第87話「歓声と拍手がホール全体に響き渡った」
華やかな光景が目の前に広がっていた。
眼下に見える大通りには、過剰なくらい装飾をした屋根無しの馬車に乗る一組の男女。
一人は白いドレスに身を包んだシュルビア。そしてもう一人は紺色の礼服に身を包んだスルホだ。
二人を乗せた馬車は式典用の白色の鎧に身を包み騎乗した三名に先導され、ゆっくりと大通りを進む。
三名はそれぞれ人間、エルフ、ドワーフの代表者だ。イグリア王国でこういった式典が開かれる際、建国に大きく寄与した三種族が何かしらの形で関わることが多いという。
本日の主役を乗せた馬車は周囲を式典用の武装で固めた騎士達に守られながら進んでいく。
見物する人々からは祝福の声。建物の上階からは色とりどりの花びらが蒔かれ、幻想的な光景ですらあった。
「このために花びらを大量に用意しているのか?」
「帝国の伝統だもの。王族の結婚式に時には明るい色の花をできるだけたくさん蒔くの。シュルビア姉様もスルホ兄様も人気があるから、とても沢山ね」
花の嵐の中、周囲に笑顔を振りまきながらすすむスルホ達を眩しそうに見ながら、サンドラは実に楽しげだった。
今日はスルホの結婚式当日だ。
日程としては朝から大通りで式典のパレードが始まることになっている。これは三時間くらいかけてゆっくり進むというので、最初の方を見学することになった。
俺達はクロードの知り合いを紹介してもらい、パレードがよく見える建物から新郎新婦を眺めているわけだ。
「本当に準備をしなくて平気なのか?」
化粧やら髪型やらで準備がありそうなものだが、サンドラも一緒だ。俺にはそれが解せない。
「大丈夫だといったでしょう。結婚式は聖竜領の礼服で出るからあまり手間をかけないの。夜のパーティーはドレスだから準備しなきゃだけどね」
「ご安心ください。お嬢様の美しさはあまり飾り立てる必要がないのです。……というか、下手に飾り立てるとバランスが崩れるので」
「そうか。わかった」
サンドラは子供っぽいからあまり手をかけられないと言うことだろう。俺は素早く察した
「なんでこういう時だけ察する能力が高いの……」
何やら不満そうだが、俺の考えは正しかったらしい。あまり子供扱いすると怒るのを知っているので、俺は務めて穏やかに言う。
「あまり焦るなサンドラ。あと何年かすれば解決する問題だ」
「そう思いたいわね…………」
サンドラは遠い目をして同意した。聖竜領に来てからの一年であまり成長が見られなかったことを思いの他気にしているようだ。
気づけば、スルホ達の行列は少し先に行ってしまった。このまま通りを曲がって次の区画に入れば見えなくなる。
「……文字通り、お祭り騒ぎだな」
宴の主役が消えても人々は騒いでいる。「東都万歳!」だとか「クロード様万歳!」とか「シュルビア様を不幸にしたらゆるさねぇ!」とか叫びながら、飲んだり歌ったり楽器の演奏をしたりしている。それもそこらじゅうでだ。
「東都の人達はこの日を心待ちにしていたのよ。ほら、シュルビア姉様は体調が良くなかったから……」
「そうか。安心して騒げるというのもよいことだな」
そう考えると、昨年、クアリアを訪れて治療にあたったのはとても良かった。俺にしては珍しいくらいの善行だ。
「そろそろ城に向かった方が良いかと思います」
すっかりスルホ達が見えなくなった通りを眺めていると、リーラが言ってきた。珍しいことに、そのまま俺の方をまっすぐに見てくる。
「アルマス様、サンドラ様をよろしくお願い致します」
「……ああ、承知している」
これから午後になった頃に、東都の城内で結婚式の儀式が執り行われる。そこに用意された貴族向けの席にリーラは並べない。特別扱いで席を用意された俺がサンドラの護衛をすることになっている。
何も無いとは思うが、サンドラのことを何より大切に思うリーラだ。側を離れたくはないだろう。
「こう見えて、俺は実力にはそれなりに自信がある。安心してくれ」
「それはよく存じておりますので、お任せできますね」
俺が返した言葉にリーラは軽く微笑んで返した。
「まったく、心配しすぎよ。二人とも」
呆れたように言ったサンドラに、俺とリーラは振り返って同時に言う。
「油断をしてはいけないぞ。サンドラ」
「油断は禁物ですよ。お嬢様」
○○○
結婚の儀式は城内にある最も大きなホールで行われていた。このような式典のための施設で、天井に付けられた色とりどりのガラスから光をより多く取り入れるような造りになっている。おかげでとても幻想的な光景だ。
階段状になった客席には礼服を着込んだ貴族達が立ち並んでいる。
そして、ホールの中心では今、第二副帝クロードによってスルホとシュルビアが結婚の祝福を受けようとしていた。
ホール内に現れた新郎新婦がゆっくりと、赤い絨毯を上を歩き、一段高いところにいる第二副帝の所へ向かう。そこで結婚の証である指輪を託され、祝福の言葉を授かるのだ。
「……もっと後ろの席にはできなかったのか?」
「無理よ。だってわたし達、シュルビア姉様を治療した立役者よ。特別扱いされるに決まってるじゃない」
「そうか……そうだな」
あまりにも正論だったので納得するしか無かった。
俺とサンドラは席の最前列にいた。周りにいるのは明らかに帝国の有力者と言ったお歴々だ。着ているものも俺達より明らかに高い。
聖竜領の収穫祭用のローブはそれなりの品だが、最高級ではない。流石に見劣りしている。 何より、こういう場は慣れていないので居心地が悪かった。
「大人しくしているとしよう」
「それしかできないと思うけれども」
そんなわけで大人しく立っているだけで式は順調に進行した。
スルホとシュルビアが壇上にいるクロードの前に立ち、指輪を授けられる。
「この二人に、父祖の祝福のあらんことを……!」
威厳を感じさせる声と態度でクロードがそう宣言すると、天井から光が降り注いだ。
魔法の光だ。ただ光るだけの照明用では無く、星が流れるように工夫された式典用の魔法だろう。
それと共にスルホとシュルビアが違いに指輪をはめ、高く掲げる。
赤い宝石を填められそれぞれの指輪もまた、魔法の輝きを放っていた。装飾そのものが魔法陣を兼ねる特殊な加工を施した逸品だろう。過去に見たことがある。
光の演出に周囲の観客が沸き立ち、歓声と拍手がホール全体に響き渡った。
「……無事に儀式は終わったようだな」
「ええ、なにごともなくて良かった」
拍手をしながらいうと隣のサンドラがほっとため息をついた。こういう式典はよからぬ輩の標的にされやすい。彼女なりに心配していたのだろう。
「俺の見た限り、今この場に怪しい者はいないぞ」
「そうでもないわ。あそこ、セドリック兄様とマノンがいる」
サンドラが一瞬だけ視線を送った先、席としては真ん中くらいの地位の者が座る辺りを見ると、先日遭遇した赤毛の少女がいた。
その隣にいるのは茶色い髪を持った大柄な男。顔は笑顔だが灰色の瞳は笑っていない。
面倒くさそうな男だった。
「あれが、セドリック・エヴェリーナか」
「ええ、楽しいパーティーとはいかないでしょうね……」
サンドラがため息まじりにそう呟いた。
全ては、この後開催されるパーティーだ。
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