第250話「家族といっても難しいものだな。」
出張から帰ってきたら、妹がメイド服を着て働いていた。
聖竜領においてメイドは珍しい存在じゃない。リーラを慕って集まったメイド島の凄腕メイドが今では二〇人近く在籍している。彼女達は領内各所で仕事に勤しんでおり、俺もなにかと世話になっている。
メイド島では序列があるらしく、自分好みの色のついたメイド服を着れるのは一部の本当に優秀なものだけらしい。聖竜領では戦闘メイドであるリーラとマルティナが、それぞれ赤と緑を基調とした専用の服を仕立てている。
それらの知識から見れば、アイノが来ているのは他のメイド達と同様の白黒を基調とした落ちついたデザインのものだ。頭にヘッドドレスはつけていないが、良く似合っている。
「アイノさん、メイドになることにしたですか?」
俺ほどではないが、驚いた様子のドーレスが問いかけると、アイノは困ったような笑みを浮かべた。
「色々とお手伝いしているうちに、屋敷のメイドさん達と仲良くなって。なんというか、仕事着代わりにってことで着ることになっちゃって。一度着てみたかったから」
そうか。着てみたかったのか。それは仕方ないな。アイノも女性だから、服装に対して思うところがあるのだろう。
「着慣れた様子から一度という感じに見えないんだが。袖やボタンの様子、着こなしでわかるぞ」
危うく納得しかけたが、なんとか踏みとどまった。今のアイノからは「試しにメイド服を着てみました」なんて様子は感じられない。明らかに日常的に着ている者の姿だ。服自体、新品ではなく、何度か洗濯したり、それなりに動いた形跡がある。
「妹の服の着方だけでそこまでわかるの、ちょっと恐いわね……」
サンドラが小声でそんなことを言うのが聞こえたが、俺は無視した。状況説明、それをしてもらいたい。
「それについては、私から説明いたしましょう。なにを隠そう、アイノ様にメイド服を着るのを進めたのは私なのですから」
なにやら堂々とした様子で前に出て来たのはリーラだった。なるほど、彼女が主犯か。
「兄さん、そんな目でリーラさんを見ないで。これは私から頼んだことでもあるから」
「すまない。ちょっと想定外のことが起こったんでな」
咎めるような口調で言ってきたアイノに反射的に謝る。リーラが原因だと知って、謎の不安に駆られてちょっと本気になってしまった。この戦闘メイドは主君のこと以外では割と普通なのだ。
「アルマス様達が出発した後、聖竜領ではいつも通り土木作業と農作業の日々が始まりました。毎年のことですが、忙しい時期です。アイノ様はアルマス様がいない穴を埋めようと、大きく力を貸してくれました」
「それは聞いている。あまり無理をしてないか心配だったんだが」
俺の代わりというと、ゴーレム製造などを始める魔力補充が中心になる。魔法陣はロイ先生達が作ってくれるから魔力を補充するだけとはいえ、魔法を覚えて間もないアイノには負担だったろう。
「さすがにわたし達もアルマス並に働いてもらおうなんて思ってないわ。だから、仕事や体調の管理をするために、屋敷のメイドを補佐としてつけるようにしたの」
返答したのはサンドラだった。ちゃんと妹の体調を気遣った対応をしてくれているのは嬉しい。自分で言うのもなんだが、俺は人間じゃ無いことを生かして無茶な仕事をすることがある。あれを真似されては困る。
「聖竜領の東へ西へ、時にはクアリアへ。合間の稽古や勉強、更に農作業も挟みつつアイノ様がメイド達と過ごすうちに、非常に親密になっていき……最終的にアイノ様もメイド服を着ることになったのです」
「その説明だとメイドが感染したみたいで恐いんだが」
なんで大事そうなところを省くんだ。メイド服を着る決定的な理由っぽいところだけ飛ばしたぞ。
「メイド島のメイド服は丈夫で動きやすいから、アイノさんにも着て貰おうってことになったのよ。アイノさんに新しい服を仕立てるより早かったし、メイド島のことにも興味があったみたいだしね」
苦笑しながらサンドラが付け加えてくれた。
しかしなるほど、作業服か。それに、アイノがリーラはじめ戦闘メイドにちょっとした憧れめいたものを覚えているのは俺も把握している。聖竜領のメイド達と仲良くなるというのは、勉強の一環ということで良いことかもしれない。
「メイドさん達と仲良くなったおかげで、色んな話が聞けて嬉しいわ。皆、色んなところから来ているから、知らないことばかりで」
「理解した。色々と気を使ってくれたようで感謝する。アイノの方が納得しているなら、構わない」
アイノが楽しそうに言ったので、俺としては全面的に受け入れるしかない。この流れのまま、メイド島に勉強に行くとか急に言い出さないか心配だが、それはそれだ。
「ありがとう兄さん。驚かせてごめんなさい。でも、おかげで楽しく働けているのよ」
ほっとした様子で笑みを浮かべながら言うリーラの姿は、今日までの日々が充実していたことを暗に伝えてくるようだった。
案外、俺がいないことが妹にとって良かったのかもしれない。
家族といっても難しいものだな。
「そうだ、忘れてた」
ふと、慌てた様子でアイノが言った。
俺が怪訝な顔をする中、メイド服姿のアイノは居住まいを正し、丁寧に一礼、
「おかえりなさい。兄さん」
朗らかな笑顔を受かべ、そう一言、言ってくれた。
「ああ、ただいま、アイノ」
想定外のことはあったが、ようやく家に帰ってきた実感と共に俺も短くそう返すのだった。
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