ドウキュウセイ

混沌加速装置

アザトイ・ガール

「あさみぃぃぃ! ねぇ、聞いてよぉぉ! ねぇねぇねぇ、ねぇってばぁぁぁ」


 ケメ子は向かい側に座る友人の亜紗美あさみに泣きじゃくりながら訴えていた。


「聞いてるって。聞いてるから言ってみ」


 テーブルに頬杖をついてアイス・ラテをすすっていた亜紗美は、目玉だけを動かしてケメ子を見た。


 月曜の昼下がりということもあって、全国にチェーン展開をしているカフェの店内は、彼女たちを除けばスーツ姿の若い男性が一人いるだけでガラガラだ。男性は亜紗美たちが来た時からずっと携帯電話で話し続けている。


「どうせまたフラれたとか浮気されたとか、貸した金を借り逃げされたとか、風俗に身体売って金に換えてこいとか言われたりされたりしたんでしょ。男に」


「そんなんじゃないッ! 今回はもっと酷いことされたんだからぁぁぁ」


 静かな店内に響き渡る大声をあげて、ケメ子は再び泣き出してしまった。亜紗美が男性を見やると、驚きと怒りを混ぜ合わせたような複雑な表情で、携帯電話を耳に押し当てたままこちらを睨みつけていた。


「わかったから落ち着きなよ」


「わかってないッ! もっとわたしをわかってよ! 親友なのに酷いよ、あさみぃぃ」


 中学生時代から十年来の付き合いとなる彼女たちにとって、こんなやり取りは二人のあいだで何百回と繰り返されてきたことなので、亜紗美にいたってはちっとも動じていなかった。だいたいいつも同じパターンで事態が収拾されるのを亜紗美は知っているのだ。


 ケメ子が騒ぎ、亜紗美がなだめ、毎回マイナー・チェンジが加えられる「わたしをわかって。酷いよ亜紗美」のお決まりのセリフが出たら、もうクライマックスに差しかかっている証拠だ。


「アッ! そっかぁ! そうしようっと」


「思いついたんでしょ。良いこと」


 この子が思いつく良いことは、いつだってロクなもんじゃないんだよね、と亜紗美は顔に出さないようにして内心で呆れた。


「復讐してやるんだッ!」


「ほぅ、それは新しい」


 消極的な解決策に行き着きがちなケメ子にしては、あまりにも大胆に過ぎる発言だったので、亜紗美は正直ちょっとばかり驚いていた。


「どんな復讐するの?」


「最初にぃ、えーっと、ハカセ君……きっとハカセ君なら。そっか、そうだよねぇ」


 すでにケメ子の耳に亜紗美の言葉は届いていないらしく、彼女はひとりでブツブツ呟いては、何に納得したのかしきりにうなずいている。こうなることも亜紗美にとっては想定内だったようで、彼女は氷で薄まってしまったアイス・ラテを少しだけすすり、「じゃ、帰るね」とケメ子に声をかけて席を立つと、まだ電話を続けている男性をチラ見して店から出て行った。



 一週間と四日後の夕方──。


「六時になりました。首都圏の主なニュースをお伝えします」


 クッションを抱えてビールを片手に持ち、最高の一時を味わいながら亜紗美はテレビに釘づけとなった。


「昨夜十一時ごろ、埼玉県さいたま市の新興住宅地にある、熊橋さん方の自宅の二階で、爆弾と思われるものの爆発がありました」


 亜紗美はさいたま市に三代前の彼氏が住んでいたことを思い出した。


「昨夜午後十一時ごろ、ドンッという小さな爆発音を聞きつけた家族が、音がしたと思われる熊橋さんの長男、タケルさんの自室となっている二階の六畳間で、下半身が大きく損傷したタケルさんの遺体を発見したとのことです」


 テロップには「死亡 熊橋くまはし たける(25)会社員」と出ており、画面には事件現場となった二階建ての家屋が大写しになっている。


「なお、爆発物の形状や入手経路の詳しい情報はわかっておらず、現在も警察によって調査されているとのことです。猛さんの遺体の損傷具合に関しては、下腹部を中心に腹部から大腿部分の損傷が最も激しく、鑑識の見解によりますと、椅子に座り何らかの爆発物を抱え込むような姿勢で爆発したのではないか、という見方がなされている模様です」


「えぐっ!」


 爆死だけは嫌だと思った亜紗美は、他にはどんな死に方が悲惨だろうかと考えを巡らせはじめた。


「なお、警察はテロの可能性もあると見て、猛さんの交友関係や──」



 ケメ子からの電話がかかってきたのは、亜紗美がそろそろベッドに入ろうとしていた深夜十二時ごろだった。話しをするのはカフェで会って以来だ。


「もう寝るんだけど」


「今日のニュース見たぁ?」


 亜紗美の抗議の声にもかまわずケメ子は話を続ける。適当に流して振り切ることを亜紗美は決意した。


「見たよ。何だっけ? あ、どこかの高校の教師がポルノ・サイト開設したのがバレて」


「じゃなくてぇ」


 いくら親友といえども、睡眠時間を削られてまでどうでもいい話には付き合いたくない、と亜紗美は思っていた。合計三缶のビールを飲んで彼女はちょうど好い気分なのだ。


「じゃ、何?」


「ば・く・だ・ん」


 十分にもったいをつけてから、一文字ずつ区切るようにしてケメ子が言った。眠たいのとイライラを我慢しつつ、アルコールで回転が鈍っている頭を絞って、亜紗美はケメ子の発した言葉の意味を必死に考えた。


「爆弾? まって、それって埼玉の」


「それそれ! さすがはあさみだね。わたしは親友として鼻が高いよぉ」


 亜紗美は完全に混乱させられていた。まって、どうして、何でケメ子が爆弾なんか持ってんの?


「ちょっと、アンタどうやって爆弾なんて手に入れたの」


「まあまあ、落ち着いてよあさみちん。そんなことよりさぁ、どんな形だったか聞いてくんない。あと名前も。ね?」


 そういえばニュースでは形状がいまだ不明だ、と言っていたのを亜紗美は思い出した。同時に爆発で損傷したという身体の部位を想像してしまい、さっきまでの好い気分が消えてイッキに気持ち悪くなってしまった。ケメ子の言う名前とは名称のことだろう。


「ねぇねぇねぇ、聞いてってばぁ。あさみぃ」


「わかった。聞く。どんなの? で、名前は?」


 亜紗美はさっさと電話を切って眠りたくて仕方がない。


「よくぞ聞いてくれました! 画期的な発明なのです!」


 アンタが作ったんじゃないだろう、と心でツッコミながらも、亜紗美は電話の向こうに耳を澄ませた。


「じゃーん、オナホ型時限爆弾、その名も昇天しょうて~~~ん!」


「オナ……」


 一度にいろいろなことが解決した亜紗美は、この友人だけは絶対に敵に回したくない、と真剣に考えていた。それから、ケメ子にそこまでさせた熊橋猛という男は、一体どんな酷いことを彼女にしたのだろう? とも考えてみたけれど、爆死に値する男なんてのは世の中にゴマンといることに気づいて、亜紗美はすぐに考えるのをやめた。

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