第136話「俺はついにここまで来たか、と軽く感慨にふけりつつ言う。」

 南部の視察も終わり、俺達は聖竜領への帰り道の馬車に中で揺られていた。

 南部までの道は俺が作ったストーンゴーレムによって踏み固められた地面だ。道として最低限に近く、乗り心地はあまり良くない。早めに人を手配して舗装をすべきだろう。

 不規則な振動を味わっていると、クロードが言っていたレールとやらの導入が楽しみになってきた。

 

 馬車の御者台にはリーラが座り、中には俺とサンドラ、クロードとヴァレリーがいる。揺れる車内では真面目な空気の中会話が展開されていた。

 内容は仕事についてではない。人生相談だ。


「つまり、ボクが思うにだね。君の父上は仕事に置いては優秀だし、部下に対して気配りも効く人なんだ。しかし、申し訳ない言い方になるが……日常生活となると嘘のように鈍くなる傾向があってだね」


「よくわかる話です。家族に対しても仕事目線でいてくれた方がいっそ良かったかもしれません」


「……サンドラ、父親に対して手厳しいわね」


「手厳しくもなります。母様がいる時もあんまり喋らなかったし、仕事についてのことだけ妙に饒舌になってはいましたけれど。それがまさか、仕事以外の人間関係が苦手だったなんて……」


「これはボク個人の見解であるから、かならずしも正解じゃないと言っておくよ」


「正解だと思います。皇帝陛下に気を遣わせるくらいですから」


「…………」


 聞いてのとおり、サンドラの父親についてである。クロードとヴァレリーは世代が近いこともあり、サンドラの父を良く知っているようだ。どうやらシュルビアが一報入れてくれていたらしく、今回の視察の合間合間に話をしてくれていた。


「ソフィアさんが生きている頃は上手く気を回してくれていたんだけれど。いなくなって、どうすればいいか、わからなくなったんでしょうね。それで慌てて新しい家庭を用意したのかもしれないわ」


「わたしは仕事の絡みもあって急いで再婚したんだと思っていました」


 ふくれっ面で言うサンドラに、クロードが苦笑しながら言う。


「それも少しはあるかもしれない。サンドラが成人するまで上手く育ててくれる環境を作ろうとしたんだと思うよ」


「正直、人選ミスだと思います」


 結果を見れば、家を乗っ取ろうとするとんでもない相手にひっかかってしまったわけだから、間違ってはいない。


「せめて、わたしになにか相談してくれれば……」


「その時のサンドラは十歳にもなっていないだろう? 流石にそれは難しいんじゃないか?」


「そうかもしれないけれど、娘の意向くらい探って欲しかったわ」


 俺の一言にため息を吐きつつ返すサンドラ。一連の話の中で父親に対する悪感情は取り除かれているようだが、胸中複雑というか、言いたいことは増えていそうだ。


「まあ、待っていればそのうち向こうから時間を作ってくるはずだ。その時にゆっくり話せばいいさ」


 魔法伯というのがどのくらい忙しいかは知らないが、帝都から聖竜領に来るなら親子でゆっくり話す時間くらい作るだろう。そこでわだかまりがある程度解決するのを期待しよう。


「アルマス、なんだか他人事ね」


「正直、他人だからな。これ以上は助言も手伝いもできない」


 サンドラが父親と和解することを望んではいるが、こればかりは本人達で解決してもらうしかない。


「……………」


 気づけば、サンドラがこちらを半眼でにらんでいた。


「そんな目をされても困る。できる限りのことはしたいとは思っているよ」


「いえ、なんとかアルマスをこの件に巻き込めないか考えていたの」


「もう十分巻き込まれていると思うんだが……」


 それこそ、サンドラ達が聖竜の森にやってきた時から、俺はこの騒動に関わっているとも言える。特に迷惑だとは思っていないが。


「シュルビア達も心配していたからね。気になることがあれば東都に手紙を送ってくれていいよ」


「仕事以外のことでもお手伝い頂き、ありがとうございます」


 場を取り繕うようにクロードが明るく言うと、サンドラは丁寧に一礼した。


 考えてみれば、仕事以外の人間関係が苦手というのはサンドラも同じだ。案外似た者親子なのかもしれないな。


 そんなことを思ったが、口に出すと怒られそうなので俺は大人しく馬車の揺れに身を任せた。


○○○


「サンドラ、アルマス様。相談があります」


 馬車が聖竜領の屋敷に着くと、畑でアリアとなにか話していたスルホが一礼するなりそんなことを言ってきた。


 クロードの来訪に合わせてスルホとシュルビアも聖竜領にやって来ている。二人は南部の視察には同行せず、領内のあれこれを見て回っていた。聖竜領とクアリアの関係は深く、今後の予定を決める上でも必要なことだそうだ。


