第7話 言葉の持つ力―美玖莉


その日は疲れてしまって、本を読むこともなく寝てしまった。本来毎日1時間って決めてるゲームを何時間もプレイしていたからか、すごく集中力を使ってしまったんだと思う。


「おはよう。今日もゲーム?」

「うん、今日まで…。」


私がこんなにのめりこんでいることをお母さんは珍しそうに見てはいたけど、もうやめろとか注意されなかったのが唯一の救いだった。私は少し後ろめたさを感じつつも次の日も早めにログインをして、アマンダとの集合場所に向かった。



「ミーシャ、こっち。」



今回のバトルには参加出来なかったけど、アマンダは私のことをすごくよくサポートしてくれている。今日も私より先に来て発表を待ってくれていることに感謝しつつ、もうすぐ張り出されるであろうトーナメント表を一緒に待った。



待っている間、なんだかいつもよりたくさんの人に見られるような感覚があった。昨日1位を取ったからそんなことだってあるのかなとも思ったけど、それにしてもみんなニヤニヤしながら私を見ていることを不思議に思って私がキョロキョロとしていると、それを見たアマンダが笑った。



「昨日の、相当話題になってるみたいよ。」

「え?」


出来るだけ考えずにいようと思っていたのに、アマンダにそう言われて昨日の出来事を思い出してしまった。


そんなはずないのに昨日つながれた手がなんだかまだ熱い気がして、私は無意識に握られた方の手をじっと見つめていた。


「手つないだくらいでそんな風になって

これからどうするのよ。」

「どうするって…。」



どうするんだろう?

自分で自分に問いかけてみても全く答えが出なくて、私はただ昨日の出来事を思い出していっぱいいっぱいになるしかなかった。



「ミーシャさーーーんっ!」



そんな時、遠くの方から走ってくるケンの姿が目に入った。無邪気に走ってくる姿にどこかホッとして手を振ると、ケンはキラキラした目をしてこちらに近づいてきた。



「あっちの掲示板に

アレックスさんいましたよっ!」



せっかく考えずに済むと思ったのに、ケンは挨拶をするより先に別の場所で発表を待っているらしいアレックスの話をした。

名前を聞いただけでまた昨日の出来事がフラッシュバックしてしまった私は、やっとの想いで「そうなんだ」とだけ返事をした。



「まっじでかっこよかったですよねっ!

俺それ伝えてきたんすよ!」



そんな私の気持ちなんて知るわけもなく、ケンは興奮冷めやらない様子でアレックスへのあこがれを語った。もうそれ以上はやめてくれと思って目をそらすと、いたずらそうに笑っているアマンダの姿が目に入った。




「しかも聞いてくださいよっ!

応援してますって伝えたら

なんて言ったと思います?」

「なんて?」



反応できない私の代わりにアマンダがそう言うと、ケンはもっともっとキラキラした目になった。


「ミーシャさんを一番に応援してあげろって

言われたんですよっ!

かっこよすぎません?最高ですよね!」



自分が直接聞くよりも、他人から聞いた方がうれしくなってしまうのはなんでだろう。ただでさえドキドキしていた気持ちはケンの話を聞いてさらに高鳴りはじめて、こんなんで今日戦えるのかって不安になり始めた。



ふわふわした気持ちのままやっとの想いでアマンダやケンの話に相槌を打っていると、ザックの小さい版のロボットがトーナメント表らしきものを持ってきた。



あ、かわいい。



そんな些細な事にほっこりしていると、周りのプレイヤーたちもミニザックに気が付き始めて、何となく緊張の空気があたりに漂い始めた。



気持ち、入れなおさなきゃ。



私も周りのプレイヤーと同じように上位者闘争マスターズバトルにだけ集中すべく、ミニザックの方をじっと見つめた。



「皆さんっ!お待たせしましたっ!」



ミニザックは思っているよりもすごく高い声を出してそう言った。私は大きな声に身が引き締まるような気持ちになりつつ、少し前のめりになって発表を待った。



「これが今年のトーナメント表ですっ!」



それからすぐに、ミニザックが持っていた紙を頭の上に広げた。文字が小さくてなかなかみえなかったけど、自分の名前がシードのところにあることはすぐに見えた。



「さすが一位通過。」

「からかわないでよ~。」



アマンダにはそう言ったけど、正直一つでも試合が少ないことにホッとしている自分がいた。これも全部アレックスのおかげだな、と思いつつ名前を上の方にたどってみると、近くにはシュウ君と、



