第6-2話 彼はみんなのヒーロー―美玖莉
訳が分からないまま、私は真っ逆さまに落ちていた。
やばい何とかしないとと思っている自分もどこかにいたけど、どうにもできないままただただ時間だけが過ぎていた。
このままじゃ突破できない…っ!
ボーっとする頭を何とか起こして働かせようとしてみたけど、真っ逆さまになってしまっているせいか、どうしたらいいのか一向に浮かんでこなかった。
「ミーシャ!」
そんな私の働かない頭の中に、アレックスの声が響いてきた。その声でようやく正気を取り戻して声の方を見てみると、アレックスは私の方に向かって手を伸ばしてくれていた。
掴まなきゃ。
さっきまで働かなかったはずの頭がそう考えた瞬間、私の手は無意識にアレックスに向かって伸びていた。
届くか届かないかギリギリのところで何度か私たちの手はすれ違ったけど、なんとかアレックスの手につかまることが出来た。そして必死な気持ちのまま目線の先に見えた中継地点に瞬間移動をした。
「ありがとう、助かった。」
助けてもらったのは私のはずなのに、アレックスは本当に申し訳ない顔をしてそう言った。アレックスがいなければ、きっと私はあのまま下に落ちていた。さっきまで落ちていたところを見返してみると、あの人は私が罠に引っかからない様にわざとそのコースに落としたように見えて、本当に意地悪な人だなって思った。
「こちらこそ、助けてくれてありがとう。」
「あの、ごめん。
僕のせいで…。」
アレックスは珍しく、すごく自信なさげな顔をして言った。
確かにあの人は、アレックスに嫌がらせをしようとして私にこんなことをしているのかもしれない。かといって、アレックスが悪いわけではもちろんないし、回避できない私も悪い。
「アレックスのせいじゃない。
大丈夫。」
そういう意味を込めて否定すると、アレックスはようやくいつもの凛々しい顔で笑ってくれた。
「あれって、セヴァルディだよね。」
「うん。」
実は、あの人に見覚えがあった。
私に見覚えがあるっていうのは私の顔が広いとかそういう事じゃなくて、彼は悪いうわさがいつも絶えないプレイヤーとして有名だ。
それに前、私のパーティーにいた友達も、あの人にひどいことをされた。
その子はパーティーの中でも結構古い友達で、頼りない私を慕ってくれていた。でもその子がある日泣きそうな顔でゲームをもうやめると言ってきたから、何があったのかと聞いてみたら、あの人に暴力を振るわれたって教えてくれた。
本当は規約違反で追放になってもおかしくないけど、あいつはモンスター越しにそういうことをして、事故でやってしまったっていうことにするらしい。
「許せない…。」
何があったかをアレックスに説明した後、思わず強い口調で自分がそう言ってしまったことにハッとした。やばいと思ってそのまま咄嗟にアレックスをみると、彼も同じように強い目線をしていたから気持ちは同じなんだと思った。
「絶対、負けない。」
アレックスの気持ちも確認できたところで改めて強い口調でそう言うと、アレックスはなぜだか「ふふ」っと笑った。なんで笑われたのか全く分からなくて思わず「え?」というと、アレックスは柔らかい笑顔のまま「ごめんごめん」と言った。
「僕も同じ気持ちだからさ。」
やっぱりちょっと気合入れすぎたかなと心配している私に、アレックスはそう言った。同じ気持ちだってことが嬉しくてその言葉に強くうなずくと、アレックスもいつも通りにっこり笑ってくれた。
「おいおい、二人とも俺のこと忘れてるだろ。」
その時、後ろから聞こえた声に反応して振り返ると、そこにはシュウ君がいた。本気で気が付かないままアレックスと話をしてしまっていたことが申し訳なくて、急いで「あ!ごめん!」と謝った。
「んで、どうすんだよ、あれ。」
気が付かれていなかったことを気にもしてない様子で、シュウ君はあの人を指さして言った。指が刺された方を見てみると、あの人は私たちのことなんてもう忘れたみたいにどんどん先に進んでいて、これじゃ負けてしまうと危機感を覚えた。
