第180話「いきなり恐いことを言いだした。」

 第一副帝が来ていることもあり、俺は屋敷に泊まった。客人が来たときは恒例だ。

 俺のために用意されている部屋で寝起きし、朝食をいただき、視察に同行する。いつもの手順である。

 ただ、今回は第一副帝とリリアのことが気になる。少し早起きして、リリアの様子を見にいこうかと屋敷の外に出てみた。

 酒場で飲んだくれたリリアはそのままスティーナの家に泊まるはずだ。現状を確認して、連れてこれそうならば視察に同行させよう。

 

 そう思って歩みを進めると、白黒のメイド服が屋敷に向かってきているのに気づいた。

 いつもサンドラの事務仕事を手伝っている眼鏡のメイド。向こうも俺に気づいていたらしく、目の前に来ると丁寧な仕草で頭を下げてきた。


「おはようございます。アルマス様」


「おはよう。朝から何か用件でもあったのか?」


「はい。サンドラ様からリリア様の様子を見ておくように仰せつかっておりましたので」


 ほっこりと笑顔を浮かべながらメイドはそう告げた。なるほど。考えていることは一緒というわけだ。


「それで、リリアはどうだった?」


「…………」


 打って変わって沈痛な表情で首を横に振る眼鏡のメイド。それだけで、スティーナ宅の様子がうかがい知れる。


「……そんなに酷かったのか?」


「恐らく、しばらく起きないかと思います」


 リリアはともかくスティーナは工房の仕事は大丈夫なんだろうか。下手をすれば午前は臨時休業だ。


「ルゼに頼んで薬を持っていってもらったほうが良いかも知れないな。リリアと第一副帝は早めに話をさせた方が良さそうに見えたのだが」


「そうですね。サンドラ様にも相談してみます」


「手間をかけるな。手伝えることがあったら言ってくれ」


「ありがとうございます。とりあえず、朝食の席にいらしてくれると助かると思います」


 これは第一副帝とサンドラの話にまずそうなことがあったら助け船を出して欲しいということだろう。


「承知した。うっかり食堂で先に食べないように気を付けよう」


 この時間帯、すでにトゥルーズは朝食の準備中だ。行けば適当なものを食べさせてくれて、それが案外美味しかったり珍しかったりするのである。


「宜しくお願い致します」


 もう一度丁寧なお辞儀を受けてから、俺は屋敷の中へ入った。


○○○


 朝食は問題なく終わり、そのまま流れで視察が始まった。

 今日の第一副帝ユーマはとても元気だ。朝食も沢山食べてトゥルーズの料理を滅茶苦茶褒めていた。


「ふぅ、今日は爽やかな天気だな……」


「いや、昨日と同じで普通に晴れだが」


 しかも夏なのでこれから昼に向けてどんどん暑くなる。


「そうか。やはりちゃんと眠れると全てが違うものだ。料理も久しぶりにちゃんと味わえた気がする」


 昨夜は彼が眠る前にルゼ特性のハーブティーを用意するなど色々と行動した甲斐があったようだ。


「視察に支障が無いようで何よりでした。この後は森に入ってエルフの里を見てもらいます。少し歩くことになりますが……」


「構わない。今日は歩きたい気分だ。ゴーレムを使った工事現場、レール馬車の敷設。噂通りだ。残念なのはゴーレムを使った工事技術が広く伝播しなそうなことだな」


「……魔力供給の問題だけはどうしようもないからな」


 さすがは第一副帝。体調が悪くとも、情報はちゃんと頭に入っているらしい。現状、俺のような存在がいない限り、ゴーレムを大量生産して労働力として使うのは難しい。


「大規模工事の時にアルマス殿を中心にクアリアと聖竜領の人々に出張してもらうことはできるかな?」


「……それは少し、難しいかと」


「今のところはな」


「もちろん、冗談だとも」


 俺達の答えを楽しそうに聞きながらノーマが笑った。冗談に聞こえない。考えてみれば、帝国内で大規模な公共事業が企画された時、俺やロイ先生が駆り出される展開はあるかもしれないな。あの皇帝ならそのくらいやりそうだ。


「正直、聖竜領が羨ましい。ここは出身も種族も関係なく上手く回っている。自分の領地は古い者と新しい者の諍いが絶えなくて苦労しているんだ」


「聖竜領は特別です。もともとアルマス以外の人が住んでいませんでしたし。人も少ないですから。中で争うほどの余裕もないだけです」


「謙遜することはない。領主として良くやっている、サンドラ・エクセリオ男爵」


「ありがとうございます」


 サンドラが褒められたところで、森に向かって出発となった。

 エルフ達によって整備された歩きやすい道を行きながら、雑談混じりの視察は続く。


「ところでアルマス殿。聖竜の石像に供え物をすると消えると報告にあったんだが」


「事実だ。聖竜様の領域に転送される。食べ物とか送ると喜ばれるぞ」


「それは良かった。いくつか贈り物があるので、後ほど案内してくれ」


『こいつ良い奴じゃのう』


『聖竜様、判断早すぎです』


 とはいえ少なくとも、聖竜領に対して害意がないと考えて良さそうだ。そちらは安心として、あとはリリアへのこだわりについてをどうにかしなければ。


「そういえば、ここに来る途中大工の工房らしきものが見えたな。そこからリリアさんの気配がしたんだが……」


 いきなり恐いことを言いだした。


「朝伝えたように、昨夜の深酒で眠っているそうだ」


「そうか。では、昼過ぎまで起きないな。昔からそうだった」


 なんだか遠い目をしながら言うノーマは少し嬉しそうだ。


「起きたら報告が来るようになっていますので、そちらはお待ちください」


「うむ。楽しみにするとしよう」


 厳かにそう言うと、第一副帝は楽しそうな足取りで俺達と共に行くのだった。

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