そして、セヴァルディの名前があるのが見えた。



「あちゃ~。アイツだね。」

「うん…。」



私は3回戦まで勝ちあがったらあの人と当たってしまう位置にいたけど、シュウ君なんか2回戦で対戦することになる。そこまで勝ち上がれるって決まったわけじゃないけど、あの人が大きな壁になってしまうってことは確かなことで、でもどうせならシュウ君と当たれればそっちの方が楽しい試合が出来そうだって思った。



「どこかで倒さなきゃいけないもんね。」

「あれ?珍しく前向きじゃん?」

「もうっ、からかわないでって。」



アレックスに近づくためには、どこかであの人だって倒さなきゃいけない。そんな私の気持ちを全てわかったみたいな顔してアマンダが笑ったから、私もそれを見て思わず照れ笑いをしてしまった。



「アレックスは反対側にいるね。」



相変わらず照れている私のことなんて無視して、アマンダが冷静にそう言った。彼女の指さす方を見てみるとアレックスは私たちとは逆の方にいて、あそこなら簡単に決勝まで上がれそうだなって軽率なことを考えた。



「さ、行ってくる!」

「頑張って、私もすぐ会場行くから。」



それから緊張をほぐすためにもアマンダと無難な話をした後、用事があるらしいアマンダより先に会場に向かうことにした。シードだからまだまだ試合までは時間があったけど、落ち着かない気持ちのままうろうろしていると、遠くの方にアレックスとシュウ君の姿が見えた。



昨日のことを思い出して話しかけるのをやめよかとも思ったけど、一人になったことが何となく不安でその気持ちが勝っていた私は、遠目ながらも二人の名前を呼んだ。



すると二人はすぐに振り返って反応してくれたから、私は走って二人のもとに向かった。



「シュウ君、3回戦まで行ったら当たるね!」



少し硬くなっているように見えたシュウ君に、私はそう声をかけた。心の中で"あの人と当たっちゃうね"とか"厳しいけど頑張ろうね"とか、いろんな言葉が浮かんできたけど、ネガティブなことを言えば自分の気持ちが下がってしまうような気がしたからやめた。


するとそれを聞いたシュウ君も少し笑ってくれて、「そうだね」といつもの冷静な様子で言った。



「負けないよ。」

「私もだよ~っ!

友達だからって手加減はお互いなしね。」



多分、不安になっているのはお互い同じだ。

分かっていながらも私たちは戦友として気持ちよく握手をして、不安な気持ちを少しでも晴らそうとしていた。



「アレックスも、頑張ろうね!」



昨日のことを思い出さないわけではなかったけど、その勢いのままアレックスに話しかけると、彼はいつも通りの全く緊張もしていない様子で「決勝で会おうね」と言って手を差し出した。



シュウ君と握手したんだから、アレックスともしなきゃ…。



無意識に自分からシュウ君に握手をしたのを少し後悔しつつ、恐る恐るアレックスの手を握って「頑張る」と必死で答えた。



こんなんじゃだめだ、ちゃんと集中しなきゃ。



二人と別れてからもにやけた頬がしばらく戻らなかったから、私は両手で両頬をたたいて、もう一回気を引き締めながら自分の会場に向かった。



みんなと同じように会場に向かったはいいものの、シード権をもらった私の試合まではまだ時間があった。せっかくアレックスが犠牲になってまで1位にしてくれたんだから、この時間も有効活用しなくてはと決意を決めて、私は次対戦する相手の傾向を見るために一番前の席で試合を観戦した。



「なるほどな…。」



アレックスやシュウ君のプレイを最近よく見ていたおかげか、アレックスに特訓を付けてもらったおかげかよくわからなかったけど、最近他のプレイヤーの次の動きが予想できるようになってきた。