全員連れて移動できればいいんだけど、私にはもうほとんどMPが残っていなかった。残りを考えるとみんなを連れていくどころか自分が上にたどり着けるかどうかも微妙な気がして、私はもうどうすればいいのか分からなくなった。
私が頭を抱えているうちにシュウ君とアレックスはなにやら相談をしていたけど、一切頭に入ってこなかった。「絶対に負けない」なんて意気込んでみたけど私はやっぱりよわっちくて、そのせいでアレックスにまで迷惑をかけてしまっていることが本当に申し訳なくなり始めた。
「ミーシャ、協力しよう。」
その時、アレックスがまっすぐな目をしてそう言った。まだどんな作戦なのか聞いていなかったけど、少なくともMPがほとんど残っていない私がアレックスの役に立てる気がしなくて、私は素直に謝った。
「もうほとんどMPが残ってなくて…。」
協力してあげたいのにできない。
ましてや自分自身ゴールすることも出来ないかもしれない。
これだけ頑張ってきたのにと半分泣きそうになっている私に、アレックスは「大丈夫」って言って笑った。
何が大丈夫なのか分からなかったし、どう考えても大丈夫じゃない状況に絶望している気持ちがぬぐえなくてめそめそしているうちに、アレックスは私に向かって魔法を唱えた。
「
その魔法が相手にMPを分け与えるものだって分かって、私はあわてて「アレックス!そんなことしたら!」と言った。
でも言ったところでもう唱えられた魔法は発動していて、私のMPは一気にほぼ全快まで回復した。
「ううん、大丈夫。
僕はまだ余裕があるから。」
余裕があってもなくても、こんな状況で大切なMPを分けてもらうなんて贅沢すぎると思った。
分けてもらったのにもし何もできなかったらどうしよう。
何よりそれが不安な私が「でも…」と何とか言葉を発すると、次の瞬間、アレックスは私の両手を自分の両手で包んだ。
「ミーシャ、
僕をゴールまで一緒に連れて行ってほしい。
それ以外の煩わしいことは全部僕がやるから。」
アレックスはとてもまっすぐな目で私を見てそう言った。
手を包まれていることが、そのまっすぐな目が、アレックスの全てが私の心臓を貫いて、なんだかめまいがしそうなくらいだった。
これ以上目が合っていたら本当に倒れてしまう。
咄嗟に私がうつむくと、アレックスはそんな私の顔を覗き込むようなしぐさをした。
「ごめん、連れてってなんて、
無責任なこと言った。」
そうじゃない。
本当は大きな声で否定したかったのに言葉が出てこなくて、私は精いっぱい首を横に振った。このままじゃアレックスが不安に思ってしまうと何とか彼の眼を見ると、こんな追い込まれた状況の中でも目の奥に闘志みたいなものが見えた。
私にアレックスを連れて行くなんて、そんなことできるんだろうか。
いくらMPが回復したとはいえその保証は全くなくて、私のせいでヒーローをここで脱落させたなんてことになったらどうしたらいいんだろうと弱気なことを考えた。
でも、やるしかない。
私なんかより経験が豊富で臨機応変な作戦が考えられるアレックスがそうするっていったなら、これが最善の方法なんだ。
期待してもらったんなら、それにこたえられなくてどうする。
そう思ってアレックスを今度は強い目で見返すと、それを察したのか彼は大きくうなずいてくれた。
「大丈夫、力を合わせればいける。」
こんなに不安なのに、アレックスがそういうと本当に大丈夫な気がしてしまうから不思議だ。
さっきまで重荷に感じていたはずの荷物がすっかり軽くなったのを感じて、私は「うん」と力強く答えた。
よし、行くぞ。
私が決意を込めて前を向くと、私の手は誰かに握られた。
誰かって誰かは見なくてもわかるんだけど、もうその光景を客観的に見てしまったらドキドキのせいで魔法なんて使えなくなりそうだったから、私は直接見るのも客観的に考えるのも何とかやめて、目をつぶって精神を統一しようとした。
やるんだ、私がアレックスを連れて行くんだ。
手をつなぎながら…。
いやいや、手つながないと一緒に移動できないし!
でも手じゃなくてもよくない?
