シンソウシンリ・ナイトメア

 見渡す限り裸の女だらけの中に遠野はいた。女どもはその肢体したいなまめかしくくねらせている。カズハの顔を見つけて遠野が立ち上がる。遠野はもがくように女体の山を掻き分けてカズハのもとへ近づいた。自然とカズハの身体に手をのばす。


「そんな身体でわたしを抱くつもり?」


 遠野が自分の身体を見下ろすと、そこらじゅうから無数の手足がデタラメに生えていた。遠野は急に自分のみにくい姿が恥ずかしくなった。


「違うんだ、カズハ」


 何が違うのか、遠野は弁解を求めてそう言った。遠野の意思を無視して身体中の手足が勝手にうごめく。足下の女たちから笑い声が聞こえてくる。


「あなたがわたしを殺した」


 地面から伸びてきたいくつもの手に遠野は絡め取られた。無駄に生えている多くの手足は役に立たず、遠野は身動きがとれないまま女でできた地面に押さえつけられている。遠野を見下ろす女の顔はすでにカズハのものではない。幼い瑠璃の顔が遠野に迫る。


「助けてくれ! まもる


 声のした方に遠野が顔を向けると、中学時代に着ていたバスケット・ボール部のユニフォームに身を包んだ義久が、手を動かさずにボールをつきながらたたずんでいた。隙間無く地面に横たわる女の乳房にボールが叩きつけられている。


「アンタ、誰? 人として間違ってんじゃないの?」


 今度は遠野の右側の地面からアサミの声が飛んできた。


「どうして助けてくれなかったの、遠野君」


 カズハの声が遠野の頭の中に響く。


「わたし……わたし……」


 震えたカズハの声。


「護ぅ!」


 義久の悲愴感を伴った叫び。


「どうして私が死ななければならなかったの?」


 アサミの声をした瑠璃の顔が喋る。大きく目を見開いた瑠璃の顔は、今や遠野の鼻にくっつかんばかりの近さにある。


「ねぇ、どうして?」


「聞いてんのかよ、護!」


「わたし――」


 瑠璃の目鼻口から血液が流れ出す。視神経に繋がれた瑠璃の左目が眼窩がんかからこぼれて垂れ下がる。


「ぐちゃぐちゃになっちゃった」


 瑠璃の顔が弾け肉片が飛び散り、生温かい血液の飛沫しぶきが遠野の顔に降りかかる。連鎖反応を起こすように、周りの女体が次々と火花のように弾け、弾けたそばから血の海へと変わってゆく。


「違うんだ……違うんだよ、カズハ。おれ」


「ヒトゴロシッ!」



 急激に覚醒した遠野の目にまず映ったのは、見慣れない白い天井と蛍光灯だった。次いで全身に不快な汗をびっしょりとかいていることに気づいた。嫌な夢を見ていた気もするが、はっきりとは思い出せなかった。身を起こそうとした遠野は左腕に違和感を覚えた。見ると白いガーゼの下から透明なチューブが伸びている。


 自分の身に一体何が起こったのかと遠野は頭を整理する。記憶を引き出そうとすると、頭の中にもやがかかったようになりうまくいかない。遠野が右側に頭を向けると、並んだ二つのベッドが見えた。


 携帯はどこかと、遠野は身を横たえたままベッド脇の棚を右手で探る。すると、何か薄っぺらいものに手が触れた。遠野は茶封筒をつかんでいた。表には「遠野 護さんへ」とボールペンで書かれた綺麗な文字が並んでいる。裏には何も書かれていない。


 遠野は中の便箋びんせんを引っ張り出して広げた。数行も読まないうちに、もう少しで声を上げそうになるのを遠野は必死でこらえた。これが嫌な夢の続きであって欲しいと、遠野は願わずにはいられなかった。さらに封筒を探ると二枚の写真が出てきた。


「うっ!」


 写真を見るなり、遠野は左へ身をよじってベッド脇の床へ胃液をぶちまけた。サイド・ボードの上で、マナー・モードに設定された遠野の携帯が、カタカタと振動しながら着信を告げていた。

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