ゲームを始めたころの自分にそんなこと言っても多分信じてもらえないだろうな。



自分でもまだこんなに上達したってことが信じられずにいたけど、自信をもってプレイをすると動きも良くなる感覚はなんとなくつかみ始めていた。私は出来るだけ思った通り戦えるようにするためにも、必死に戦っている二人の技とか適正魔法を見極めて自分の試合に備えた。




「それではこちらからどうぞ。」




そしてあっという間に自分の番が来た。

試合を見ているときはそれなりに落ち着いている気がしたけど、やっぱり始まるとなると緊張する。

何とか抑えようと思ってみたけどやっぱりドキドキはそう簡単に止められなくて、私はカチコチの体のまま会場に入場した。



入口から姿を現すと、至る所から歓声が聞こえた。

慣れないころはこの歓声に責められているような気持になっておびえていたけど、アマンダが人気がある証拠なんだって教えてくれてからは、この声も味方だって思いこむようにしている。



「ミーシャさーーーんっ!

ファイトで―――すッ!」



それに、たくさんの歓声の中からパーティーのメンバーが応援してくれている声も聞こえる。いつも聞いている声が聞こえたことに少しはホッとして、私はメンバーたちが集まっているところに手を振って、もう一度精神を集中させた。



「よろしく、お願いします。」



相手に聞こえるかどうかわからないけど、けじめのために小さくそう言った。すると間もなく試合開始を告げる合図がなって、その音と同時に相手がこちらに向かってきた。



フォール!」



相手も私の対策をしていたようで、瞬間移動される前に目くらましをしようとおもったのか向かってきてそのまま大量の水で姿を隠した。



さっきまで観客席から見てたけど実際に近くで見ると迫力がすごいな。



さっきまでドキドキしていたはずの私はとても冷静にそう考えながら、滝の中心あたりに歪みを作った。


滝は歪みの中に吸い込まれて、そしてそのまま雨みたいに会場中に降り注いだ。私はあらわになった相手に向かって空気砲を1発出して、そのまま相手は宙に舞いあがった。



相手の姿の向こうに虹が見えて、水滴もきらきらと輝いてキレイだった。

私が景色に浸っている間に相手は地面に打ち付けられて、私はあっさりと勝利を決めることが出来た。



「さっすがだね、ミーシャ。」



試合終わりに、アマンダが迎えに来てくれて私はどこかホッとした。まだ試合は続くんだからホッとしている場合ではないけど、でもやっぱり一人でいるのは心細い。


安心感に浸りつつトーナメント表を見てみると、予想通りシュウ君とあの人は1回戦を突破したみたいで、同じ会場でこれから2回戦が行われるようだった。



この試合で私の次の対戦相手が決まる。



私はアマンダに一緒に見てほしいとお願いして、さっきみたいに相手のこと分析しながら試合を見ることにした。



私は早めに会場には行ったから1番前のいい席につけたけど、アマンダとおしゃべりをしているうちに会場は満席になっていた。アレックスをヒーローだとするならセヴァルディは悪役の中のトップって感じだから、あんなふうなのにすごく人気がある。


それを表すみたいにして客席はなんだかこわい人たちでいっぱいで、私は自分が試合をするわけでもないのに心臓が縮まるような気持ちになった。



「なんか、男臭いねこの会場。」

「ね。怖いよね。」


アマンダも少なからず同じようなことを感じているようで、眉をひそめてそう言った。


もしシュウ君が負けでもしたら、私はこんな空気の中で戦わなければいけない。考えただけでゾッとした私はもう一回身を引き締めてシュウ君を応援することにした。



「それではみなさんっ!