私の中に、たくさんの私がいた。
もう頭の中は何が何だか分からなくなって、精神を統一しようとするのもやめた。
「行くよ。」
私が葛藤している間に精神を統一したっぽいアレックスは、すごく決意がこもった声でそう言った。私も動揺が伝わらないように何とか「うん」と返事をして、二つの魔法を同時に使って前に進んでいった。
動揺しているはずなのに、さっきよりもずっとうまく使いこなせている気がした。
一人じゃないっていうのは負担だって思っていたけど、本当は力が出る事なのかもしれない。
当たり前なのかもしれないけど、私は今までそんな簡単なことも知らなかった。
余計なことを考えないようにするためにも私は前に進むことだけを必死で考えて、アレックスを何とかゴール直前のところまで連れていくことに成功した。
すごくすごく、手に汗をかいている感じがした。
ゲーム内にいるんだから"かいている感じ"がするだけなんだろうけど、つないだ手からはアレックスの熱が伝わってきて、それがとてもリアルで恥ずかしくてもどかしかった。
でもそんなことばっかり考えてられない、もうすぐだ。
もう一回意識を集中してゴールに向かおうとすると、横目にあの意地の悪そうな顔が入ってきた。
「仲良しごっこかぁ?お前ら。」
私たちの方を見て、セヴァルディはそう言った。
ごっこじゃないもん、仲良しなんだもん。
珍しくそんなことを考えつつ、あの人に紛らわされてはいけないと思って、聞こえないふりをした。
「怖い顔しないでさ、
俺も仲間入れてくれよぉ~。」
彼はそう言って何か攻撃を仕掛けてきているみたいだった。それが気にならないわけではなかったけど、私は"それ以外の煩わしいことは全部僕がやるから"というアレックスの言葉を胸に、ただ前に進むことだけに集中した。
私がただ前を見て突き進んでいる間に、アレックスは何かの魔法であの人の攻撃を跳ね返そうとしていた。
「うわぁっ、やめろっ!」
アレックスの攻撃を受けて、あの人は思わず鳥肌が立つようなねっとりした大声を上げた。
さすがだ。
やっぱり心配する心配なんてなかった。そう思った時今度は乾いた甲高い声で「って、言うとでも思った?」っていう声が聞こえた。
本当は声のする方を見たかった。
状況がわからないってことほど怖いことはなくて、確認すべきなのかなとも思った。でも私が今できるのは、ただアレックスを信じて前に進むことだ。
今にも崩れてしまいそうな緊張の糸を、私はもう一度結んだ。
すると負けじとアレックスもあの人に攻撃を仕掛けていたから、やっぱり私なんかが心配するべきじゃないんだっておもった。
「
アレックスがあの人に攻撃する心地のいい声を聞きながら、私は前だけを見て進んだ。そうしているうちに手を伸ばしたらゴールに届きそうな距離まで、私たちは到達した。
いける!絶対いける!
アレックスとあの人は相変わらず魔法を激しくぶつけ合っているみたいだったけど、そんなのもう気にする暇もないくらいに私は集中していた。
"僕をゴールまで一緒に連れて行ってほしい。"
さっきまで聞こえていたはずのアレックスの凛とした声やあの人のねっとりした声も、今はもう私には届かなかった。頭の中では何度も何度もアレックスの声がリピートされていて、私の意思は"前に進む"っていうより、"アレックスをゴールに連れていく"っていうところに行っていた。
もう届く、ゴールはそこだっ!
そしてついに、本当にゴールが目の前のところに来た。
体の一部でもゴールを通ればそこで私たちの勝ちが決まるから、ギリギリの状態の中で私は最終的に私がゴールをつかんでアレックスを投げて通過させれることが出来たらそれでいいんじゃないかと考えた。
乱暴かな。
クラスの男の子たちみたいに、乱暴な考えなのかもしれない。
でもどう思われてもアレックスを勝たせることさえできれば何でもいい。
絶対に勝たなくてはいけないと思っていたはずなのに、いつしか私の気持ちは"彼を勝たせたい"っていうものに変わっていて、もう周りの音は何も聞こえていなかった。
「ミーシャ!」
そんな時、私の頭の中には大好きな声が入ってきた。
これだけ集中しててもアレックスが私を呼ぶ声は聞こえるんだな、とのんきなことを考えながら声の方をみると、アレックスが見たことないくらい必死な顔をしていた。
「痛かったらゴメン!」
そしてその必死な顔のままそう言ったアレックスは、私の手を離した。
なんで?!離したら連れていけない!
