうとした私の身体は中途半端な体制そのままに道路へと投げ出されていた。
――――――――――
確かに目の前にはコンクリートの道路があり、衝撃によって擦りむいた手のひらと膝はヒリヒリと痛む。
がしかし、思っていたほどの衝撃はなかった。意識もしっかりしているし、目もはっきり見えている。なんなら、そのまま立ち上がることもできたぐらいだ。
―よかった。ギリギリのところで車が止まったんだ。
そうほっと一息つくと、急に辺りの音が流れ込んでくる。
"おいっ!!大丈夫か!"
となんども叫ぶ男の声や
"救急車だ、救急車!救急車を誰か呼んでくれ!"
そう慌てる声。
周りに集まる人の数も増えてきて、なんだかすごく騒がしい。
―私はこんなにピンピンしているのに、そんなに騒がなくても。
そう思って後ろを振り返ると、そこには車に轢かれて血を流す小さな女の子が倒れていた。
そこから数時間の記憶が定かでない。
気がついたときには病院にいて、ベッドの上で横たわる彼女のそばに立っていた。
私を庇って轢かれ、意識不明になった小さな女の子のそばに。
――――――――――
警察の話によると、彼女は身元を示すようなものやスマートフォンはもちろん、鞄などの持ち物も1つももっていなかったため、彼女がどこの誰なのか、まだわかっていないと言うことだった。
さらに妙なことに、彼女を轢いた車を運転していた運転手は、赤信号を渡っていたのは私だけで、小さな女の子はぶつかるその瞬間まで居なかったと言っているという。
状況的にはどう考えても私を突き飛ばして助けたために轢かれたことに間違いはないようだから、変な話だと警察官は言っていた。
"事故現場での情報収集も行っていますが、鷹野さんも彼女のことを見たことがないか、もう一度顔を確認してもらえますか"
そう言われ今私は彼女の側に立っていた。
ただ、私の代わりに轢かれたことに、心の底から申し訳ない気持ちでいっぱいでなかなか顔が見られなかった。
何度か"彼女のためにもはやくご両親を見つけてあげたいのでお願いします"と警察官に言われ、ようやく彼女の顔を見ることができた。
意を決してそっと顔を見ると、思っていたよりも苦しそうな顔はしておらず、何より顔には傷ひとつついていなかったことにほんの少しほっとする。
そして今度は彼女が私の知っている子か、見かけたことがある子なのか確かめるために、じっくりと彼女の顔を見た。
―
彼女の顔を見て思わず私はそう呟いていた。
すぐさま、側にいた警察官に"知っているのか"と聞かれたが、咄嗟に
―いえ、遠い親戚の子に似ていたので思わずその子の名前を言ってしまっただけです。
そう嘘をついていた。
――――――――――
妙な顔をしつつも一応は私の嘘に納得した警察官は"何かわかりましたらご連絡ください"と言って病院から引き上げていった。
いっそう静けさを増した病室のなか、私は、警察官に嘘をついたことと見知った彼女の顔に心臓が口から出るのではないかというほどドキドキしていた。
そして、もう一度彼女の顔を見る。
―やっぱり、美与ちゃんだよね。
彼女の顔をもう一度確認すると、そう誰に聞かせるわけでもなく、呟いていた。
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