第170話「既に現場の人材確保と育成を同時におこなっていたとは、いつの間に」

「そう。第一副帝が来るのね」


 聖竜領の領主の館内の食堂でお茶を楽しむサンドラは、俺から話した情報に特に驚いた様子もなくそう言った。


「随分と落ち着いているな」


「すでに皇帝陛下に第二副帝、それにお父様まで来ているもの。いつか来ると思っていたわ」


 それもそうか。


「しかしまあ、誰も彼も向こうから来てくれるのは助かるな。来て報告しろと言われたら大変だ」


「そうね。イグリア帝国の重鎮は自分の目で確かめたがる人が多いわね。でも、六大竜とその眷属なんていう話を聞けば、報告じゃなくて直接見にいきたくなるものよ」


「それもそうだな……」


 自分で言うのもなんだが、わかる話だ。仮に俺が人間でどこかの組織に所属していれば、部下など使わずに自分から訪れるだろう。


「情報によれば第一副帝は夏くらいに来るそうだ。こちらとしてはどう出迎える?」


「いつも通りよ。普通に領内を見てもらって質問に答える。初めて来たなら、それだけで十分驚いて貰えるもの」


「ハリアの飛ぶ日を合わせておくということだな」


 俺の言葉にサンドラが頷く。


「多少はこの領らしさを見せないとね。あとはトゥルーズがやる気になっているからその時期の料理に期待できるかも」


 そう言って、カップを口に運びつつ、サンドラは厨房で働くトゥルーズを見た。

 

 彼女は一心不乱に調理をしていた。無言で忙しく厨房内を動き回っている。

 先ほどまでは静かにしていたのだが、今は声をかけるのも躊躇するくらいの気配をにじませている。


「第一副帝が来ると聞いて、盛り上がってしまったみたいなの」


「冬の成果を見せる時だからか……」


 以前、トゥルーズの料理を食べた皇帝の反応は今ひとつだった。それ以来、奮起して修行を重ねていたわけだが、ちょうど良い機会がやってきたと言うわけだ。


「ところで第一副帝というのはどんな人物なんだ?」


 クアリアで話を聞いた後、帝国内について書かれた本などを読んだが、第一皇帝の人となりまで記述されたものはなかった。戦場で大切なのは情報だ。これから来る相手のことは少しでも知っておきたい。


「結構苦労している人ね。第一副帝は帝国中央と南部を治めているのだけれど、そのうち南部は割と最近帝国の領地になった地域なの」


「地域ごとの格差や軋轢があると本に書いてあったな」


 俺の言葉に頷きつつ、サンドラは続ける。


「中央出身の父親と南部出身の母の間に生まれた方で、幼い頃から大切に育てられ、第一副帝になってからは板挟みになってひたすら調節役ね」


 聞いただけで胃が痛くなりそうな立ち位置の人物だ。


「それは……随分と苦労人のように聞こえるな」


「それで間違ってないと思うの。ここに来ることになったのが一番最後になったのも、多分、仕事が忙しくて都合がつかなかったからだと思う。少なくとも、皇帝陛下より先に来たいとは思っていたはず」


「すると、こちらに対する害意はないと考えていいだろうか?」


「悪い人だという印象はないわね。為政者としてやることはやるでしょうけれど、今の聖竜領は変に手出しできない立場だし」


 たしかに、皇帝と第二副帝から庇護を受けているに等しい聖竜領になにかしようとは普通は思わないだろう。


「では、安心して迎えるとしよう。あとは皇帝と第二副帝だな」


「皇帝陛下は今年は来るかはわからないわ。ドワーフ王国との交渉が長引いてるそうなの。第二副帝は秋頃でしょうね。お父様は冬に来たいと言っているけれど……」


 最後になってサンドラが言葉を濁した。第二副帝以外は予定がはっきりしていないらしい。

「この分だと毎年誰かしら国内の大物が来るようになるな」


「良いことだけれど、マノンをクアリアから戻せなくて困るの。こちらで色々と手伝って欲しいことがあるのに」


 軽く悩ましい表情を見せつつ、サンドラがカップを置く。すかさず、横にいたリーラが追加を注いだ。


「このまま規模が大きくなると、人手が足りないな」


「そうね。どうにかしないと私の仕事が増えてしまうわ」


 聖竜領の人の出入りは増え続けている。人材確保は今後の課題だな。

 そう思ったとき、食堂に見慣れないメイドが入ってきた。


「……なんだか、メイドが増えてないか?」

 

 俺の問いかけに、サンドラはあっさりと答えを返す。


「現場の人が少ないって困っていたら、リーラとマルティナが手配してくれたの。今後も増えそうだから、そのうち領内にメイドの養成所を作るかもしれないわ」


「そ、そうか。さすがだな」


 既に現場の人材確保と育成を同時におこなっていたとは、いつの間に。

 

「そのうち、メイドが特産品になったりしてな」


 思いがけない情報に驚いて、ついそんな言葉が口から出た。

 割と現実味のある話だと思う。

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