そう思って「え?ええ?!」と動揺していると、今度は私に向かって足を向けた。
「いっけぇええ!」
アレックスはそう言って、私の足を思いっきり蹴り上げた。
「きゃああぁああ!」
私はその蹴りでロケットみたいに上空に飛んで、そのままゴールラインを通過したみたいだった。
一番高いところに到達した後、勢いが落ち着いて私はゆっくりとゴールに落ちていった。その状態で下の方を見つめてみると、落ちていくアレックスの姿が目に入った。
なんでよ、連れてってほしいって、言ったじゃん。
約束したのに結局連れていってもらったのは私の方だった。
確かに前だけ見て進めと言われたけど全く周りの状況が理解できていない自分が悔しくて、私は一気に泣きそうになった。
「アレックスっ!」
そのまま少し残されていたMPでアレックスを助けに行きたかった。
でもゴールしたプレイヤーが少しでも助ければ失格だってしっていたから、私はゴールに着いたあとも彼の姿を見つめるしか出来なかった。
「な、なんと第一ステージトップは!
ミーシャだぁああああ!!
これは番狂わせな結果だぁああ!」
ザックが大きい声でそういうと、モニターから多くの観衆がざわつく声がした。でもそんなことは本当にどうでもよくて、アレックスがゴールできるのかってことだけが心配だった。
「かっこいいねぇ、ヒーローは。」
アレックスを見つめている私に、私の次にゴールしたあの人は怪しい声でそう言った。私が精いっぱいの怖い目をしてにらむと、「お~こわいねぇ」と絶対に思っていないことを言った。
「もう終わりだね。」
「終わりじゃないっ!」
アレックスがこんなところで終わるはずがない。
にらみつけたままそう言うと、あの人はまたニヤリと笑った。
「なんでか教えてあげようか?
あいつほとんどMPないよ。」
うそだ…。
そんな分かり切ったウソを言うなってアレックスの方を見つめてみると、罠に引っかかったままじっとしている姿が見えた。
まさか、まさかな。
あの時、まだあるって…。
パフォーマンスみたいなものでアレックスはしているんだって信じたかったけど、体についたねばねばを手でどけようとしている姿は、まるでもうMPがないって言っているようなものだった。
「誰のせいかな~?」
絶望する私の気持ちを見通したかのように、セヴァルディはそう言った。
私はあの人をまたグッとにらみつけたけど、内心にらみたかったのは自分自身だった。
私、馬鹿だ。
ここまで満身創痍でみんな登ってきてる。余裕があるなんて、ウソに決まってるじゃん。
よく考えたらわかったはずの事実を、私は見破れずにいた。
もしかしたら一人でも突破できなかったかもしれないこの試練を、私は自分の身を削って私を助けてくれた人を"踏み台"にして、まさか1番で突破してしまっている。
考えれば考えるほど不甲斐なくて消えたくて、私はただただ祈ることしか出来なかった。
「ミーシャ。」
心配でアレックスから目が離せなくなっている私に、10番以内にゴールしたシュウ君が心配そうな目でそう言った。
本当は"おめでとう"ってたたえあうべきなんだろうけど、私の口からは「どうしよう」っていうよわよわしい言葉しか出てこなかった。
「大丈夫だよ、あいつは。」
何の根拠もないんだろうけど、私を安心させようとしてシュウ君はそう言ってくれた。私はその言葉に何とか小さくうなずいて、とにかくアレックスを見つめた。
するとその時、アレックスがこちらを向いて少し笑った。
え?なに?
この状況で笑ってるの?
この絶望的な状況の中で何に笑っているのか全く予想が出来なくて、私は思わず首を傾げた。しばらくこちらを見てニヤニヤしていたアレックスが、こちらに何かを言った気がした。
何を言ってるんだろう。
聞こえるはずはないけど耳を傾けようとしていると、次の瞬間、アレックスは何か魔法を唱えた。
「これって…。」
アレックスが唱えたのは、模擬戦で使ったあのペンキの魔法だった。
あの時より格段にペンキが広がる範囲がでかくなっていたから、もしかして特訓したのかなと思った。そしてそのペンキは、姿を隠した私をくっきり浮き出させたみたいに、罠をしっかりと浮き上がらせた。
「おおっっと!どうしたことでしょう!
