観点格差

混沌加速装置

散歩中の夫婦

 最近やっと暖かくなってきた陽気につられ、私は妻と連れ立って近所にある溜め池の辺りまで散歩に出掛けた。


「見て」


 隣を歩く妻が指差す先に視線を移すと、溜め池のほとりに子供たちが数人集まっているのが見えた。池の周囲ぐるりには転落防止用の柵があるため、それを乗り越えない限り事故が起こる心配は無い。


「何かしら」


「さぁ。水辺の生き物でも観察しているんじゃないか」


「立ったままで?」


 言われてみれば、子供たちは全員が池の方を向いてはいるが、その誰一人として屈んだりはしていない。私たちが近づくにつれて、彼らが声を合わせて何かを大合唱しているのが聞こえてきた。


「ネッシー! ネッシー! ネッシー! ネッシー!」


 少しおかしなアクセントにも思えたが、どうやら「ネッシー」という言葉を同じ調子で繰り返しているようだ。


「きっとネッシーを呼んでるのさ」


「ネッシーはネス湖にいるっていう噂だけの恐竜でしょ?」


 妻の認識不足に私は少しイライラしながら訂正した。


「ユーマだ」


「何だっていいけど、ここは単なる農業用の溜め池よ。そんなものがいるはずないじゃない」


「わからないぞ。彼らはいつだって夢を見ることができるのさ。僕たちと違ってね」


 私の返答にあきれたのか、妻は「もういいわ」と言って黙ってしまった。子供たちのそばを通り過ぎるとき、一人の男の子と目が合った気がした。私たちはそのまま山桜が満開の並木道へと入っていった。

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