お待たせ~致しましたっっ!」


しばらくすると、さっきと少し違うミニザックが出てきてそう言った。会場の歓声は心なしか低くて、それが心臓にダイレクトに響きわたるようだった。



ああ、本当に嫌だ…。



彼を慕っている人たちはやっぱりいい雰囲気じゃなくて、会場中が黒くよどんでいるように見えた。私は少しでもその空気が晴れるように「シュウ君頑張れ~!」と大声で言ってみたけど、私のか細い声なんて届くはずもなくすぐにそのよどみのなかに消えていった。



「選手の~入場ですっ!」

「「うぉおおおおお~~~~!!」」



低く鳴り響いた雄たけびは、どんどん"ヴァルコール"に変わっていった。会場にいる8割がそのコールを唱えていて、シュウ君は完全にアウェイって感じだった。



「ミーシャさんっ!」



その時、後ろからケンがやってきた。

空気にのまれていて気が付かなかったけど、私のパーティーのメンバーたちが上の方の席に座っているのが見えた。私はやっと仲間を見つけたってうれしい気持ちになって、大げさにみんなに手を振った。



「ねぇ、ケン。

みんなに伝えてくれる?」

「はいっ!」

「全力でシュウ君を応援しよう。

あの人はシンシアのかたきだから。」



あの人に暴力を振られてやめてしまった友達の名前を出すと、ケンは固い表情になって「了解っす!」と大きな声で言った。そのままダッシュでみんなのところに向かったケンがみんなに話をしてくれたみたいで、みんな同じ表情をしてこちらを向いた。


きっと応援するだけだって力になる。それをしっている私が決意を込めてみんなにガッツポーズをしてみせると、みんなも同じように高く手を上げてこぶしを見せてくれた。



「「シュウ!シュウ!シュウッ!」」



その直後、低く不気味に鳴り響くヴァルコールの中に、少しだけどシュウコールが響き始めた。私もメンバーに合わせて一生懸命声を上げていると、周りにいた人たちも徐々にそれに流され始めて、シュウコールはどんどん大きくなっていった。



自分のコールが響き始めたことを不思議に思ったのか、シュウ君がこちらを振り返った。私はようやく声が届いたことが嬉しくて、集中を切らしてはいけないと思いつつシュウ君に思いっきり手を振った。



「頑張れーーー!」



大したことは言えなかったし、大きく鳴り響くコールの中で私の声が響くわけもなかったけど、思わず私は叫んだ。するとシュウ君はこちらに向かって一つ大きくうなずいて、またあの人の方を向いた。


どんな顔をしているのか背中を向けているシュウ君の表情は読み取れなかったけど、その背中が堂々としていることが自信や決意の表れなんだと思う。



念を送るようにして私がシュウ君の背中を見つめ続けていると、まだまだ鳴りやまない"ヴァルコール"と"シュウコール"の中で、いよいよ試合開始を告げる合図が鳴った。




「「うぉおおおおお~~~~!!」」



試合が始まると、歓声は何倍にも膨れ上がった。それは耳が痛くなるくらい大きくて、こんな声援の中私も試合をしなきゃいけないのかって思ったらなんだかこわくなった。



でもそんな大声の中でも、シュウ君はとても冷静にプレイしているように見えた。毒を使うというあの人はすごく気持ち悪く色々な技を駆使していたけど、シュウ君は適正魔法でもある氷の魔法を色々な形に変化させて、それに対応していた。



「すごい…。」



戦況はとても目まぐるしく動いていた。

一瞬でも目を離してしまえばもう試合が終わってしまってもおかしくないほど、お互いに息つく暇もなく技を出し続けていた。



「すごいね、シュウ君。」

「ね。」



私だけじゃなくアマンダも同じことを感じていたようで、私たちは声を出して応援するのも忘れてしばらく試合に集中していた。


切迫した状況が続いて、見ているだけなのに私が疲れてきてしまった。ここで体力を使って次の試合に支障が出たら困ると思って、私は一息つくためにも背伸びをした。



「あ、アレックス!」



すると、入り口あたりでキョロキョロとしているアレックスの姿が目に入った。完全に気を抜いていた私が思わず大声で名前を呼ぶと、アレックスもこちらに気づいて寄ってきてくれた。



「お、積極的じゃん。」

「やめてよ、恥ずかしい…。」



アレックスが歩いてくる間アマンダにからかわれてしまったけど、何より試合前にまた会えたってことが嬉しくてにやける顔が止まらなかった。そんな私をみてさらにニヤケ顔をしたアマンダが横目で見えたけど、気にするともっと恥ずかしくなりそうだったから見てみぬふりをしておいた。