「どうしたんだ、そんなに慌てて」


 スルホは彼らしくない様子だった。興奮しているといってもいい。


「スルホ兄様、良ければ中で……」


「いや、ここでいいよ。ちょっとした発見なんだ。アリアさんと確認して間違いないということになったんだけどね。どうも、聖竜領の麦はクアリアよりも品質と収穫量が多いらしい」


「アルマス、それは聖竜様のご加護かしら?」


 スルホの言葉に驚いたサンドラがこちらを見る。


「……恐らくそうだ。この辺りの農地も弱いながらも竜脈の影響を受けているし。土地としては聖竜様の領域だからな」


「やはりそうなのですね。実は、クアリアも昔から他の地域に比べて農作物が多く獲れるのです。そのクアリアよりも聖竜領は実りが多い」


「もしかしたら、クアリアも聖竜様の影響があるのかも……。地図上だと隣なわけだし」


「あり得る話だ。眷属である俺ですら、農作物に影響を与える。世界の創造主である聖竜様ともなればもっと広範囲に影響があってもおかしくない」


 二人の推測を肯定しつつ、俺は聖竜様に問いかける。


『で、実際のところ、どうなんですか?』


『あー、うん。たしかにあるかもしれんな。ワシくらいの存在になると無意識に相当な影響力をふりまいちゃうからのう』


 なんか凄く雑な解答が返ってきた。聖竜様からすれば意識外のことだから仕方ないか。ただいるだけで環境に影響を与えているだけだ。


「可能性は高いと仰っている。クアリアでも東側、聖竜領寄りの方が収穫が多いとかはあるのか?」


「たしか、若干ですがあったはずです。戻り次第詳しく検証しましょう。それとお願いがあるのですが、今回獲れた麦のクアリアでも試験的に栽培しても良いでしょうか?」


 なるほどな。聖竜領で育つことで麦そのものに変化があるかも検証すると言うことか。


「俺は構わないが、サンドラはどう思う?」


「良いけれど。小さな畑で秘密の実験でお願いしたいかな。もしかしたら、新品種になるかもしれないから」


「わかった。そこは慎重にやろう。信用してくれていいさ」


 クアリアは農耕で発展した地域だ、品種改良を密かにやる方法や、外部に漏らさない方法に長けているだろう。


「もし聖竜領で育った麦が新品種ということになったら、聖竜麦といった名前がつくかもしれませんね」


「そうなったら、聖竜様はお喜びになるだろうな」


 先日の火竜への対抗心を思い出しつつ俺が言うと、サンドラが横から口を挟んできた。


「なんだか、聖竜領とクアリアでしか育たなそうな品種になりそうだけれど。……それはそれで高い価値になるからいいかしら?」


『ワシの加護のある土地でしか育たない特別な品種。それはそれでいいかもしれんのう……』


 俺の脳裏に、満足気な様子の聖竜様の声が響いた。


○○○


 その後も順調に日々は過ぎ、聖竜領に二度目の収穫祭の日がやってきた。

 昨年よりも人が増え、今年は第二副帝とクアリア領主夫妻という豪華な来賓までいる。


 クロードはこの日のための外套を事前にしつらえてやってきていた。もちろん、ヴァレリーと娘夫妻の分も含めてだ。昨年、聖竜様の像が光ったり色々起きたから、それを楽しみにしているのだろう。

 

