第197話「初めての地に来たら情報収集。戦時でなくても俺の行動方針は基本それだ。」

 山の中に作り上げられた城塞。ドワーフ王国を見た最初の印象はそんな感じだった。

 ドワーフ達の国は山をくりぬいたその中に作り上げられている。

 

 山腹を大工事で改造された入り口は石造りの重厚な城が山から生えているような見た目をしている。入り口には馬車が五台は並んで入りそうな広さがあり、開かれた巨大な鉄の扉がここが鉄と親しい種族の場所であることを示しているようだ。


 向こうに広がる地下王国へ誘う生物の口を思わせる巨大な入り口を前に、感慨深く俺達は立っていた。

 

 聖竜領を出て五日目。久しぶりの旅は順調で、一向に怪我人は一人も居ない。最近運動不足だったらしいサンドラは疲れが見えていたのでちょうど良い到着だ。


「うむ。素晴らしい速さで到着しましたのう。お待ちください。すぐに準備を整えて、皆さんには休んでもらうとするのじゃ」


「ディリン、国王との面会は……」


「わかっておる。明日以降にするように取りはからうのじゃ。疲労もあるし、女人の多い旅じゃったからな」


「お気遣いありがとうございます」


 リーラに軽く支えられながら立っていたサンドラが、安心したように頭を下げた。


「眷属印のハーブや魔法草を持って来ておりますので、後で使いましょう」


「お願い。さすがに五日間、山の中を歩くのは堪えたわ」


「サンドラ様はよく頑張りました! 私の想像では途中で何日か休憩を挟むと思っておりましたから!」


「執務の合間に体を動かすようにはしていたのが良かったかしら」


 そういえば、最近運動不足だとぼやいていたな。対策をちゃんととっているのが彼女らしい。


「とりえあずは風呂と食事と寝床じゃな。客人を泥だらけのままにしておくのはドワーフ王国の沽券にかかわる。早速話をつけてくるのじゃ」


 入り口の横に並んでいるドワーフの兵士達、その中でも高そうな装備を身につけているものに向かって、まっすぐディリンが向かっていく。


「さて、ここからが本番だな」


「そうね。ある意味山越えよりも緊張するかも」


 外套についた汚れを払いながら言うサンドラは、言葉ほど緊張しているようには見えない。場数を踏んで度胸がついたのかもしれない。


「それはそれとして、まずはお風呂に入って着替えたいの。さすがに気になるから」


「アルマス様、あまりお嬢様に近づかないでください」


 今更だが自分の状態が気になったらしいサンドラから俺は少しだけ離れた。五日間、風呂所か水浴びもできてないからな。魔法でお湯を作って布で体を拭くくらいはしていたけれど。

 まあ、これだけ元気ならば、大丈夫だろう。


 その事実に安心しながら、俺はディリンの方に向かって歩みを進めた。残りの三人も着いてくる。


 熱烈な歓迎も、拒絶もなく、俺達はドワーフ王国に穏やかな感じで入国した。


○○○


 ドワーフ王国の内部は思ったより明るかった。

 天井に輝く巨大な明かりの魔法具と各所で焚かれる篝火を始めとした照明。空気の流れを上手く考えた構造なのか、地面の中に広がる空間だというのに息苦しい感じはしない。


 どこも天井が高く圧迫感がないが、その辺りも関係しているのだろうか。


 そんなことを考えながら、俺はドワーフ王国の王宮内の通路を歩いていた。

 あのあと、ディリンが持ち前の立場を発揮して、俺達は賓客として出迎えられた。

 洞窟内にわざわざ平地を儲けて別の建物として作られたドワーフ王宮に案内され、そこに部屋をあてがわれ、一息つけたというところだ。


 サンドラとリーラは部屋で休息。マイアは王宮を飛び出して散策。そんな感じで一人になったので、俺は王宮内を歩いてみることにした。


 石造りの王宮は思った以上に荘厳で、歩きやすい。わざわざ遠くから取り寄せたという石材に歴代のドワーフが技術を注ぎ込んだ意匠の数々がそこかしこに見ることができる。


『これはなかなか、歩くだけで楽しいのう』


『聖竜様も見ていたんですか。地下にこれだけのものを築くのは凄いものですね』


『うむ。ところでアルマスよ、入り口付近に色々と店が建ち並んでおったようじゃ。土産をたのむぞい』


『さすが、よく見てますね。ドワーフの作る食べ物は味付けが濃かったり極端な印象があるんですが、大丈夫ですか?』


『なんの。そういうのもまた良しじゃ。トゥルーズの作る繊細な料理も、素材を生かした豪快な料理もどっちも好きじゃぞ。ワシは。あ、菓子も頼むぞい』


 近いながらやってきたのは外国だ。聖竜様の要求がいつもより激しい。

 ドワーフ王国は構造の関係か、外部に接している入り口付近に料理関係の店が多いと聞いた。あとでそちらを回って土産物に目星をつけておこう。帰りはハリアの空輸だ、ちょっとくらい多めに買っても平気だろう。


 とはいえ、今大事なのは王宮内の散策である。ちゃんと目的地もあるが、歴史を重ね増築された建物はなかなか広い。その上初めての場所では勘も働かない。


「曲がり角に石造りの酒樽……ここだな」


 ようやく目当ての場所を見つけて安心する。広めの通路の片隅に石で出来た小さな酒樽が積み重なっている。王宮内で少し奥まった場所であるこの先には、特別な施設があると聞いている。


 角を曲がり、少し進むと行き止まり。ただ、そこにあったのは壁ではなくドアだ。頑丈そうな木製のドアの横には開店中を示す蝋燭が一本立っていた。


 俺はドアを開け、ゆっくりと室内に入る。

 とたんに全身を包んだのは食べ物と酒の臭いだ。肉類が多いようで食欲をそそる臭いが押し寄せてくる。


 店内には広い感覚でテーブルが置かれ、そこかしこでドワーフ達が静かに食事をしている。心なしか、年齢層は高めに見えた。

 

 ここは王宮内に設けられた特別な酒場だ。そう決まっているいるわけではないが、王宮務めが長かったり身分が高い者がよく集まる場所だと聞いている。


「おう。来たようじゃな、アルマス殿。まあ、こちらに座るのじゃ」


 この五日間で聞き慣れた声が、横から聞こえてきた。

 見れば、ディリンが二人ほどの仲間と一緒に座っていた。テーブル上にはジョッキと少量のつまみ。ちょうど一息いれ始めたところらしい。


「ありがとう。せっかくだから顔を出してみたよ」


「アルマス殿は疲れておらんようじゃったからな、来ると思っておったよ」


 言葉と共に着席を促され、俺は他より足が眺めに作られている椅子に腰掛ける。ドワーフ用ではなく、人間用の椅子をちゃんと用意してくれていたようだ。


「さて、珍しい客も来たことだし、楽しく飲むとするかのう」


 そう言いながら、ディレンはジョッキを一気に煽った。

 

 初めての地に来たら情報収集。戦時でなくても俺の行動方針は基本それだ。

 

 この酒場でのやりとりで、国王との良い交渉材料が手に入るといい。


 そんなことを考えながら、俺は酒場のメニューで特に美味そうなものから順番に注文するのだった。

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