第154話「そうか。すでに経験済みだったか。」

 春の仕事の合間の時間、俺の姿は領主の屋敷前の畑にあった。

 屋敷前の畑も今年は少しだけ拡張され、アリアが試験的に新品種を作ることになっている。

 俺が呼び出されたのはその畑で、そこにはアリアと鍛冶屋のエルミアが一緒に居た。


 珍しい組み合わせだ。てっきり耕作用のゴーレムでも造るんだと思っていたんだが。


「わざわざお時間作ってもらってすいませんー」


「すいませんですだ。見て貰いたいものがあって」


「もしかして、魔剣絡みかな?」


「おお、さすがです。そのとおりですよー」


 俺の指摘にアリアは声を出して、エルミアは静かに驚いた。エルミアがわざわざ出向いている段階で、だいたいは魔剣が絡んでいると考えるのが自然だ。そうでなければ普段は鍛冶場から出てこないからな。


「今日アルマス様に見て貰いたいのはこの魔剣です-」


 そういって、アリアは腰の後ろに挿していた短剣を引き抜いた。

 柄が無ければスコップと見間違えそうな、刃の短い短剣だ。刃は研ぎ澄まされていて、太陽の下で鋭く輝いている。


「良い出来だな。大きさ的にも狭い場所での接近戦や、暗殺に向いていそうだ」


「そういう用途ではないんですよー」


「で、でも。正直、褒められたのは嬉しいですだ」


 俺の率直な感想にそれぞれの反応が返ってきた。昔の職業柄、どうしても武器を見ると用途と実用性を考えてします。


「それでどんな効果のある魔剣なんだ?」


「うふふ。見ててくださいー」


 とりあえず本題とばかりに質問すると、笑顔のままアリアがまだ耕されていない畑の区画に入っていく。


「えいっ」

 

 中心付近に辿り着くなり、勢いよく短剣を地面に突き刺した。


 すると、一瞬だけ剣の刺さった地面の周辺が光ると、辺りの地面が激しく隆起した。


「なるほど。大地……というか、地面を操る……いや、耕す機能か?」


 状況を見て俺は何度か言い直した。アリアが変化を起こしたのは畑一区画分もないくらいの狭い範囲。効果も地面の土が耕されたという程度で、大地を操ったというほどの魔力の変化は感じなかった。掘り返された地面からミミズとかが露出して、耕したという表現が一番しっくりくる。


「習作として大地に作用できる魔剣が作れないかと思ってやってみたら、こうなったですだ」


「凄く面白いくて便利なんですよー。こうやって耕したり、ある程度整地もできるんですー。範囲がちょっと狭いんですけれどねー」


 言いながら楽しそうにアリアは次々と地面の短剣を突き刺した。畑がどんどん形になっていく。


「アリア、あんまりやると疲れるぞ。魔剣は発動する瞬間に持ち主の魔力も少し使っているんだ」


 このままだと新しい区画全体に魔剣を使いそうなので慌てて教えた。すると、アリアが動きを止めて振り返った。


「はい。最初にエルミアさんに教えてもらって気を付けてますよー」


「アリアさん、仕事の合間に色々と魔剣を試してくれてただ。最初、ちょっと危なかったですだ」


 そうか。すでに経験済みだったか。


「面白い魔剣だが、聖竜領だとゴーレムでどうにかなるな」


「そうなんですよねー。でも、便利なのでありがたく使わせてもらいますー」


「いいのか? 素材は貴重なのを使ってるんじゃ無いのか?」


 俺がエルミアの方を見ると、彼女は軽く笑みを浮かべながら言う。


「練習で作ったものですし、使って貰う方が剣も喜ぶと思うですだ。それに、ロジェ様もマイア様からもどんどん腕を上げて欲しいって言われて素材を貰ってるですだ」


「そうか。あの二人がそういうなら問題ないな」


 帝国五剣のロジェと孫のマイア。二人はエルミアの魔剣造りのスポンサーのようなものだ。素材もどんどん送られているようだし、頑張って腕を上げて欲しい。


「頑張って、マイアさんに依頼されている魔剣を完成させたいですだ」


「もしかして、具体的な魔剣を依頼されているのか?」


 問いかけると、エルミアはちょっと困ったような顔をして言ってきた。


「それが……マイアさんの所望しているのは『アルマス様から一本取れるような魔剣』ですだ」


 なんだと。そんなことを考えていたのか。


「それ、現実的にできるんでしょうかー?」


 短剣を柄にしまいながらやってきたアリアが疑問を口にした。


「単純に、剣の腕なら今でもマイアの方が上だ。俺が人間の頃だったら、正面からでは勝ち目がないくらい彼女は強い」


 マイアは普通に強い。そして、俺は剣の使い手ではないし、元々正面から正々堂々とした戦い方をする魔法士でもない。彼女とやり合って負けないのは、人間を遙かに凌駕する竜の肉体があるからこそだ。


「なるほどー。でも、今のアルマス様は竜なんですよねー」


「まあな。残念ながら、ちょっと強い程度の魔剣では難しいと思う」


 マイアと始めて戦った時、彼女はそれなりに強力な魔剣を持っていた。多分、イグリア帝国にもそうない貴重なものだと思う。折ったけど。

 少なくとも、俺に迫るならあれより強力なもの、国に数本とか世界に名が知られている魔剣を用意する必要があると思う。


「や、やっぱりとんでもない依頼を受けてしまっただ。アルマス様が折った魔剣、ドワーフでも有名な名工の品ですだ」


 やはりか。


「エルミア、君が良い魔剣を作れるよう、応援するよ。マイアの目的はともかくな」


 俺がそう言うと、エルミアは小さく「がんばりますだ」と答えた。

 このドワーフの鍛冶師には頑張って欲しい。

 そして、マイアとはそのうちゆっくり話し合おうと思う。もしかして、あの一騎打ちのことをまだ根に持っているのだろうか。気になる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る