もう突破は不可能かと思われたアレックスが
コースをピンクに染めてしまいまぁした!」
それを見てザックが興奮しながら解説している間に、アレックスは少しずつ
頑張れ、もう少しMP残ってて…。
私が祈っても仕方ないんだろうけど、そう祈らずにはいられなかった。
アレックスはMPを大量に消費することがないように少しずつ使って、ゆっくりとこちらに向かって飛んできた。
そしてだんだん、アレックスの顔が私にもはっきりと見える距離まで近づいてきた。
行ける…っ!行ける…っ!
頑張れとかもう少しとか、応援する言葉を声に出せばよかったんだろうけど、そんな余裕もないくらい私は両手をがっちりと組み合わせて祈り続けた。
行けた!
私がそう思ったのと同時にアレックスが「よっし!」とゆってゴールに向かって手を伸ばした。私がようやくホッとしかけたその時、アレックスはふわっと一瞬浮いて、下に落ちそうになった。
MPがなくなったんだ!
一気に魔法が解けてしまったせいで、彼の体は急降下しそうになっていた。その光景を見て、一気に全身の血が引いて行くのが分かった。
今度こそ本当に終わった。
私のせいで、アレックスは落ちてしまう。
自分のせいでアレックスの戦いが終わってしまうと思った私の目からは、涙があふれそうになった。
私が絶望感に襲われて号泣しそうになった次の瞬間、私の目の前をアレックスが一回転をするのが目に入ってきた。驚きすぎて涙も引いてしまったことを感じているうちに、彼は軽やかにゴールに着地した。
「うぅおおおおおお!」
ザックが騒いでいる声も観衆が騒いでいる声も、フィルターがかかったみたいにぼんやりと聞こえた。そんな困難な状況もかっこよく突破してしまうアレックスがかっこよくて、その背中がすごく遠くて、ホッとしている自分と一緒に悲しい気持ちもわいてきた。
そんな気持ちのまま大きな背中を見ていると、彼は盛り上がり観衆に向かって片手を突き上げた。
この人は、なんてかっこいいんだろう。
アレックスのその行動で観衆はさらに盛り上がって、1位の私がゴールしたよりもずっと歓声が集まっていた。
遠い人、なんだよね。
今まで一緒にクエストに行けたり特訓を一緒にしてもらったり。
どこかでアレックスのことを友達みたいに思っていたけど、彼は思っていたよりずっとずっと遠い人で、"みんなのヒーロー"だった。
今更だけど自分が彼のこと、自分だけのヒーローみたいに思っていたことが恥ずかしくなって、悲しい気持ちがまた加速した。
こんなすごい人のこと、私が脱落させかけた。
悲しい気持ちと一緒に一気に罪悪感も出てき始めて、胸がギュっと締め付けられそうになった。
「アレックス…。」
もう本当は消えてしまいたいくらいだったけど、ここで謝らなきゃ一生顔が見られない気がして、シュウ君とじゃれあいながら喜ぶ彼の背中に声をかけた。
「私、ホントに…。」
名前を呼んですぐアレックスは振り返ってくれたけど、いろんな気持で頭がぐちゃぐちゃになって顔が見られなかった。
もしかして、怒っているだろうか。それとも呆れてるんだろうか。
彼がどんな顔をしているのか気にならないわけではなかったけど、私はうつむいたまま「ごめんなさい」って言おうとした。
「ミーシャ。」
すると彼は、とても優しい声で私を呼んだ。
このゲームでは唯一、声だけは自分の物になっている。本当のアレックスがどんな人なのかは分からないけど、これだけは本物だ。
声を聞いているだけで全部の不安が吹き飛んでしまいそうなくらい大好きな声を聞いて、私は自然と顔を上げていた。
すると彼は、私に向かって片手を上げた。
なんだろう。
そう思って首をかしげると、アレックスは今まで見た中で一番の笑顔を見せてくれた。
「ほら。」
笑顔を見ただけでドキッとしているのに、その上彼は私の手を握って同じようにあげさせた。触れられただけで心臓が止まってしまうんじゃないかって思った。心臓は何とか動いているみたいだったけど思考回路は完全に止まっていて、でもそんな中でもアレックスがハイタッチをしようとしている事だけはなんとなく理解できた。
なんで…。
ハイタッチなんて、出来る気持ちじゃなかった。
それがドキドキしているせいなのか罪悪感でいっぱいだからかはよくわからなかったけど、色々な感情でいっぱいになった私はこれ以上アレックスの顔を見ていられなくなって、またうつむいた。
パンッ!