「2回戦突破おめでとう。」



近づいてくるやいなや、アレックスは爽やかにそう言った。

その笑顔が爽やかでかっこよすぎて、私は照れながらなんとか「ありがとう」と返事をした。



「お久しぶりです。」

「久しぶりだね。」



私のことをからかってはいるけど、アマンダもアレックスにあこがれているプレイヤーの一人だ。私と違ってそれは恋心ではなく純粋な"憧れ"なんだそうだけど、アマンダの声もいつもより少し緊張しているように聞こえた。



やっぱりアレックスは、だれにとってもかっこいいヒーローなんだなぁ。



分かっていながらも再確認していると、アレックスは座る席がないことを悟ってか、周りを少し見渡した後「ミーシャ、僕…」と言ってその場を立ち去ろうとしたようだった。



「あ、私もうそろそろ別の友達の応援行くから

ここ座ってください。」



するとアマンダがそんなアレックスの話に割って入るようにそう言った。



他の友達の応援なんて、聞いてないけど…。



そう考えているうちにアマンダはスッと席を立って、どこかに去って行った。



「ありがとう!」



アレックスがそう言うとアマンダは軽く頭を下げて、そしてアレックスが振り返ったことを確認してから私にウインクをした。



ありがとう、アマンダ。



他の応援なんてないだろうに、私のために席を譲ってくれたんだろうな。ようやくそれに気が付いた私は心の中でアマンダにお礼を言って、座ってすぐ真剣に試合を見始めたアレックスの横に借りてきた猫みたいにちょこんと座った。



そしてもう一度、さっきみたいに集中して試合を見た。



と言いたいんだけど、全然集中できなかった。

観客席の間隔は広いとは言えなくて、私とアレックスの腕は触れ合うか触れ合わないかくらいの場所にあった。たまに触れてしまう腕を意識するだけで心臓が飛び出そうで、私はひたすらにそわそわしていた。


ふとアレックスの横顔を見てみると、あたりまえだけどすごく真剣な顔をして試合を見ていた。その横顔が凛々しくてかっこよくて長い時間見ていられなかった私は、必死に試合に視線を戻した。



「う~ん。」



シュウ君には申し訳ないけどあまり試合に集中できないでいると、アレックスが突然そうつぶやいた。


やばい、あんまり見ていなかったのバレたかな。

そう思ってもう一回アレックスの顔を見てみたけど、私のことなんて一切見ていないって感じだったから、私はあわてて試合に目線を戻した。



「やっぱり簡単には勝てないよね。」



試合を真剣に見ていなかったくせに、私は生意気にそう言った。するとアレックスはしばらくしてその言葉を「いや、違うんだ」と否定した。



「え?」

「多分、ヴァルが手抜いてる。」



手、抜いてる?

少なくとも私がアマンダと真剣に試合を見ていた時は、そんなそぶり一切なかった。私はその言葉でやっと我に返って試合を見てみたけど、手を抜いているなんて一切わからなかった。



「うそ、わからない…。」



私から見たらどう見ても二人は互角に戦いあっていて、あの人が手を抜いているなんて全く分からなかった。でも対等に戦っているはずなのになんとなくシュウ君の表情の方が切羽詰まっている感じがするってのだけはよくわかって、もしかしたら戦ってる本人もそれを感じているのかなと思った。



氷柱グラソン!」



そこからは本当に試合に集中していると、シュウ君は大きな氷柱をだした。

とてもじゃないけど冷静に技を出したようには見えなくて、やっぱり切羽詰まってるんだろうなってのがすごく伝わってきた。



「うっうわああああぁあ~!」



その技にあの人は大きな声をあげながらつぶされた。会場はそれを見てどんでん返しだって騒いでいたけど、私にもさすがにそれが演技だってことは分かった。



あの時と同じだ。



あの人は一度やられたふりをして観衆の注意をひいて、そして戦況をひっくり返す。べつにそれは卑怯でも何でもなくて一つの戦略なんだと思うけど、気持ちのいい試合ができない人だなって思う。




「え?」




本当にもうこれで終わりなの?

