第225話「俺目掛けて指さして力説する皇帝。」
聖竜領の地面にほんの少し雪が積もり、すぐに溶けた冬の日。
イグリア帝国皇帝クレストが来訪した。
降った雪が溶ける比較的暖かい日の出迎えというのはなかなか爽やかな気分だ。レール馬車の終点である発着場から見える冬の景色は悪くない。
出迎えに集まったのはサンドラ主従に俺とアイノ、それとマイアだ。他の者はそれぞれの仕事にあたってもらっている。時刻は昼過ぎ。やってきた皇帝は休憩して、本格的な仕事は明日からだろうしな。
「到着のようだな」
クアリアからの連絡通り、レール馬車が三台ほど連なってこちらにやってきた。
今回は人数が多い。皇帝とサンドラの父が仕事をする関係だろうか。
馬車が停車して、先頭の車両の扉がゆっくりと開く。
「久しぶり。余が来たよー」
気軽な声と共に、小柄な種族不明の女性が飛び出してきた。
仕立ての良い冬の装いに身を包んだ皇帝クレストだ。
「お久しぶりです、皇帝陛下。ご機嫌麗しゅう」
俺とアイノ以外の面々が膝をついて挨拶をする。
それを満面の笑みで見たクレストが、手で立ち上がるように合図して、再び口を開いた。
「うん。皆さん元気そうでなによりね。サンドラ、賢者アルマス。今年もよろしくね」
軽い態度に語る国家の最高権力者だが、これで剣も魔法も情報にも強いという人物だ。こちらに明確な害意がないとわかっていても、サンドラが緊張するのはよくわかる。
「……久しぶりだな、サンドラ。アルマス殿」
続いて二番目の馬車から出てきたのは痩せた中年男性。サンドラの父ヘレウスだ。身なりは良いのだが、どこか疲れた風体に見えるのは、日頃の激務のせいだろう。
「おひさしぶりです、お父様」
「久しぶりだな。疲れているようだ、ゆっくり休むといい」
「ありがとう。そうさせてもらう」
サンドラが少しぶっきらぼうな挨拶をしたのだが、特に気にした様子もなくヘレウスが言った。心なしか、娘を見た瞬間表情が明るくなったように思える。会うのを楽しみにしていたのだろうな。娘の方はまだ苦手意識が残っているようだが、まあなんとかなるだろう。
「陛下、この後は屋敷でお休みになるご予定でよろしいですか?」
「うん。積んできた仕事道具を運び込んでもらって、こっちで作業できるようにするわ。今日はその準備と長距離移動の休憩。本番は明日からね」
「魔法伯から聞いておりますが、氷結山脈と南部の視察が主体ということですね」
「うんうん。それと、ハリア君ね。帰りはクアリアまで彼に送ってもらうってことでいいわよね? 人間運んだこと、こっちまで情報来てるのよ」
ヘレウスの方を見るとわずかに頷いた。当然、この程度の情報はいっているということだ。
「移動の際には俺も同行させてもらう。それが条件だな」
「もちろん。了承よ。むしろ賢者アルマスと一緒にいられるのが楽しみね。空からの景色、楽しみー」
すでに対応については検討済みだったので話をすると、皇帝は満足気に頷きつつ笑った。
「よし、挨拶は終わりね。荷物の運び込みとか、もろもろよろしくね、ヘレウス。それと……」
横で頷き早速仕事を始めるヘレウスを気にせず、クレストはこちらを真っ直ぐに見た。
視線の先は俺ではない、アイノだ。
「貴方が賢者アルマスの妹ね。はじめまして、名前を教えてくれる?」
「アイノ・ウィフネンです。はじめまして、皇帝陛下……」
「あ、怯えなくていいよ。貴方は賢者アルマスの身内だから、特別なのよね。それに、余は偉そうにしてるけど、元はそんなに偉かったわけじゃないしね」
「あ、聞いたことあります。旅人だったって」
「そう。貴方とお兄さんと一緒だよ。それもあって会うの楽しみにしてたんだ。昔のこと、話せる人って貴重だからね」
「クレスト皇帝、アイノになにか用件があるのか?」
皇帝がアイノになにかしら接触することは予想していたが、ここまで積極的に話しかけるとは思わなかった。サンドラを見ると、戸惑った様子。アイノも同様だ。
「用件もなにも、今言ったとおりよ。話し相手が欲しいの。臣下ではなく、昔の話ができる相手がね。だから、滞在中、妹さんが同行してくれると余は嬉しいな」
「なんだと……」
皇帝滞在中、アイノが常に同行だと。これは負担が大きくないか?
「前もって言っておくが。アイノはただの町娘だ。礼儀作法はしっかり納めていないし、政治の話も無理だ。世間話くらいしかできないぞ」
「それがいいのよ。イグリア帝国皇帝に足りないもの、それは他愛のない世間話なのよ!」
俺目掛けて指さして力説する皇帝。やや後ろに控えるヘレウスを見ると、有能な男はゆっくりと頷いた。
偉くなると話し相手がいなくなって、孤独になるというが、ここも同じということか。
「アイノ、やろうと思えば拒否できるんだが」
そう言うとサンドラが一瞬だけ顔をしかめた。わざわざ皇帝の目の前ではっきり言うなということだろうが、ここは妹が最優先だ。
「世間話くらいなら何とかなると思う。ご迷惑にならない範囲で良ければ……」
ここで拒否するという選択はできそうにないということはわかっているようだ。
「俺も同行しよう。それが条件で良いだろうか」
「もちろん。賑やかなのはいいことだわ!」
こうして、皇帝滞在中は俺達兄妹が同行することが決定した。
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