 そんな第二副帝は大人しく広場で最前列で並んでいる。

 聖竜領の収穫祭は相変わらず質素なものだ。広場には皆で作った料理と酒が並び、宴の用意がされている。後はサンドラが今年の収穫物を聖竜様に献上すれば儀式は終わりだ。


「……サンドラ様、これを」


 収穫祭用の衣服を着たサンドラに、トゥルーズが丸いパンの詰まった籠を渡す。出来たてでまだ熱が残っている聖竜領産の麦によるパンである。

 今年初めて収穫された麦で作られたパンはまだ誰も食べていない。


「いい匂いね……。では、マノン。いきましょう」


「はい。サンドラ様」


 同じく野菜が詰まった籠を持ったマノンが笑顔で頷く。供え物が多いので今年は二人で運ぶことになった。人選は領主の秘書ということでマノンだ。


 二人は聖竜領の収穫物を持ち、聖竜様の像の横に立つ俺の前にやってくる。


「今年もこうして聖竜領では多くの恵みを得ることができました。ここにあるのは聖竜領で初めて獲れた麦で作ったパン。そして収穫物です」


 俺はそれらを見て頷く。初めてサンドラ達と会った日を思い出す。

 あの日、四三六年ぶりに食べるパンを食べて涙を流した。あの時食べたのは二度焼きされた堅いパンだったが、今目の前にあるのは柔らかく食べやすいものだ。

 俺はついにここまで来たか、と軽く感慨にふけりつつ言う。


「たしかに……。素晴らしい出来だ。聖竜様もお喜びになるに違いない。捧げるが良い」


「では……」


 俺に促され、サンドラ、マノンの順に聖竜様の像の前に収穫物を置く。

 すると、すぐさま聖竜様の像が明るく光り輝いた。

 何かを捧げて光るのは聖竜領の者にとっては見慣れた光景だが、ここまで明るいのは珍しい。

 その目映さに目を閉じたが、戻った視界の中には空になった籠があった。


『ふぅー、さっそくパンをいただいとるんじゃが。普通に美味いのうこれ。なんか、ワシのためにお預けさせてたのが悪いんじゃが』


『もしかしたら、トゥルーズが念のために味見くらいしているかもですよ』


『料理人のそれは例外じゃよ。パンも野菜も素晴らしい。ワシは満足じゃ』


 どうやらパンの出来はかなり良いらしい。俺も早く食べたい。

 そんな私情を置いておき、俺は務めて厳かな口調で、言葉を待っているサンドラ達に言う。


「聖竜様は大変満足している。これからも、領民達が健やかに暮らせるようご加護があるだろう」


 その言葉に、領民達から軽く声が上がった。

 儀式としてはこれで終わりだ、後は宴会でも楽しんでもらおう。

 そう思った時、クロードが一歩前に出た。


「失礼。素晴らしい儀式、感動したよ。実は、この日のために皇帝陛下から書状をもたされていてね。この場で読ませて頂いて良いだろうか」


「皇帝からか。良いだろう」


 この日のために持たされていたのだろう。あの皇帝のことだから、悪い内容では無いはずだが。


「では、失礼して」


 そう言うと、クロードは懐から書類を一枚取り出して朗々と読み上げる。


「イグリア帝国はその治世が続く限り、聖竜領の領主は聖竜の定めた者が務めることとする。また、聖竜及びその眷属を尊重し、共に共存共栄を誓う。イグリア帝国皇帝、クレスト・ラン・イグリア……」


 短いが、これはサンドラの立場と聖竜領が自治区に近い領地であることを保証した文面だ。 サンドラ始め、何人かがそれに気づいたらしく、目を見開いている。


「驚いたようだね。これが現在のイグリア帝国としての方針だよ。もちろん、ボクも異論はない。今後とも仲良くしていこう」


 笑みを浮かべつつ言うクロードに俺も穏やかに返す。


「ああ、宜しく頼む。聖竜様と俺としては自由にできて助かるが、領主が大変そうではあるな……」


 サンドラの方を見ると、彼女は癖毛をいじりながら苦笑していた。


「大変なのは慣れているもの。領主として、これからもみんなと務めを果たしていくわ」


 初めて会った時から少しだけ大人びた笑みを浮かべ、サンドラは言った。


『うむ。良いことじゃ。ところで、これで後は宴会じゃな。ワシのところにもちゃんと料理をもってきておくれよ』


 脳裏に響く聖竜様はいつも通りだ。今後も色々と仕事は多そうだが、現状は良いと言えるだろう。


「聖竜様もイグリア帝国皇帝の配慮に満足している。みんな、これからも宜しく頼む」


 俺のその発言で収穫祭の儀式が終わり、宴会が始まった。


 この日より数日後、聖竜領の秋は深まり、二度目の冬へと季節は移り変わった。

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