するとうつむいている私の手に、アレックスは思いっきり手をぶつけて無理やりハイタッチをした。それに驚いて顔を上げると、アレックスはすごくすごく暖かい顔で笑っていた。
「1位、やったね!」
"お前のせいだ"って、ののしってくれてもよかった。
せめて"ごめん"って、言わせてほしかった。
なのにアレックスから最初に出てきた言葉は予想もしていなかった私へのお祝いの言葉だった。
爆発しそうなくらい熱くなった私の頭は多分正常には働いていなかったけど、さっきまで冷たい気持ちで満たされていた自分の気持ちが一気に温かくなるのだけはよくわかった。
こんなに温かい気持ちにさせてくれる彼が、
本当に、本当に大好きだって思った。
「ありがとう。」
後で謝りたいって気持ちは変わってなかったけど、最初に彼に言った言葉が"ありがとう"で本当に良かったと思った。申し訳ない気持ちしかもっていなかった私に"喜んでいいんだよ"って遠回しに言ってくれている気がして、ありがとうと言わせてくれたアレックスに、もう一回心の中で「ありがとう」と言った。
「いや~ヒーローは違いますなぁ。」
私の頭が勝手に視界にアレックスしか入れなくしていると、後ろからいつの間にか近づいてきたセヴァルディが言った。
その言葉に反応してすぐに振り返ったアレックスの背中が、少し固まっている気がした。
「お~お~、怖い怖い。
ヒーローがそんな顔していいのぉ?」
去年の1位と2位がにらみ合っている様子は、きっと観衆からみたら見逃せない1シーンなんだと思う。その証拠に二人が話し始めた瞬間にカメラがこちらに寄ってきて、まるで私なんか近くにいないって様子で二人を大きくモニターに映し出した。
モニター越しにアレックスの顔を見てみると、見たこともないくらい怖い顔をしていた。私が何もできないままただソワソワしていると、アレックスはしばらくしてなんだか少し笑った気がした。
「2位、おめでとう。」
たくさんの皮肉を込めて、アレックスが言った。
一時はすごく怖い顔をしていたけどだいぶ落ち着いた様子に見えるアレックスに対して、セヴァルディはアレックスの言葉を聞いた後明らかに眉をひそめた。
「思ってもないこと言うなよ。」
そしてすごく低くて怖い声でそういったけど、それでもアレックスは表情を変えなかった。
「次も、お前は2位になる。」
「よく言うよ。
去年は手も足も出なかったくせに。」
意地悪な人だなぁ。
アレックスは穏やかな表情をしてはいたけど、内心怒っているってのは声の調子からも雰囲気からもわかった。だからそんなことを言われたらついに怒りだしてしまうんじゃないかって、私は勝手にヒヤヒヤしていた。
でもしばらくするとアレックスはさっきの声のトーンとは違っていつも話をしてくれる優しい声で「そうだな」と言った。
怒ってないの?
私がそう驚いているうちに、アレックスはさっきと同じようにあっさりと「ま、頑張るよ」とあの人に言って、そのまま振り返って私の方を見た。
今までは横顔しか見えなかったけど、振り返ってちゃんと確認したアレックスの顔は、怒ってるとかそういうのじゃなくて、決意に満ちているような感じがした。
本当に本当に、勝ちたいって思ってるんだろうな。
そんなことを考えていると、アレックスは自然と私の腕をつかんで私を一緒に連れていってくれた。
絶対に負けない。
アレックスの背中がそう言っているのがわかったのに、私の心は腕をつかまれているドキドキでいっぱいだった。
こんなんじゃヒーロー失格だな。
分かっていながらも、このままアレックスが私の手を引いてくれるのであれば、今すぐにでも失格になってもいいのにって思ってしまっている自分がいることを、私は自覚せざるを得なかった。
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