あの女は……

 お昼ご飯を食べたせいか、ウトウトとしていた時に、電話が鳴りました。

「アンタんとこんに、マんリエーんルちゃん、いるんでしょ?」

 「ん」の音がたくさん入った喋り方をする日本人男性からの電話でした。

「マんリエーんル、いるんでしょ?」

 私は電話を保留にして、上司のガンさんに尋ねました。

「ああ。あなたがここに来る前に働いていた子のことかな?マリアエレノアって20代の女の子が、マリエールって名前で、どこかのお店で働いていたんだよ」

 私は男性に、その女性がすでに退職していることを伝えました。

「マんリエーんルが、オレんとこんに、電話、してきったんだよ!」

「いつですか?」

「きんのー、だよ」

「キンノウ? あ、昨日、ですか」

「こんまんだよ~。勝手なこと、すんなって」

「……」

「マんリエーんルに、オレのナンバー、教えんなって!」

「……え?」

 男性によると、昨日、スマホに見知らぬ番号からの着信があり、かけ直してみたら、女性が出たそうです。

「マんリエーんルかって聞いたら、そーだってったんだ。なんで、こんの番号知ってんだって聞いたら、ジッコ起こしたんから、かんねさ送れって、って。ピーンって来たんだ。だんれかんが、マんリエーんルに番号、教えたんだって」

 「ん」の音に加え、男性の鼻息も加わり、話がわからなくなりました。

「こちらでは、退職した職員にお客様の個人情報を教えることはありません」

「ホントっか~?」

 ガンさんが私に「お客様の名前を聞いて」と書かれた紙を見せました。

「お客様、こちらの相談センターをご利用になったことはございますか?」

「相談センター? なんに、そんれ?」

 私は目を大きくし、左右に顔を振りながらガンさんを見ました。

「フィリピンパブの、シヌガリンでしょ?」

「違いますっ!」

「うほっ?」

「こちらは、相談センターです。フィリピンパブじゃありません!」

 ガンさんは口元を押さえ、笑いをこらえていました。

 男性がマリエールから教えてもらった連絡先は、相談センターでした。

「マんリエーんルとは先月、キャバクラっつーとこで知り合ったんだ。電話番号聞いたらんさ、店から禁止されてっけど、ナマリさんには特別に教えてあげるって、掛け持ちしてるお店の番号を教えてくれたんだ」

「申し訳ございませんが、こちらはフィリピンパブでは……」

「そっか。あ、いいんだ。いいんだ。オレ、知ってんだ。マんリエーんルは、顔は可愛いけど、性格はワリーんだって」

 男性は弱々しく言うと、そっと電話を切りました。

「マリアエレノアは、お店で働くようになってから、遅刻や無断欠勤が多くなってね。それで辞めてもらったんだ。もう5年も前の話だよ。男性に電話をかけたのは、本当に、彼女なのかなあ?」

 ガンさんはゆっくりとお茶を飲みました。


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