そう思って会場を見渡しているうちに、氷柱の下にいたはずのあの人の姿がなくなっていた。私が気が付くのと同時にアレックスも会場の人たちもそれに気が付き始めたみたいで、みんな動揺する声が上がり始めた。



シュウ君を見てみると明らかにすごく動揺していて、それではあの人の思うつぼだって思った。



「落ち着けっっ!!!」



その時、アレックスが珍しく焦った声で叫んだ。


その声で我に返ったのか、シュウ君は一度こちらを振り返って深呼吸をした。そしてさっきとは別人みたいに落ち着いて、周りの状況を見渡しているように見えた。



私も今は外から冷静に試合を見ているから落ち着いていられるけど、試合となったら焦ってしまうんだと思う。

でも焦りは最大の敵だ。自分の試合の時も出来るだけ落ち着けるように意識しなきゃなと思いつつ、これも練習だと思って会場の状況を必死に分析した。



「下だっ!」



しばらく見つめていたけど、あの人がどこにいるのか私にはまったくわからなかった。なのにアレックスは誰よりも先にそう言って、言ったとおりに地面の溶けた氷の中からあの人の手が出てくるのが見えた。



「ええ…っ?!」



どういうことなの?!

その光景に私が驚いている間にどんどんその手はシュウ君を水の中に引きずり込んで行って、シュウ君が何か攻撃を仕掛ける前にそのまま引きずりこまれてしまった。



「勝者は昨年優勝者のセヴァルディ~~~~っ!!

挑戦者シュウを跡形もなく消し去ったぁあああっ!」

「「うわぁああああ!!!」」



シュウ君の姿が見えなくなったと同時に勝敗を告げるアナウンスと実況の人の大きな声が響いて、それにつられるみたいに会場は雄たけびみたいな声を上げた。

するとその歓声にこたえるみたいに水の中からあの人がニョキニョキって出てきて、両手を上げて観衆に答えていた。



私は半分絶望しながら、その光景をぼんやりと見つめていた。



さっきまで他人事だと思って聞いていた歓声がまるで自分を責めているみたいに聞こえて、一気に不安な気持ちが高まり始めた。

するとそんな私の心の声が聞こえてしまったみたいに、あの人はこちらを見てニヤッと笑った。



「こわい…。」



不気味な笑顔を見て思わず口から本音が出ると、アレックスふいに私の背中にポンと手を置いて、「大丈夫」と言ってくれた。



何も大丈夫なはずはなかった。



次の対戦相手はどうあがいてもあの人だし、あんな人に勝てる気も全くしてなかった。でもアレックスに"大丈夫"と言ってもらえただけでなんの作戦もないのに本当に大丈夫な気持ちになり始めて、私は少しでも不安を吹き飛ばすためにも「そうだよね!」と強くいってみた。



「最初から弱気じゃもっとだめだよね!」

「うん。大丈夫。

ミーシャは自分で思ってるより

ずっと強くなってるよ。」



アレックスの言う"大丈夫"にもすごく力がこもっていたけど、それ以上に笑顔にはとても大きな力がこめられてるみたいだった。不安でかたく冷たくなってしまっていた私の心にはアレックスの笑顔と温かい言葉がじんわりと染みてきて、もうこれ以上顔を見ていたら爆発してしまいそうにすらなった。



いっぱいいっぱいになっている私がやっとの想いで「ありがとう」と絞り出すと、アレックスは爽やかな顔をして「ちょっとだけ、偉そうにアドバイスしていい?」と言った。



私は自分の試合なのに対策なんて一切考えられなくなっていたのに、その間にアレックスはしっかりと次を見据えていた。それがすごく恥ずかしくなった私は気を取り直して「もちろん!!」と元気よく返事をして、アレックスのアドバイスをよく聞いた。



今できるアドバイスはそんなに多くないみたいだったけど、少しもらえただけでも本当に心強かった。さっきの不安なんていつの間にかどこかに行ってしまった私は、最後に勝つぞって決意も込めてアレックスの言葉に大きくうなずいた。



するとその時、あの人がこちらを見て自信満々な顔をして笑った。



さっきの気持ちのままなら「こわい」って思ったのかもしれないけど、気持ちで負けちゃいけないって思った私は、精いっぱいの怖い顔をしてあの人から目をそらさなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る