ツナガル・メモリー
遠野がエレベーターで上がってきたのは、十七階のワン・フロアをまるまるダイニング・バーとして利用している、赤坂にある
知っている顔を探して遠野はフロアを歩いてみることにした。円形になっている窓際のラウンジは、適度な速さでゆっくりと床が回転していた。一ヶ所に立つだけで三百六十度のパノラマを見ることができる構造らしい。窓の外には新宿のビル群が彼方に広がっている。遠野が時計回りに景色を見ながら外周を回っていると、数人の女性に囲まれている巨大な男をバー・カウンターの近くに見付けた。
「
バー・カウンターに近づきながら遠野が声を掛けると、驚いたような顔をして男が片手を軽く挙げた。男は女性たちに何事かを告げてから遠野の方へ近寄ってきた。
「ナイスなタイミングだよ、
「久しぶりだな、義久。お前、またデカくなったか?」
「あぁ、多分な。最近はわからないけど、数年前に測った時は百九十四センチあった」
遠野は決して背が低いわけではないが、それでも二メートルに迫る義久のことは見上げるかたちになる。白人のモデルにいそうな体型と顔立ち。こんなヤツが純粋な日本人だとは、友人である遠野から見ても疑わしい限りだった。
「彼女たちはいいのか?」
遠野が振り返ると、さっきまで義久を囲んでいた女性たちが、こちらを見ながら顔を寄せ合わせてヒソヒソと話しているのが見えた。
「関係ねぇよ。どうせ他のクラスの女子だろ。名前だって知らないんだ」
「それこそ関係ねぇだろ。ほら、あの右側の子なんてかなりかわいいぜ?」
「あのな、お前と一緒にすんなよな。顔さえかわいけりゃいいってもんじゃねぇの、おれは」
昔から女好きの遠野とは違って、いくらモテても簡単には手を出さない硬派なところが義久にはあった。それは今も変わっていないらしい。仲は良くてもそういった義久の考えを遠野は理解できなかった。ルックスの良さを最大限に活用するのは、女に対する礼儀であり、選ばれた者の特権であると遠野は考えている。
「ところで義久。こんな会場、よく押さえられたな」
「まぁな。おれのコネを使えばこのくらいは楽勝ってことだ。と、言いたいところだけど、この件に関してはクラス・メイトに感謝しなくちゃな」
「どういう意味だよ、それ?」
「なんだよ、お前は。本当に何も覚えてないんだな。宇宙人にでも誘拐されたのか? それとも、お前はニセモノのトオノマモルか?」
義久は上半身を少し反らせて、冗談っぽく顔をしかめてみせた。
「実を言うとおれはな、極秘裏に地球を探るために」
「面白くなさそうだからもういいわ」
遠野の言葉を
「うるせぇな。それで、何でクラス・メイトに感謝なんだよ?」
「ケメ子っていただろ?
ケメ子? 義久のことを思い出した時のように、遠野の頭の中に昔の光景が急速に蘇ってきた。そうだ、あの女──アサミに付きまとっていたうるさい腰巾着のぶりっ子。
「おれ、あいつの家にも電話したんだけどさ、そこの召使い? いや、執事か。その人があいつの親父さんに同窓会のことを話してくれたらしいんだよ」
「だからクラス・メイトに感謝、か」
「そういうこと。ま、ケメ子の居所は教えてもらえなかったけどな。あいつってさ、かわいくて明るかったし、何だか親しみやすかったよな。お嬢様って感じじゃなくてさ」
義久の言葉に今度は遠野が顔をしかめる番だった。ひとによってこれほど印象が変わってくるものか、と遠野は不思議な気持ちになった。
「じゃあケメ子が参加しないのをわかってて、あいつの親父さんはこんなに豪華な場所をおれたちのために取ってくれたのか?」
「そうだな。あいつの親父さんくらいの大物なら、このくらいは大した問題でもないんじゃないか。でもケメ子にも連絡はいっているはずだ」
「いってるはずも何も、お前は連絡しなかったんだろ?」
遠野がそう問い返すと義久は
「おいおい、お前はそんなに鈍いやつだったか? お前、本当に遠野護なんだろうな?」
「悪かったな、記憶喪失なみに何も覚えてなくて」
「いいか、ケメ子とやたら仲が良かった女がいただろ? クジョウだよ。サバサバした性格の。クジョウアサミ。あいつに頼んだんだ」
最近どこかで「アサミ」という名を聞いたような気がする、と遠野は思った。
「だからクジョウが連れて来るんじゃないか。もしかしたら、あの頃のやり取りが見れるかもな。『聞いてよぉ、あさみぃ』ってな。ケメ子ってどことなく守ってやり──」
義久の言葉で数週間前のカフェでの情景が遠野の中でフラッシュ・バックされた。あれは同級生のアサミだったんだ。と遠野が思いを巡らせたのと同時に、その頭の中に浮かんだ女性と重なる、長い髪の女性を視界の端に捕らえていた。義久の呼び止める声を無視して、遠野はその女性の方へと無意識に歩き出していた。
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